化石の分子生物学 生命進化の謎を解く

更科功 著
講談社現代新書 2166、講談社
刊行:2012/07/20、刷:2012/10/15(第3刷)
福岡博多の紀伊國屋書店福岡本店で購入
読了:2013/01/02
(広い意味での)化石の中に残っている有機物を使って分子生物学をやるという話の 最新情報がまとめてある。本書の特徴は、うまく行っていない話も書いてあることである。 ジュラシックパークみたいな試みの紹介が書いてあって、 最近はそんなことまでできるのかと思うと実は成功していないと書かれている。 あとがきを読むと、そういう科学の動態をも伝えるのが目的だったということである。 結局のところ、著者の見方だと、化石 DNA や化石有機物の解析は、 せいぜい数十万年前のものまでしか信用できないということのようだ。

以下、サマリー。

第1章 ネアンデルタール人は現生人類と交配したか
ネアンデルタール人は3万年前に絶滅した。1997 年以降、その化石から遺伝子を解読する研究が行われている。
ヒト以外の混入ゲノムは、ヒトと似ているゲノムだけを取り出すということで、取り除くことが出来る。Y 染色体の比率などからヒトゲノムの混入割合も推測できる。そんなふうにして、ネアンデルタール人の遺伝子の解読ができた。
ネアンデルタール人のゲノムと、ヨーロッパ人、アジア人、アフリカ人との共通部分は、 ヨーロッパ人やアジア人の方が、アフリカ人よりも多かった。ヨーロッパ人とアジア人ではあまり差はない。 これは、現生人類がアフリカから出てから、西アジアでネアンデルタール人との交配が少し起こったとすると説明できる。その後は、東アジアにはネアンデルタール人がいなかったし、ヨーロッパでは交配が起こらなかったと考えられる。
第2章 ルイ17世は生きていた?
ルイ17世はタンプル塔に幽閉されて10歳で死んだ。ところが、後に私こそがルイ17世であるという人物ノンドルフが現れた。
この真偽を確かめるために、マリー・アントワネットの母系子孫のミトコンドリアDNAとノンドルフの遺骨のミトコンドリアDNAが比較された。その結果、ノンドルフがルイ17世であることは否定された。
第3章 剥製やミイラのDNAを探る
かつて、クアッガという体の前半部にシマウマのような縞のある馬がいた。 かつては南アフリカに多数棲息していたが、1883年に絶滅した。
1984 年、カリフォルニア大学のヒグチらは、クアッガの剥製の筋肉から ミトコンドリアDNAを取り出して系統解析を行った。その結果、クアッガは、ウマよりもシマウマに近く、その中でもサバンナシマウマに最も近縁であることがわかった。
1985 年には、ウプサラ大学のペーボが、エジプトのミイラの DNA の解析を報告した。 しかし、これは現在では、現代人の DNA の混入であってミイラのものではないであろうと思われている。
第4章 縄文人の起源
1980 年代に PCR 法が開発されて、微量の DNA の増幅が出来るようになった。
カリフォルニア大学のペーボは、早速 PCR を、フロリダの湿地で見つかった 7000 年前の人骨に付いていた脳から取り出した DNA に応用した。ミトコンドリア DNA を調べると、 アメリカ・インディアンのアジア起源グループとも、アパッチ族を含むグループとも異なることがわかった。
国立遺伝学研究所の宝来聰らは、埼玉県浦和市から出土した 6000 年前の縄文人の人骨から DNA を取り出し、塩基配列を決定した。
その後、さまざまな縄文人のミトコンドリア DNA 解析が行われた。 北海道の縄文人の DNA は、北東アジアに多いタイプだったが、現代のアイヌとは異なっていた。 本州の縄文人の DNA は、東アジアに広く分布するグループと共通だった。 弥生人は、縄文人とは大きく異なっていた。
第5章 ジュラシック・パークの夢
アイダホのクラーキア化石床は 17-20 Ma の保存の良い植物化石で有名である。 カリフォルニア大学のゴレンバーグらは、化石モクレンの葉緑体 DNA の塩基配列を決めた。 その後、ヌマスギなどの DNA の塩基配列が報告された。しかし、後に、ミュンヘン大学の ポイナーがアミノ酸のラセミ化の程度を測ったところ、かなりラセミ化が進んでおり、 DNA 解析の信憑性も疑われる。
1992 年、25 Ma の琥珀の中のシロアリのリボソームの遺伝子の塩基配列が決められ、 それはマストテルメス属に近かった。同じくらいの時代だが、別の場所のハチのリボソームの遺伝子の 塩基配列も決められた。さらに、1993 年には、120 Ma の琥珀の中のゾウムシのリボソームの遺伝子の塩基配列が決められ、それはヒゲナガゾウムシに近かった。しかしながら、琥珀の中の昆虫の DNA に関しては、追試がうまくいっていないことから、今のところ信憑性が疑われている。
1994 年、ウッドワードらは、ユタ州の白亜紀の恐竜化石からのミトコンドリア DNA の塩基配列を報告した。しかし、ヘッジズらによって後に行われた系統解析によると、これはヒト DNA の混入だったらしい。
第6章 分子の進化ー現在の人類は進化しているか
進化の断続説、分子進化の中立説の解説
第7章 カンブリア紀の爆発ー現在の DNA から過去を探る
いろいろな分子進化時計を使って、前口動物と後口動物の分岐年代が推測されている。 一番古い推定値は 15 億年、できるだけがんばって新しく推定したもので、5.86 億年で、 カンブリア紀の爆発よりも早い。
カンブリア紀の爆発の原因は、他の動物を食べる動物、すなわち捕食者の出現だったのだろう。
貝が殻を作るメカニズムは、カンブリア紀からずっと同じだったのではなく、いろいろ変化しているらしいことが著者の研究から分かった。
第8章 化石タンパク質への挑戦
シュヴァイツァーらは、恐竜の化石から有機物を見つけたと言っているが、疑わしい点もある。
[吉田注] 日経サイエンス 2011 年 3 月号に、当のシュヴァイツァーの書いた記事がある。 それによると、いろいろ証拠が積み重ねられて、だんだんと認められてきているということだ。