放射能拡散予測システムSPEEDI なぜ活かされなかったか

佐藤康雄 著
科学と人間シリーズ 3、東洋書店
刊行:2013/03/01、刷:2013/03/01(第1刷)
福岡天神のジュンク堂書店福岡店で購入
読了:2013/09/17
気象研究所を退職した著者が、SPEEDI について調べて書いたもの。SPEEDI は原発事故の際に、放射性物質の移流拡散シミュレーションを行うものである。 本書は、気象学者の視点で、SPEEDI とはどのようなもので、それを使うとどのように放射性物質が流れたのかがわかるのかが書かれている。 気象学者らしく、移流拡散シミュレーションの限界も説明されているが、基本的には、SPEEDI は十分に役に立つ程度には正確だという見解である。 そこで、本書では、福島第一原発爆発事故において、SPEEDI が十分に活かされていなかったことを批判している。

この問題のポイントを、原発事故に関する寿楽浩太氏による最近の講演のときにとったメモを参考にしながらまとめると以下のとおりである。 SPEEDI の使い方としては、「統治者視点」の使い方と「当事者視点」の使い方があり得た。

その講演では、国会事故調(黒川委員長)と政府事故調(畑村委員長)とで見解が違うということを知った。 国会の事故調査委員会は統治者視点のみの立場を支持しており、政府の事故調査委員会は当事者視点も持つべきだったという立場になっている。 この点は、ホームページで公開されている報告書を見ると確かめることができる。 国会事故調査委員会の報告では、

3月23日、安全委員会は、逆推定計算に基づく放射性物質の拡散状況の再現計算の結果を公表した。公表されたものが予測計算の結果と誤解されたために、 SPEEDIの計算結果がすみやかに公表されていれば住民は放射線被ばくを避けられたはずである、避難や退避の対策に使えたはずであるとの誤解が生じた。
というようなことが書かれており、一方、 政府の事故調査委員会の報告では、
この計算結果は、放射性物質の拡散方向や相対的分布量を予測するものであることから、避難の方向等を判断するためには 有用なものであったが、これを受け取った各機関のいずれも、具体的な避難措置の検討には活用せず、またそれを公表するという発想もなかった。
と指摘されている。

さて、本書副題の「なぜ活かされなかったか」というのは、上の言葉で言えば、「当事者視点」の使い方になぜ活かされなかったかということである。 この副題が使われていることで分かる通り、著者の立場は住民の避難に生かすべきだったという「当事者視点」である。それはたとえば、以下のように記されている (p.59)。

原発の過酷事故を想定していれば、事故直後に正確な放出源情報が得られるのはむしろまれである。事故の態様によっては、事故後長い時間がかかっても 正確な放出量が得られないこともあり得る。したがって、単位放出(放射性物質の放出率 1 Bq/h)や仮想放出(例えば、原子炉内の放射性物質の全量が放出されると考える) を与えた計算をやることが想定されており、計算センターは粛々とその計算を実行し、結果は得られていた。それを丁寧な解説をつけて住民まで届けるという 強い意思と責任感が欠如していたと言わざるを得ないのではないだろうか?
その上で、「なぜ活かされなかったか」という問いに対する著者の答えは、一言でいうと、住民の避難に活かすようなシステムにそもそもなっていなかったということである。 SPEEDI には「統治者視点」の使い方しか想定されていなかったために、もともと国民に計算結果を直ちに知らせるようなルートが用意されていなかった。 これが生かされなかった原因である。本書で紹介されている通り (p.77)、 「環境放射線モニタリング指針」によれば、 SPEEDI は、放出源情報が分かっていないときは、「監視を強化する方位や場所及びモニタリングの項目等の緊急時モニタリング計画を策定する」ために用いられ、 放出源情報がわかったら、「避難、屋内退避等の防護対策の検討に用いる」ことになっていた。 つまり、避難情報として人々が直接用いることが全く想定されていなかった。

福島第一原発事故のときには、気象学会理事長が、会員が移流拡散シミュレーションの結果を公表することを妨害したとして一部から非難された。 この点に関しては、著者は、気象学会理事長の立場を支持し、防災情報のワンボイスの原則を支持している(7-1節)。 すなわち、放射性物質情報は、SPEEDI に統一して出すべきだったという考えである。

私が思うに、気象庁または文科省(SPEEDI)は、今後、週1回くらい(もしくは、福島ならば毎日で良い)で、放射性物質の移流拡散シミュレーションの結果を 天気予報と一緒に流すと良いのではないか。事故が起こって急に出すと、情報を出す方も受け取る方も慣れないので、出し方を間違えるとか受け取り方に失敗するとかする。 こういうのは、頻繁に出して普段から練習しておくと良いのである。福岡なら、玄海原発が爆発したと仮に想定したときに、毎日どのように放射性物質が流れるようになるのかを 見慣れるようにすると良いのではないだろうか。そうすると、いざ事故が起こった時に適切な行動がとれるようになるであろう。