歴史を変えた火山噴火 自然災害の環境史
石弘之 著
世界史の鏡 環境1、刀水書房
刊行:2012/01/24、刷:2012/01/24(第1刷)
九大生協で購入
読了:2014/06/24
サントリーニ噴火のことを調べていたら Wikipedia の参考文献に出ていたので読んでみた。
火山噴火が歴史に与えた影響がいろいろ書かれていて興味深い。
最近は、火山噴火と気候変動の関係などはよく話題になるのだが、まとめて書いてあるものを読んだことが無かったので、
いろいろ勉強にはなった。
しかし、本全体としては、少し雑然とした印象を受けた。一つには、どのような噴火をピックアップするかのポリシーが
あまり見えないことにある。たぶん、最近よく歴史との関係が取り上げられる噴火を網羅的に取り上げて、詰め込んだのだと思う。
しかし、そうしたために、全体の視点が今一つはっきりしないと私には思える。
火山による災害としては、噴出物による直接的なもの(火砕流など)、山体崩壊によるもの(土石流、津波など)、
気候変動を通じた間接的なもの、といったものを区別して考えないといけない。
本書は、最後の気候変化を通じたものをメインにして書かれているのだが、それ以外のものも含めてあまり明確な仕切りなしに
いろいろ書いてあり、それが雑然とした印象を与えている。
さらに、著者は新聞記者ご出身のせいか、書き方が新聞風のところがある。
たとえば、pp.19-21 のところで Kaharoa 噴火のせいで大飢饉が起きたかもしれないということを述べた部分で、
まず大飢饉の話を書き、最後に種明かし風に噴火の話を書いてある。これは、理系的ではない。
この本のテーマは噴火の歴史的事変への影響なので、噴火とその特徴を書いてから影響を書く方が理系的作文である。
こういった書き方のために、全体的にやや散漫な印象がある。話の筋が唐突に変わる感じがするところがけっこうあるからだ。
さらに、Kaharoa 噴火に限って言えば、噴火の規模等の話が無く、その話の信憑性がどの程度なのかよく分からなくて困った。
参考文献表は後ろにあるものの、引用形式ではないので、元の情報が何なのかよくわからない。
また、後述するように細かいところで、やや問題のある記述が散見される。
サマリ
- 第1章 火山噴火と人類
- 地球内部構造やプレートテクトニクスなどの簡単な解説。
- 第2章 火山の冬と気候変動
- 火山噴火による気温低下の話。
- 第3章 火山噴火が衣服を発明した
- ▶コロモジラミがアタマジラミから分岐したのは 72000(±42000) BP であると推定される。したがって、人類が衣服を着始めたのは 7 万年前くらい。
- ▶ヒトの出アフリカは 6 万年前。それ以前から出アフリカが起こっているらしいが、今のアフリカ以外のヒトにつながる祖先が出たのは 6 万年前。
- ▶7 万年くらい前のトバ火山の噴火は人類進化のボトルネックになったかもしれない。ヒトの人口が数百万から一万程度に激減した可能性がある。
アンブローズの説では、これ以前に出アフリカしていたヒトは絶滅し、噴火の影響が収まってから再び出アフリカした。
- ▶3.7 万年前のフレグレイ平野のカンパニアン・イグニンブライト噴火がネアンデルタール人の絶滅につながったという説もある。
ただし、ネアンデルタール人の最も新しい骨は 2.8 万年前のものがある。
- 第4章 九州南部の縄文文化を崩壊させた鬼界カルデラ
- 7300BP のアカホヤ噴火による南部九州の縄文文化への大打撃。
- 第5章 文明を崩壊させたサントリーニ火山
- サントリーニ島のカルデラを作った噴火でミノア文明が崩壊したと書いてあるのかと思うと、さにあらず。
そのような説もあったが、年代が合わないことがわかってきたのだとのこと。
この噴火はアトランティス伝説の元ではないかとも言われている。
- 第6章 タイムカプセルのヴェスヴィオ火山
- ヴェスヴィオ火山は 79 年 8 月 24 日に大噴火して、ポンペイとヘラクラネウムの町を火山灰と火砕流で埋め尽くした。
小プリニウスが記録を書き残している。大プリニウスは、火山ガス中毒で絶命したと見られる。
犠牲者は 3360 人。ポンペイは歓楽地で、売春宿もたくさんあった。遺跡からは落書きもたくさんみつかっている。
- 第7章 西暦 535 年に何が起きたのか
- ▶535 年あたりに大きな寒冷化があり、それはおそらくクラカタウの噴火によるのだろう。
- ▶日本にも寒冷化の影響とみられる記述が『日本書紀』にある。このあたりに日本に仏教が伝わり、受け入れられたことに影響しているかもしれない。
- ▶朝鮮半島では 535 年に洪水、536 年に旱魃。
- ▶中国でも黄色い塵や気候の異変が記録されている。
- ▶東ローマ帝国では、寒波に続いて、541 年以降、ペストの流行。
- ▶メキシコのテオティワカン文明の衰退をもたらしたと考えられる。
- 第8章 夏がこなかった年
- ▶18 世紀末から 19 世紀初めにたくさんの火山が噴火した。1783-84 年にはラキ、グリムスボトン、エルトギャウ(いずれもアイスランド)、浅間山、岩木山。
1809 年に謎の噴火(氷コアから推定される)。1812-14 年に、スーフリエール、諏訪之瀬島、マヨン。1815 年にタンボラ。
これら一連の噴火によって世界中で異常気象が起こった。
- ▶日本では天明の大飢饉が 1783-1787 年に起こった。
- ▶1784, 1788 年は、フランスは凶作。1789 年にはフランス革命。1812 年は、寒波のためナポレオンのロシア遠征失敗。
- ▶1815 年、タンボラ噴火。周辺に大被害をもたらしたほか(犠牲者 10 万人超)、翌年の夏は欧米で異常寒冷化。
- 第9章 史上最大級の噴火
- ▶1883 年のクラカタウ噴火。8/27 に大噴火。通信の世界的ネットワークの発達期だったので、ニュースがただちに世界中に伝わった。
- ▶1884 年は世界中で低温。日本でも困窮した農民が秩父事件を起こす。
- ▶ムンクの「叫び」の赤い夕焼けは、この噴火によるものかもしれない。
- ▶噴火から 100 年後には、外見的には生態系は回復。しかし、構成種は周辺よりやや少ない。
- 第10章 20世紀の火山噴火
- 20 世紀の有名な火山噴火の紹介。プレー、ネバド・デル・ルイス、ピナツボ、雲仙。
- 終章 悪夢の時限爆弾
- 今後、大噴火が危惧される火山について。
私が気付いた細かな問題点
- p.8
- [記述] 東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の震源域は、海洋研究開発機構によると、
日本列島が乗った北アメリカ・プレートの下に太平洋プレートが潜り込んだ部分だ。跳ね返りによって北アメリカ・プレートが
太平洋側に約50メートル移動して、約7メートル隆起したことが大津波の原因とみられる。
- [コメント] 東北地方太平洋沖地震の震源がこのプレート境界であることは、多くの人が解析して求めているので、
とくに海洋研究開発機構が見つけたというわけでもない。
海洋研究開発機構が見つけたことは、
海底の地形変動で、東南東に 50 m、上に 7 m 移動した部分があったことである。
見ているのは地形の変動だし、局所的なものだから、プレートの移動という表現にも抵抗がある。
- p.9
- [記述] また、約 100 万年前にフィリピン海プレートに乗って移動してきた伊豆半島が北アメリカ・プレートと衝突して
地層を激しく揺り動かし、富士山や箱根などの噴火の引き金になった。
- [コメント] 「地層を激しく揺り動かし」という表現に抵抗を覚える。第一に、動くのは「地層」だろうか?
単に衝突された方の地殻全体ではないだろうか。第二に、地質学的な衝突はゆっくりしたものなので「揺り動かす」という表現は奇妙に響く。
「大きな変形を引き起こす」とか「隆起させる」という程度であろう。
- p.21
- [誤] この異常気象の原因について、クイーンズ大学(イギリス)のブルー・キャンベルは、
ニュージーランド北島のカハロア噴火の影響だとする説を唱えている。
- [正] この異常気象の原因について、クイーンズ大学(イギリス)のブルース・キャンベルは、
ニュージーランド北島のカハロア噴火の影響だとする説を唱えている。
- [コメント] Queen's University Belfast に Bruce Campbell という中世経済史の専門家がいるようなのでたぶんその人のことだろう。
しかし、本当に Bruce Campbell の説であるかどうかの確認は取れなかった。
- p.23
- [記述] カリフォルニア大学のジェーク・リップマンは 2006 年にペルー南部で 1600 年に噴火したワイナプチナが
この寒冷化の原因とする研究を発表した。
- [コメント] 私がネット検索した範囲では、書かれたものとしては Kenneth L. Verosub and Jake Lippman (いずれもカリフォルニア大学) による
2008 年の論文 EOS 89(15) pp.141-142 があり、その前の 2006 年に AGU Fall Meeting で Jake Lippman and Kenneth L. Verosub の名で
"Evidence for the Climatic Impact of the 1600 Eruption of Huaynaputina Volcano, Peru" という発表をしているようだ。
というわけで、Verosub の名前が入っていないのがやや問題であろう。Verosub が先生で、Lippman は学生である。
- p.61
- [誤] 噴出物は 60 立方キロと推定され、ヴェスヴィオ火山の1.5倍も多い。
- [コメント] ヴェスヴィオ 79 AD 噴火は VEI 5、サントリーニは VEI 6-7 と言われているので、少なくとも1ケタ違いそうだから、
15 の誤りなのだろうと思う。
- p.64
- [誤] サントリーニ島から 110 キロほど北に位置するクレタ島
- [正] サントリーニ島から 110 キロほど南に位置するクレタ島
- p.153
- [誤] これは VEI=5 の地震だった。
- [正] これは VEI=5 の噴火だった。