寒椿

宮尾登美子 著
新潮文庫 7067, み 11 15、新潮社
刊行:2002/01/01、刷:2011/06/10(第11刷)
文庫の元になったもの:1977/04 中央公論社刊、1979/01 中公文庫
H 君より借りた
読了:2014/05/03
著者得意の芸妓もので、女心の襞を丁寧に描いている作品。子供のころ芸妓子方屋の松崎で一緒に育てられた澄子、民江、貞子、妙子の四人の芸妓の生涯が、4人と一緒に育てられた松崎の子の悦子の眼も部分的に通しながら描いてある。悦子は著者の分身であろう。

子方の4人は、皆極貧の家庭の子で、金のために松崎に売られてきて、稼いだ金も親(もしくは育ての親)に巻きあげられるという不幸な生い立ちである。性格も容姿も家庭事情もそれぞれ異なる4人が、それぞれどのような生涯を歩むかが描かれている。とくに、女性らしい微妙な心の揺らめきが描かれているのが著者の面目躍如たるところである。男性ではなかなかこうは描けないと思う。

以下、あらすじ。あらすじだけでは、肝心の心の動きは分からないが、こういう境遇の中での心の動きがこの小説の肝である。

一章 小奴の澄子
澄子は、散髪屋の玄八の子。実母は澄子が幼い時に死に、継母の岩に育てられていた。父親が死んだあと、岩が澄子を松崎に売った。 岩に金を取られるので、妓楼を渡り歩かされ、ついには満州の妓楼に行かされる。満州では、元警察署長の古谷に芸妓を辞めさせてもらうものの、 満鉄職員の兼国との結婚話の破綻もあり、ハルピンまで行く。終戦後のどさくさで久保と結婚し、日本に引揚げる。ところが、 久保は日本でまともに稼ぎもせず、岩も金をせびりだしたので、しょうがなく芸妓に戻る。やがて、久保の浮気が発覚し、離婚。 その後、妓楼では、銀行頭取の溝上に気に入られるようになり、妾宅ももらった。岩が死んだ翌年、澄子は大怪我をして首から下が動かなくなる。 それで、悦子、民江、妙子が三人で一緒に見舞いに来る。
二章 久千代の民江
民江は大男の岡崎伝吉と母親のたけの子だった。民江は、頭をよく叩かれたせいか頭が鈍く、その上、父親譲りで色が黒くて体格が良い。 さらには藪睨みでとても芸妓に向いているとは言えなかった。しかし、父親は遊び好きでそれゆえ貧乏だったので、民江を松崎に売った。 民江は、お金をあまり使わず、お小遣いまで父親に渡していた。ひどい父親ではあったが、民江はずっと父親を慕っていたのだった。 民江は、父親の差し金で満州の妓楼に行かされた。母親が死んだとき一時高知に帰るものの、また満州の妓楼へ戻らされる。 満州では俳優の高井昌平に会い、妻となる。斜視の治療も受けさせてもらう。引き揚げて京都に住むようになるが、京都での暮らしが 合わなくなり、高井に黙って高知に帰る。高知では芸妓に戻り、父親を養ってその死を看取る。四十八歳になって、初めて恋をする。 相手は、父親に似たところのある広瀬栄郎だ。が、広瀬は家庭のある身だからもちろんうまく行かない。数年後、広瀬は病死する。
三章 花勇の貞子
貞子は、父親が分からず、母親のハルエは極貧生活であった。それで、貞子は松崎に売られた。 貞子は非常に美しく三味線も達者だったが、食べ物に執着し口いやしかった。食べ物や着物を手当たり次第に買うせいで 借金も膨らみ、次々に妓楼を転々とし、やがて満州に渡る。引き揚げ船の中で大工の亮吉と会い、夫婦になる。 高知で暮らし始めるものの、貞子は全く家事が出来ずだらしなく、夫の亮吉が家事までしていた。貞子はやがて病気になり二十八歳で死ぬ。
四章 染弥の妙子
妙子は筏師の小西敬太郎の娘。母親は妙子が幼い時に死んだ。妙子は、後妻によって松崎に売られた。妙子は、地味で無口だった。 芸妓になったが、昭和十九年に借金を返して廃業した。実家に戻って父親の後妻を追い出す。やがて空襲で父親を亡くす。 妙子は戦後の貧困の中で水商売に戻る。そこで山崎幹雄と会い、結婚。夫はいろいろ事業を起こし、失敗も繰り返し、浮き沈みはあったものの、 現在は不動産会社の社長となって生活も安定している。