エピジェネティクス 新しい生命像をえがく
仲野徹 著
岩波新書 新赤 1484、岩波書店
刊行:2014/05/20、刷:2014/05/20(第1刷)
九大生協で購入
読了:2014/08/27
エピジェネティクスは最近流行りらしいので何か解説書を読んでみようと思っていたところにこの本が出版され、
評判も良いようだったので読んでみた。たしかによくまとまっていた。
私は、これを読むまでエピジェネティクスが具体的に何なのか知らなかったのだが、だいぶん具体的に分かるようになった。
ただし、索引が無いのが難点ではあった。
途中読むのに数日空いたときに、前に書いてあったことを忘れていて、何のことだったか探し直すのに時間がかかった。
エピジェネティクスというのは、遺伝子の発現をコントロールする機構の一つで、細胞分裂の際に受け継がれるものである。
この本に書かれているより正確な定義は
エピジェネティックな特性とは、DNAの塩基配列の変化をともなわずに、染色体における変化によって生じる、
安定的に受け継がれうる表現型である。
ということだそうだ。DNAが見つかって以来、DNAが生命の設計図のすべてみたいな言われ方をする割に、
DNAとその発現の間にはだいぶん距離がありそうであった。その距離が少しずつ埋まっているんだということが、
本書を読んでわかった。最近別の意味で有名になった万能細胞の話とも密接に関係していて、細胞が分化していくにつれ
どんどん分化の可能性が減っていくのが、エピジェネティックな修飾などによるものである。
したがって、万能細胞を作るにはこれを外さないといけない。
しかし、著者は医学部の人なので、話は発生や万能細胞の方には向かわず、
だんだん病気とのかかわりの方に向かって行く(とくに4章)。
こういう解説書を書くときにけっこう大事なのは、何が分かっていないのかをきちんと書くことだと思う。
その点を意識してあるのが良くて、とくに第5章や終章ではそのあたりを注意して書いてある。
第5章や終章では、エピジェネティクスがどのくらい重要なのかということも議論してある。
結論は、まだ今の段階ではよくわからない、ということのようだ。まだ研究が進展している途上で、
どこまで行くかよく分からないそうである。
著者は、書評サイト HONZ のメンバーで、書評を書きなれているらしいので、そういう
「わからないところをはっきりさせる」ということがよくわかっているのであろう。
で、その HONZ サイトに行ってみると、すでに3つレビューが出ている。
最後のが一番充実した書評になりそうだが、まだ途中である。
エピジェネティクスの具体的な分子機構には、(1) ヒストンのアセチル化やメチル化による発現活性化または抑制 (2) DNAのメチル化による発現抑制、
の2つがあるそうである。非コードRNAもエピジェネティクスに含める人もいるが、著者は「染色体における変化」ではないから含めないというという考えだそうだ (p.178)。
そうなると、ときにはエピジェネティクスの代表例として持ち出される三毛猫が三毛になる理由も代表例にはならなくなる (p.174)。
以下、第3、4章に出てくるエピジェネティクスの例のまとめ(網羅はしていない):
- アサガオの雀斑とか白いアサガオ
- 青い色素の合成がトランスポゾンの挿入でできなくなると白くなる。
トランスポゾンの転移の活性がDNAのメチル化によって変わり、このメチル化の状態が継代で変わったりするので、
白いアサガオの子孫に色が戻ったりすることもある。
- シロイヌナズナの春化処理
- 低温に暴露すると、花成を抑制する遺伝子に抑制型のヒストン修飾が生じて、花が咲くようになる。
- ミツバチにおける女王バチと働きバチへの分化
- エピジェネティクスが関与していることは確からしいが、分子機構はまだはっきりしていない。
- プレーリーハタネズミのつがい形成
- ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤TSAを脳に投与すると、パートナー嗜好が促進される。
- 学習・記憶、ストレス耐性
- 学習や記憶、ストレス耐性などにも、DNAメチル化やヒストンアセチル化が関係している。
- マウスの毛の色に影響するアグーチ遺伝子のバイアブルイエロー変異
- この変異遺伝子には IAP というレトロトランスポゾンが挿入されている。そのメチル化状態によって、黄色から茶色までのいろいろな毛色ができる。
この毛色は母親からは受けつがれる傾向にあるが、父親からは受けつがれない。
胎児期に母親がどういう餌を食べるかによってもこのメチル化状態が変わり、毛の色が変わる。
- がん
- がん細胞においてDNAメチル化状態が変わっていることが分かっている。ヒストン修飾酵素やDNAメチル化酵素の異常も多く見つかっている。
しかし、がんとの具体的な関係はよくわかっていない。一方で、ヒストン修飾やDNAメチル化をコントロールする治療薬が開発されてきている。
- 胎児期の低栄養と生活習慣病
- 胎児期の低栄養が生活習慣病を促進するという話があって、これもエピジェネティクス状態の変化によると考えられる。
ラットではある程度研究がなされているが、ヒトでは難しい。
- ICF 症候群、歌舞伎化粧症候群
- ICF 症候群は新規DNAメチル化酵素DNMT3bの異常で生じる。歌舞伎化粧症候群は活性型ヒストン修飾の書き手のMLL2の異常で生じる。
- プラダ―・ウィリー症候群とアンジェルマン症候群
- ある遺伝子の欠失を父親から受け継ぐか母親から受け継ぐかで異なる病気になる例。これは、原因遺伝子がインプリンティング遺伝子である
(精子と卵子でDNAメチル化のされ方が異なる)ためである。
植物と動物では、エピジェネティックな特性が子孫に伝わるかどうかが大きく違うそうである (第3章4節)。
動物では、生殖細胞が発生の早い段階で分化するので伝わりにくい。それでも伝わる例が知られている。
植物では、十分成長して花ができるときに生殖細胞ができてくるので、子孫にも伝わりやすい。