超絶技巧というのは、細密画など、ともかく細かく描き込んだり作り込んだりしている作品で、見るとまずはびっくりする。 一昔前までは、こんなのはただうまいだけでしょ、とか芸術ではなくて技術でしょ、とかいう感じで あまり価値が認められていなかったように思う。山下氏は序文でこう書いている。
私が敬愛してやまない岡本太郎(中略)は、(中略)このように宣言しました。これはとてもよくわかる。私も岡本太郎のこの宣言を若いころ(高校生のころだったか?)読んで、ひどく感化された。 なにしろ岡本太郎の文章は生気がみなぎっていて、非常に感動的だからだ。 しかし、いま超絶技巧の講演なんぞを聞いたあとで、美術館の抽象美術がたくさん並んだギャラリーに行くとひどく物足りない感じがする。 ディテイルを観察して意味があるような作品、いくら拡大して写しても観賞に堪えるような作品は、ためつすがめつ眺めて見飽きない。 本物とそっくりに作ってあるものを見るよりは本物を見た方が良いのかというと、そうでもない。本物は、何気なしに見てしまうけれど、 作品は、細部を見てくれと訴えかけてくる。作者が細部に込めたこだわりを、見る者も共有するのである。 やっぱり、「うまい」作品には凄味があるし、さらには(作家によるけど)手の込んだ意味づけをしてある場合もあって、 そのようなものにはパズル解きのような要素があって面白い。
「今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはいけない。ここちよくあってはいけない。」
この呪文は、当時の前衛芸術青年たちの胸に突き刺さりました。
(中略)
「うまくて、きれいで、ここちよい」日本画などはほとんど絶滅してしまいました。
第1部の鑑賞編には、現代の超絶技巧作家が10名紹介されている。具体的にどのような作品かは、ネットで画像検索をすればわかる。
第2部は技巧編で、作家のアトリエを訪ねてその技術の一端を見て、インタビューでその考え方を探るという企画。 第3部の歴史編は、過去の作品の紹介。すでに失われてしまった技術もいろいろあることが分かる。 技術の継承は難しいものである。
ネットで見つけた関連記事