十角館の殺人 新装改訂版

著者綾辻行人
発行所講談社
電子書籍
刊行2012/12/01
電子書籍の元になった文庫2007/10(新装改訂版)、1991/09(初版) 講談社文庫
元の単行本1987/09 講談社ノベルズ
入手電子書籍書店 honto で購入
読了2015/11/22

夜中に目が覚めたので、前に買っていた本書を読み始めたら、ついつい止まらなくなって最後まで読んでしまった。 以前に買っていたのは、ネット上の評判がよさそうだったからである。 クリスティの『そして誰もいなくなった』のように、孤島にいた6人が次々に殺されるという物語である。

種を明かしてしまうと、『そして誰もいなくなった』と違って、実は孤島に見えたものは孤島ではなくて、 小さい船で人目を避けて行き来できるということである。 孤島にいたのは7人で、そのうち一人が本土(設定では大分県)と行き来しながら連続殺人を犯すという筋である。 あんまり手がかりが無いので途中で犯人を推定するのが難しく謎解きの面白さはない。 最後の12章で犯人が自分の犯罪を回想して何が起こったかを読者に明かす。 意外性はあるものの、実は孤島ではなかったといわれると、やや興ざめ感もある。

上手なのは、犯人の登場のさせ方である。最後に一人が残ればそれが犯人だとすぐにわかってしまうのだが、最後の二人までにしておいて、 本土側にストーリーを転換させる。そして犯人のニックネームと本名が結びつくことで読者に犯人を明かすというしかけである。 つまり語り手が犯人を隠しているのだが(「叙述トリック」と言うらしい)、 犯人に自分のニックネームを言わせることで読者に犯人を明かすのが劇的で格好が良い。

種明かしをされてから考え直してみると、犯人ヴァン(=守須)の外見の描写がほとんどなされていなかったことに気付く。 中背で痩せているというくらい以外には何も書かれていない。だから、もともと何となく印象が薄いのである。 それを思うと、慣れた読み手なら、そのことから犯人が推測できるかもしれない。 しかし、この手は顔がどうしても見えてしまうドラマや漫画では使えない。小説ならではのトリックである。 ところで、守須の名前は、モーリス・ルブランを読者に想起させたくて付けた名前のようだが、 私は Maurice ではなく Morris のつもりだと思い込み、はてそんな名前の推理小説作家はいたっけなと思いながら読んでしまった。

連続殺人の動機は恋人が殺されたということなのだが、ちょっと弱い。 推理小説では、読後感を悪くなくするために、殺される人々を悪人に仕立てるのが定石なのだが、 この小説で殺されている6人はふつうの若者であるように描かれている。 そもそも「恋人が殺された」というのが本当かどうかそれほどはっきりしなくて、たんに運が悪くて死んでしまっただけなのかもしれない。 まあ、それでも犯人が「殺された」と思い込んだことが重要で殺人というのは不条理なものだ、というのが著者の主張かもしれない。あるいは、著者はホラーで読者を怖がらせるのが好きということかもしれない。実際、怖い話になっている。