太田は最初のうちは冷静な語り手の立場でいて、前半ではその立場から人間模様を描いている小説になっている。 ところが、後半に入って、ゴーストライターに本を書いてもらった高橋由貴に太田が惹かれるようになってからは、 太田はドロドロの渦中に入ってしまった。すると、今度は太田の同僚の浦田絵里が冷静にそのドロドロを観察する語り手の立場になる。 そのドロドロは、太田が我を忘れて大人げない行動を取って会社を辞めることになって終わり、 最後は、太田が故郷に戻って父親の死を看取る。 最終回で、今度は浦田絵里が自分の本を作りたいと言い出し、浦田絵里の人生にもドロドロがあったことを匂わせている。
ふだんは新聞連載小説を読んだことはほとんどなかったのだが、夏目漱石『こころ』の再連載を読んだのをきっかけに、 ついでに読んでみようと思って毎日ほぼ欠かさず読んだ。 新聞連載で大事なのは、前を読み返さなくても読めるものでないといけないということだ。 その点、この小説はよくできていた。全体的には自費出版をする人々のいくつかの事例なのだが、 一度に出てくる人物は少なく抑えてあるし、それほど前の話を見直す必要もないように書かれてあって、途中で混乱することは少ない。 並行して再連載されていた夏目漱石『三四郎』は、実はそういう点ではあまり良くなくて、結局あとから単行本を読み直してみてわかったことが多々あった。 さらにいえば、3月末日で連載がきれいに終わるのも技術のうちなのだろう。 本当は、最後のところは太田の父親の話をもう少したくさん書けたのではないかと想像する。 太田の父親の話は、満州から引き揚げるときに辛酸を嘗めたというだけでちょっとあっさりしていた。
「You Can Fly」というブログで かなりくわしいあらすじをたどることができる。