本書は、全体的には、表面張力の物理の様々な側面をコンパクトに扱ってあって、何となく全体像を知りたい 私のような目的には良い本であった。
特筆すべきことは、熱力学の取り扱いが、Gibbs 流に従って、類書にはあまり無い厳密さで書かれていることである。 Gibbs 流の取り扱いとは、表面を数学的な厚さの無い「分割面」として取り扱うものである。この方式だと、分割面の取り方によって 表面張力が異なることになる。一方、Guggenheim 流の取り扱いは、表面を一つの相と考えるものである。 普通の教科書では、Gibbs 流の取り扱いと Guggenheim 流の取り扱いの区別すら書かれていないことが多い。
あと、詳しく書かれているのは、著者の本当の専門であるらしい8章「格子モデルと表面張力」ならびに9章「表面張力の統計力学」だ。このようなミクロな描像がわりと詳しいのもありがたい。やはり、ミクロなイメージがある程度ないと、表面張力がわかった気がしないのである。これのおかげでだいぶん理解が進んだ気がした。
しかし、9-2 節の記述には問題があると思う。ここは、表面張力の定義をどうするかということで、 (9.14) あるいは (9.18) のように力で定義するのは自然なのだが、 実はそうすると 3-3 節の取り扱いとは違うことになってしまうことになるのである。 3-3 節では表面張力を仕事を用いて定義しているから、それと合わせるとすると、こちらも仕事で定義しないといけなくて、 そうすると 9-2 節では「モーメント」と書いてある方の式で定義するべきものであるはずだ。 しかも、「モーメント」ではなくて、「仕事」と書くべきである。表面張力を (9.14) あるいは (9.18) のように力で定義すると、 実は分割面に依らず常に Laplace の方程式が成り立つことになってしまうことが式を追ってみると分かる。 私は式を追っていて、張力面でないと Laplace の式が成り立たないはずなのにおかしいなと思って、上のことに気付いた。 p.120 で「(9.18) が張力面に対してしか成り立たない」と書いてあるのも結果的には正しいが、この記述では、熱力学の記述との整合性が無い。
上のような問題点以外でも、数式が出てくるところや数式の変形などで、説明不足だと思えるところがいろいろあって、読みにくい部分もあった。 コンパクトに書かざるを得ないのでやむを得ない部分もあろうが、もう少し言葉による説明を丁寧に書いてくれたらよかったのにと思った。 先の Gibbs 流の取り扱いにしても、最初ちょっと意味が分からず、何度か読み返してようやく意味が分かった。
それ以外にも、刷を重ねている割にミスプリがけっこうあった。著者はもうお亡くなりなので、もうしょうがないのかもしれないので、ここでいちいち指摘はしない。