富士山はどうしてそこにあるのか 日本列島の成り立ち
山崎晴雄 著
NHK カルチャーラジオ 科学と人間 2015 年 1~3 月、NHK 出版
刊行:2015/01/01(発売:2014/12/25)
福岡天神の積文館書店天神地下街店で購入
読了:2015/03/27
地球科学の事なので知っていることも多かったが、知らなかったこともけっこうあり、意外に楽しめた。
たとえば、国分寺崖線の存在(第3回)をこの本で初めて知った。近くに行く機会がたまにあるので、今度行くときは歩いてみたいと思った。
あるいは、大地震ときによく改元していたこと(第9回)も初めて知り、
安政大地震は本当は改元前の嘉永 7 年に起きていたということもちょっと驚くトリビアっぽい知識であった。
放送は、だいたいテキストをかなりの高速度で読み上げて、少しだけテキストに書いていないことを付け加えるという形式だった。
読む速さが速いので、すでに知っている内容でないところはついていくのが難しかった。とくに、第3回の武蔵野台地の段丘面の説明では、
テキストと地図を照らし合わせる暇がなくて、あとから地図を見ながらゆっくり読んでいってようやく理解した。
このスピードで理解できるのは、本当の専門家だけだったろう。もっとも、後半は私が知っている内容が多かったせいか
スピードを少し落としたのか、だいぶんわかりやすくなっていた。ただし、テキストに書いてないことを付け加えることは少なくなった。
著者は、活断層の専門家で、原子力安全委員会の委員でもあった。で、しばしば原子力推進側ということで名指しされることもあり、
どういうお考えの方かなと思ってテキストを読んでみた。すると、第11回の話から、著者は、そもそも活断層上の土地利用規制にも反対であるということがわかる。
つまり、規制の社会的コストを考えると、活断層上に建造物を作ることを規制する必要はないという考えのようである。
しかし、安全性のハードルが高くかつ規模が大きい原発に対して、このような考えを延長するのは適切ではないと思う。
地震による建造物の倒壊には大きく3つの要因がある。一つは、揺れによる倒壊で、これは断層が真下に無くても起こる。
揺れに関しては、断層が真下にあるかどうかは重要ではなく、断層の位置と大きさと動き方と地下構造による。
二つ目は、真下の地盤が破壊する(活断層でずれるとか、地すべりで無くなるとか、液状化とか)ことによって土台が崩れることによるものである。
三つ目は、地すべりや土石流や津波等ものが流れてきて押しつぶされるというものである。三つ目の話は、ここでは以後考えない。
というのも、そんなおそれのある場所に建物を建てないというのが最も有効な対策だからである。
いわゆる活断層上の土地利用規制は第二のものに対応するためのものである。
著者は、第一の問題だとか、経済的な問題などいろいろ他の要因もあるので、第二の問題をそれほど重視する必要はないという考えのようだ。
この議論をするには、工学的に第一、第二の問題にどう対応できるかということと組で考えないといけない。
この2つの問題は対策の仕方が共通の部分もあるが、異なる部分もある。
もともと建物がある程度以上頑丈であることはどちらの場合でも必要だが、それ以上の部分が異なる。
揺れの問題に対しては、地盤が弱ければ深く杭を打つとか、振動を速く減衰させるように免震構造にするとか、その他いろいろな対策がある。
地盤の破壊の問題に関しては、どうしたら良いのか工学的なことを私は知らない。これは、活断層か地すべりか液状化かでまた違うだろうから、
活断層に限定する。この意味での活断層対策には微妙な意味がある。たとえば阪神淡路大震災の時に淡路島の断層の真上で耐えていた家があったところを見ると、
それほど大きくない活断層で建物があまり高くなければ活断層によるずれには耐えられるのかもしれない。
著者は、ひとつにはこういう例からみて、この問題を重要視していないのだろう。第11回の話でも、原発でも工学的に対策が立てられるだろうという楽観的な希望を述べている。
しかし、原発のような巨大プラント(いろいろな構造要素があって複雑)でもそう言って良いかどうかは不安がある。
それと、著者が立川断層の専門家だということも関係しているようだ。立川断層は、地表には撓曲として現れているので、地面が引き裂かれることは無い。
そこで、断層の真上でも上の第二の問題は考える必要がない。つまり、活断層の真上にあるかどうかは、立川断層に関しては重要ではない。
それを踏まえて原発の問題を考えると、揺れの問題に関しては、今までの実績だと、日本の原発は揺れにけっこう弱いので、問題がある。
原子炉が破壊されていなくても、いろいろな故障を起こしている(たとえば、東日本大震災の時の福島第一原発のみならず福島第二原発とか
新潟県中越沖地震の時の柏崎刈羽原発とか)。活断層直上かどうかの問題は、たぶんまだ実例はないけれども、大きい施設なので、
少なくとも配管や配線が壊れることはありそうである。普通の家屋のような小さな建造物と同列では論じられないように思う。
もうひとつ、第7回で、著者は、地球温暖化問題を食糧問題であるととらえていることが分かる。それは、
(1) 温暖化によって Younger Dryas のような寒冷化が起こるかもしれない (2) 現在の食糧生産は、燃料や肥料を通じて石油に依存している、
という2つの理由による。これも、著者が原発推進に傾く理由であると思われる。ただし、これらについても異論はあり得ると思う。
テキスト+放送のサマリー
第1回 富士山はどうして美しいのか
- 富士山はプレートの三重会合点付近で形成されたという意味で、世界的にも稀な場所にある火山である。
ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込み、その下に太平洋プレートが沈み込んでいる。
- 伊豆ブロックは本州に衝突している。そのため大正関東地震のような大地震が起こる。しかし、その一方で、
伊豆ブロック北端の丹沢南縁から富士山にかけての地域では巨大地震の発生は知られていない。その理由はよくわかっていない。
- 沈み込み帯では、沈み込む海洋プレートの深さが地下 100~150 km 付近で、海洋プレートから水が供給されてマグマができる。
- 富士山が美しい理由:
- 若い火山で侵食をあまり受けていない。火山噴出物は水はけが良く、天水が地下に浸透して地表を流れないので、侵食されにくい。
さらに、平安時代以前は、中規模噴火を頻繁に起こしていたようで、火山斜面がその噴出物に覆われてなめらかになっている。
- 周囲に高い山地が無く、広い裾野を広げることができた。これは、富士山がプレートの沈降域である駿河トラフの延長上にあるためである。
周辺の富士川河口断層帯や神縄断層帯とも関係があるであろうが、よくはわかっていない。
第2回 関東平野はなぜ広いのか
- 平野は、低地、台地、丘陵に分類できる。
- 低地は、扇状地、自然堤防帯(蛇行原)、三角州に区分される。
- 台地は、かつての低地が隆起するなどして浸食を免れて残った部分である。段丘を形成している。
江戸時代には、水を得にくかったのであまり開発されていなかった。
- 丘陵は、台地の侵食が進んだところ。
- 関東平野は、台地が広いタイプの平野である。関東の台地は中央部が低い。これは地殻変動によるものであり、
「関東造盆地運動」と呼ばれる。関東平野は中央部が沈降、周縁部が隆起している。
沈降の中心は茨城県の古河市付近と東京湾の北部の2か所にある。
- 関東平野の南側の三浦半島から房総半島南部にかけては、フィリピン海プレートの前弧リッジであると考えられる。
- 関東平野の東側の銚子から霞ヶ浦あたりは、フィリピン海プレートのスラブ先端での蛇紋岩化作用の影響で隆起しているという説もある。
- 関東平野の中央部はフィリピン海プレートの前弧海盆に相当する。
- 関東平野の直下では多くの地震が起きている。大きな地震としては、1855 年の安政江戸地震が挙げられる。
死者は数万人に及んだかもしれない。
第3回 武蔵野台地と玉川上水
- 玉川上水
- 江戸幕府は江戸の飲用水を確保するために、玉川上水を作った。玉川上水は、多摩川の水を羽村で取水して、四谷大木戸まで流す水路である。玉川上水は非常に合理的なルートが選ばれている。動力ポンプが無い時代なので、上手に地形を利用して流している。
- 現在では、玉川上水の堤防が桜の名所になっている。羽村から取られた水は、小平監視所から東村山浄水場に流されている。東村山浄水場は、淀橋浄水場に代わる浄水場として 1960 年に造られた。現在では、玉川上水の小平監視所より下流部ではきれいに処理された下水が流されている。
- 武蔵野台地
- 武蔵野台地の地形面を理解するには、長期的な地殻変動による上昇と、氷期間氷期変動による変化を理解すると良い。氷期には、禿山が増えて砂礫の生産が多くなる一方、海水面は下がり、降水量が減って、河川水量も減る。そこで、大規模な扇状地が発達し、沿岸部は大きく下刻(かこく)される。間氷期には、砂礫の生産は少ない一方、水量は増えるので、上流側では前に作られた扇状地が浸食される。しかし、海水面が上がるため、下流側では沖積平野が発達する。
- 武蔵野台地ができる前からあるのは、多摩丘陵や狭山丘陵などの丘陵地である。
- 武蔵野台地は、最終間氷期→最終氷期→現在(現在)の12.5万年で形成された。一番古いのが、最終間氷期の海岸平野が隆起した下末吉面である(東京付近のものは、淀橋台、荏原台と呼ばれる)。武蔵野台地の大部分は氷期の扇状地で、6万年より古いのが武蔵野面、それより新しいのが立川面である。立川面の方が寒い時期にできているので、勾配が大きい。最後に勾配の緩い沖積層ができる。
- 立川面が武蔵野面を削り込んだ境目が国分寺崖線と呼ばれる。だいたい野川の東側に国分寺から二子玉川あたりまで続いている。この段丘崖は「はけ」とも呼ばれて、各地に湧水がある。
第4回 リアス海岸はどうしてできたのか
- リアス式海岸
- リアス式海岸という名前は、地理学者のリヒトホーフェンが名付けた。もともとスペインのガリシア地方で「湾」の意味である。
- リアス式海岸は、気候変動で海水準が上昇することでできた。必ずしも地殻変動で沈降しているわけではない。
- フィヨルドは、氷河の谷が元になっているので、リアス式海岸とは呼ばない。
- 第四紀の気候変動
- 3500 万年前、南極が独立した大陸になる。これ以降、南極に氷床ができはじめる。
- 250 万年前、パナマ地峡が閉じて、北大西洋が温暖化し、高緯度地方に雪が降るようになって、北半球に大陸氷床ができはじめる。
これを第4紀の始まりとする。
- 第四紀前半は、4 万年周期の気候変動があり、~100 万年前以降は 10 万年周期になった。これはミランコビッチサイクルによるものとされる。
この氷期・間氷期変動により、海水準が大きく (120 m くらい) 変化する。
- 戦後、酸素同位体の研究が進み、海水準変動の歴史がわかるようになった。
海水準が下がっているとき(氷期)には、海中の 18O が多くなる。
- MIS (Marine Isotope Stage) は氷期・間氷期の繰り返しに付けられた番号で、間氷期には奇数番号、氷期には偶数番号がついている。
- リアス式海岸の成因
- リアス式海岸を作る要因の大きなものは、谷の流域が狭いことである。流域が広いと、すぐに堆積物が谷の下流を埋めてしまう。
- リアス式海岸は、やがて堆積物で埋められるか、次の氷期が来てなくなる。つまり、間氷期に一瞬現れるものである。
- 東北地震では三陸沿岸は沈降し、その沈降は続いている。これはやがて反転して隆起に変わるのではないか。
実は、三陸沿岸は長い時間スケールでは隆起していることが知られている。
第5回 海進によってできた海
- 瀬戸内海
- 瀬戸内海沿岸は、温暖で雨が少ないので、溜池が数多くつくられた。
- 瀬戸内海は水深が 40 m より浅いところがほとんどで、氷期には干上がっていた。
瀬戸と呼ばれる島が多い地域は、氷期には河川の上流部だったと考えられる。備讃瀬戸のあたりが分水嶺だったのだろう。
- 瀬戸内海の海底には海釜と呼ばれる細長い窪地があり、水深が 100 m 以上のところも少なくない。
海釜の成因には諸説あるが、基本的には幅の狭い海峡を潮流が抜けるときの侵食によると考えられている。
渦潮で有名な鳴門海峡にも海釜がある。
- 東京湾
- 5 m よりも浅いところは沖積低地の海への延長部である。今ではほとんど埋め立てられている。その先には三角州先端のやや急な斜面がある。
- 東京湾北部は泥に覆われている。この泥の下には埋没谷がある。これは古東京川と呼ばれる。
- 東京湾南部には深い海底谷がある。
- 房総半島南部から三浦半島にかけては隆起しており、前弧リッジに相当する。
- 後氷期海進(縄文海進)と関東平野
- 縄文海進のときの海岸線は貝塚の分布から推定できる。
- 後氷期の海進のときに堆積したのが沖積層である。関東平野で詳しく見ると、沖積層は大きく2つに分かれる。
Younger Dryas(寒の戻り)以前の沖積層が7号層と呼ばれ、Youger Dryas 以降の沖積層が有楽町層と呼ばれる。
- 縄文海進の後、日本では海水準が相対的に低下している。これは後氷期になって海の水が増えて海底が沈降しているのが続いているためである。
世界的に見ると、isostatic adjustment の具合で、現在では地域によって相対的に海水準が上がっているところと下がっているところがある。
第6回 海峡の成立
- 海峡と海水準低下
- 氷期には海水準が 120 m 低下する。そのとき陸続きになる海峡とそうならずに陸橋となる海峡がある。
陸橋になる海峡としては、対馬海峡や宗谷海峡がある。
- 深い海峡は生物分布境界になる。日本で代表的なものに渡瀬線(トカラ列島にある)がある。これが、生物分布を旧北亜区と東洋亜区に分ける。
世界的に有名なのはウォーレス線(ロンボク海峡を通る)で、東洋亜区とオーストラリア区に分ける。
しかし、ロンボク海峡の東にももっと深い海峡があるのに、なぜロンボク海峡が生物分布境界になったのかはよくわかっていない。
- ナウマンゾウは 43 万年前の氷期に朝鮮半島から日本にやってきたと考えられている。1 万年前より少し前に絶滅した。
不思議なことに、ナウマンゾウはブラキストン線(津軽海峡)の向こう側の北海道にも分布していた。
- 氷期の海
- 現在の日本海では、浅部では対馬海流が流れ、深部には日本海固有水がある。日本海固有水は、冬に表層水が大陸沿岸で冷却されて沈んだもので、
溶存酸素が豊富である。氷期には、日本海表層は大陸からの淡水で覆われ、水の上下交換が減り、海底が無酸素状態になった。
- 大陸棚は、氷期の最盛期に作られた平坦面である。たとえば、インドネシア・マレーシア・インドシナ半島で囲まれる海には、
広い大陸棚がある。これは氷期には陸地だったところで、スンダランドと呼ばれる。いわゆる「ムー大陸」の正体はこれかもしれない。
第7回 農耕の始まりと気候変化
- Younger Dryas
- Dryas(チョウノスケソウ)は、ツンドラに咲く花である。氷床が後退、あるいは前進するときにツンドラが広がると分布が広がる。
- Younger Dryas は 1 万 2 千年前頃の寒の戻り。同時に乾燥化も起こった。
- Younger Dryas の寒冷化の中で、栽培と牧畜が始まった。
- Younger Dryas の原因は、急激な温暖化だったと思われている。
氷床が融けたために、北大西洋の塩分が低下し、NADW (North Atlantic Deep Water) が停止した。これが寒冷化を招いた。
- 農耕・牧畜
- 人為選択が行われるようになった。たとえば、稲穂が実っても落ちないのは、本来はおかしな話だが、人間にとっては都合が良い。
- 農耕・牧畜が行われるようになるとともに、疫病が発生するようになった。
- 地球温暖化で危惧されること
- 地球温暖化によって Younger Dryas のような寒冷化が起こるかもしれない。すると、食糧危機が起こる可能性がある。
- 現在の食料生産は、化学肥料や燃料などを通じて石油によって支えられている。石油に代わるエネルギーの確保が必要である。
第8回 火山活動と人類への影響
- 御嶽山噴火
- 2014 年 9 月、御嶽山の小規模な噴火により、戦後最大の火山災害が起きた。噴火の規模と災害の大きさとは比例しない。
- 火山噴火の規模を、火山噴出物の総量の常用対数を基にした VEI という指数で表す。
- トバ噴火と人類進化のボトルネック
- 現生人類は遺伝子の多様性が低い。突然変異の割合から、約 7 万年前に人類の個体数が著しく少なかったことが推定される。
- 73,000 BP には、スマトラのトバ火山で VEI 8 の超巨大噴火が起こった。その結果、「火山の冬」が起きた。
- グリーンランドの ice core から、噴火後 1000 年間亜氷期が続いたことがわかる。
- トバ噴火の後、人類の人口は 3000--10000 人になったと言われている。Homo erectus は絶滅し、現生人類と
ヨーロッパのネアンデルタール人のみが生き残った。これが、人類の進化のボトルネックとなり、遺伝子の多様性が著しく減少した。
- 衣服を着るようになった人類
- 人類は 170 万年前頃から体毛が減ってきたとされている。
- ヒトの衣服に付くヒトジラミが出現したのは、遺伝子解析から 7.2 万年前とされる。まさに、トバ噴火の時であった。
- 鬼界アカホヤ噴火
- 縄文時代の 7300 年前に鬼界カルデラが VEI 7 の巨大噴火を起こした。
- 南九州では、噴火の前の地層には、南方海洋系の土器や石器が文化が出ているのに、それ以降の地層には北方系の土器や石器が出てくるようになった。
第9回 火山噴出物は語る
- 火山灰編年
- 火山灰は、地層や地形ができた年代を求める研究を tephrochronology という。
- 関東ローム
- 広域テフラとプリニー式噴火
- 広域テフラをもたらすような大規模噴火はプリニー式噴火と呼ばれる。名前は、小プリニウスがベスビアス火山の噴火を記述していたことにちなむ。
- 関東ローム層の中に厚さ 5cm ほどの黄白色の細粒の層がある。これは、姶良-丹沢火山灰 (ATn) で、姶良カルデラの 3 万年前の噴火による。
- そのほか、関東で見られる広域テフラとしては、東京軽石層 (TP) がある。これは、6 万年前の箱根火山の噴火の軽石層である。
- 房総半島で調べると、広域テフラが出現する頻度は 1.33 万年に 1 回程度であることがわかった。
- 関東ロームと立川断層
- 著者の修士論文のテーマは、立川断層であった。緩い坂状の地形が活断層であることを証明する必要があった。
- 著者は、洪水堆積物が作る平坦面と立川上部ガラス質火山灰 (UG) を手掛かりにして、地形が断層による撓曲であることを示した。
- 3.11 後に東大地震研が行った調査では、緩い坂を河食崖であるとする誤りを犯している。
第10回 海溝型巨大地震
- 天災と改元
- 天災が起こるのは、天譴(天帝が叱る)のためだと考えられていた。そのため、天災が起こるとしばしば改元が行われた。
- 嘉永 7 年に安政大地震が起こったので、安政に改元された。「稲むらの火」や津波によるディアナ号遭難もこの時に起こったことである。
- 元禄 17 年に元禄関東地震が起こったので、宝永に改元された。
- 地震
- 地震は、断層の両側の岩石がずれることによって起こる。
- 強い地震動を発する部分をアスペリティと呼ぶ。
- 東北地方太平洋沖地震
- 上田と金森は、沈み込みをチリ型とマリアナ型に分けた。
若いプレートが沈み込むところがチリ型で、このようなところはカップリングが強く、付加体が形成され、巨大地震が起こる。
古いプレートが沈み込むところがマリアナ型で、このようなところはカップリングが弱く、テクトニックエロージョンが起こり、巨大地震は起こらない。
- 東北日本は、チリ型とマリアナ型の中間で、M9 クラスの地震が起こるとは思われていなかった。
- Ruff は、付加体が形成される条件は、陸源堆積物の量であるとした。そして、付加体が形成されるところでは、巨大地震が起こり、
テクトニックエロージョンが卓越する所では津波地震が起こりやすいものの巨大地震は起こらないということがわかってきた。
- ところが、東北地方太平洋沖地震は、テクトニックエロージョンが卓越する所で起きてしまった。津波地震の特徴も備えていた。
第11回 日本の平野を作る活断層
- 活断層の土地利用規制
- 活断層に対する土地利用規制には反対する。日本は、使える土地が狭いので、規制をすることによるデメリットが大きいと考える。
- 原発の再稼働に際しては、断層のずれに対抗する工学的な対策が望まれる。
- 活断層とは
- 活断層とは、地表で認識される断層で、将来も活動する可能性があるものである。最近の地質時代に活動を繰り返しているかどうかで判断をする。
「最近」がいつなのかは、目的に応じて決めるべきであろう。
- 活断層が起こす地震は、活断層一つ一つを見ると、海溝型地震より低頻度で小規模である。しかし、活断層は数も多く、人が住んでいるところの近くで起こることも多いので、
大きな災害になることがある。
- 兵庫県南部地震
- 淡路島では野島断層が動いた(上下に 1m くらい、水平に 2m くらい)。
- 野島断層は 100 万年くらいで 500 m 動いている。
- 立川断層
- 2013 年の東大地震研による立川断層の調査では、セメント材を破砕帯と誤認するという失態があった。さらに、撓曲を無視している。
- 活断層と平野
- 日本の平野や盆地は、活断層の下がった方にできることが多い。そこで、都市の近くに活断層があることが多い。
第12回 新幹線の車窓から見る日本の地形
新幹線沿いの風景を見てゆく。
- 多摩川
- 江戸時代、玉川上水による取水によって、下流では水量がずいぶん減った。
- 相模川
- 北側に丹沢山地の大山(おおやま)が見える。雨乞いの神様がいる。
- 丹那トンネル
- 丹那断層沿いには地下水が流れていて、在来線工事中には何度も大出水に見舞われた。それとともに、工事のために丹那盆地では水が枯れた。
1930 年には丹那断層で北伊豆地震が起こった。
- 愛鷹山南麓の浮島が原
- 沈降している軟弱地盤の低湿地。
- 富士川断層
- 西側の蒲原丘陵と浜石岳山地は、付加体が陸上に上がったもの。
- 濃尾平野
- 養老断層によって傾き下がったところに木曽三川から堆積物が供給されてできた平野。
- 関ヶ原
- 伊吹山地と養老山地の間の峠のような場所。日本列島の東西をつないでいる。
- 湖東平野
- 琵琶湖の南東側の平野。その中に、湖東流紋岩からなる丘陵が点在する。安土城はこのような丘陵の上に作られた。