生物の進化の謎と感染症

著者吉川泰弘
シリーズNHK カルチャーラジオ 2015 年 10~12 月
発行所NHK 出版
刊行2015/10/01(発売:2015/09/25)
入手九大生協で購入
読了2015/12/25

いろいろな感染症の解説で、とくに重点が置かれているのは、他の動物と人間の間で病原体が行き来するタイプの感染症である。 いろいろな種類の感染症があるのだということがわかる。しかし、やや羅列的なために退屈する意味もあった。 もうちょっとテーマを絞っても良かったのではないかという感じもした。

放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 4000年の歴史をもつウィルス~狂犬病ウイルス

はじめに
人の伝染病は医学部、動物の伝染病は獣医学部で扱ってきた。しかし、最近動物由来感染症が多くなって、この垣根は取り払わないといけないということになってきた。
微生物は、地球の歴史の初期からいる。だから、感染症というものはヒトが現れる以前から生物の間であったはずだ。
狂犬病
記録に残る最も古い感染症である。メソポタミア文明の法典にも載っている。
1885 年、パスツールがワクチンを作った。
狂犬病は海外では現在でもけっこう起こっている。たとえば、2015 年 5 月、フランスで狂犬病のブルテリアが 16 人を咬んだ。この犬はアルジェリアで感染した。
人は、犬などに噛まれて感染する。潜伏期間は 1~3 ヶ月。最初は風邪のような症状だが、やがて神経症状が出て、数日後に呼吸麻痺を起こして、ほぼ100%死亡する。
狂犬病ウイルスは、噛まれた部位から直接末梢神経に入る。これが神経の軸索を通って、脳に行く。血液中に回らないので、免疫系が認識できない。 中枢神経で増殖すると、神経系が過敏になる。
ウイルスが脳に達する前に免疫が出来れば、発症を防ぐことが出来る。
狂犬病の歴史
紀元前 1930 年ころのエシュヌンナ法典に記載がある。ハムラビ法典にも記載がある。
紀元前 4 世紀、アリストテレスが動物と人に感染するという記載を残している。
紀元 2 世紀には、動物に咬まれたことで起こるとか、恐水症状が出るとか、発症すると致死的だということがわかっていた。 治療法は咬まれた部位を切除するか焼くと良いことがわかっていた。ワクチンが開発されるまでは、治療法はこれしかなかった。
狂犬病ウイルスの性質
リッサウイルス属に5種類のウイルスがある。このうちの血清型 1 が狂犬病ウイルス。血清型 2~4 はアフリカの野生動物が保有している。 他にヨーロッパコウモリリッサウイルス、オーストラリアコウモリリッサウイルスなどがある。
リッサウイルス属はもともとコウモリが宿主であると考えられる。
狂犬病が撲滅できないのは、野生動物を介して広がるからだ。
コウモリ以外の動物は狂犬病を発症する。とくに食肉類の動物は、狂騒状態になって咬みつく。
狂犬病ワクチン
パスツールが開発。パスツールは 1881 年に炭疽の弱毒生ワクチンを作った。その後、1885 年に狂犬病ワクチンを開発した。
野生動物での流行をどう止めるかが問題。なかなか撲滅できていない。
最近では遺伝子組み換えでワクチン開発がなされている。
狂犬病の現状
世界では、年間約 6 万人が死亡している。

第2回 歴史を変えた細菌~ペスト菌

ペスト
ペスト菌が、齧歯類から蚤を介して感染。
6 世紀、14 世紀、19 世紀以降の3回の大流行があった。現在でも感染がある。
ペスト菌は、腸内細菌科、グラム陰性、好気性の短桿菌。
ペスト菌の祖先は仮性結核菌だと考えられている。違いは毒性のあるプラスミドの有無。
ペスト菌は血液中で良く増殖する。
感染経路は、蚤が 78%、ペット動物が 20%、エアロゾルの吸入が 2%。
細菌は抗生物質が効く。しかし、ペスト菌では抗生物質の治療が間に合わないことが多い。
ペスト菌が肺で増えるのが肺ペストで、エアロゾルを通じた感染が容易に起こるようになる。
潜伏期間は1週間以内。腺ペスト、ペスト敗血症、肺ペストという病型がある。腺ペストはリンパ節を巻き込むもの、 ペスト敗血症は血液中で菌が増殖するもの、肺ペストは肺で菌が増殖するものである。
治療しないと、致死率は 90 %以上。治療には抗生物質が有効。
ペスト流行の歴史
ペロポネソス戦争の開戦の翌年、アテネはペストと考えられる大流行に見舞われた。これがアテネがスパルタに敗れた一因となった。
542-543年の東ローマ帝国で腺ペストの流行が起きた。これは、ヨーロッパから中近東、アジアに広がり、約 60 年にわたって流行した。
1347年、中央アジアからシチリアにペストが入り、それ以降、14 世紀末まで猛威をふるった。ヨーロッパの人口が激減した。エジプトでは、マムルーク朝の衰退をもたらした。
検疫を quarantine というのは、イタリア語の「40 日間」が語源である。疑わしい船を潜伏期間に相当する40日間停泊させたことから。
19世紀末中国を起源とするペストが世界中に広がる。北里柴三郎がペスト菌を発見した。ほぼ同時期にイェルサンもペスト菌を発見した。ペストとペスト菌を最初に結びつけたのは、イェルサン。
病気の治療の歴史
1894 年、ペスト菌の分離。病気の原因が明らかになった。
1928 年、抗生物質の発見。

第3回 生命の歴史と病原微生物

微生物による感染症
曝露→感染→発症
微生物と生命の歴史
最初の生命体は細菌。その後、41~35 億年前に古細菌が分岐した。初期生命は、超好熱性細菌。
32 億年前に光合成細菌が現われる。
21 億年前に真核生物が出現。ミトコンドリアや葉緑体が共生した。
10 億年前に多細胞生物が出現。
独立栄養細菌と従属栄養細菌
従属栄養細菌は、他の生物に寄生するか、他の生物を捕食するしかない。病原細菌のほとんどは従属栄養型細菌。
エネルギー代謝には、嫌気呼吸(発酵)、酸素呼吸などがある。
微生物学の歴史
微生物とは、医学用語であって、生物学用語ではない。肉眼ではわからない微小生物のこと。
1590 年、オランダのヤンセン父子が最初の顕微鏡を作った。
1665 年、フックが『顕微図譜』を出版した。
1674 年から、レーウェンフックは、多くの微生物を発見し「微生物学の父」と呼ばれる。フックはレーベンフックの業績を高く評価した。 レーウェンフックは、顕微鏡の改良を行い、最高で266倍の顕微鏡を作った。
微生物に病原性があることがわかったのは、19世紀後半のパスツールとコッホの業績。
コッホは微生物の純粋培養法を確立した。そして、微生物が病気の原因となることを確立した。
1884年、パスツール研究所のシャンベランが細菌濾過器を発明した。19世紀末から、細菌濾過器で濾過される微生物としてウイルスが認識された。
ウイルス
最近では大きなウイルスも発見されてきている。パンドラウイルス、メガウイルスなど。
ウイルスは自己複製のための最低限の道具しか持っていない。持っているのは、全遺伝子情報を搭載したゲノム、ゲノムの複製酵素、ウイルス粒子の構造蛋白質のみ。これ以外の要素は宿主から借りる。
普通の生物は、細胞は2分裂して増える。これに対し、ウイルスでは、増殖するときには、ゲノムだけがたくさんコピーされる。部品を大量に生産して一気に増殖する。

第4回 ヒトの感染症の起源

ヒトの進化
6500-7000 万年前、霊長類が成立。700-500 万年前にチンパンジーとヒトが分かれる。
猿人→原人→旧人→新人
人類が森林から草原に出て、野生動物と接触する機会が増えると、感染症も増えていったと考えられる。
社会と病原体
狩猟採集を行っていた移動社会は感染症のリスクが少ない。この時代には、土壌で長い間生き続けられるような炭疽菌やボツリヌス菌が起こす細菌感染症は考えられる。
1 万年前に農耕が始まって定住社会になり人口増加が始まると、病原体の汚染と循環が起こりやすくなった。野生動物の家畜化も感染症のリスクを高める。 とくに糞便を介する寄生虫は定住社会でリスクが高い。
野生動物の家畜化で、動物由来の感染症が起こるようになった。天然痘、はしか、インフルエンザ、百日咳など。
人口密度が高くなった文明社会では急性感染症が流行するようになった。天然痘、はしか、百日咳など。
動物由来の感染症
動物由来の感染症が人に定着する諸段階:《ステージ1》動物間のみの感染。口蹄疫など。 《ステージ2》病原体は野生動物間で循環しているが、ヒトも巻き込む。狂犬病など。 《ステージ3》限定的にヒトからヒトへも感染する。エボラ出血熱など。 《ステージ4》動物を介してヒトからヒトへ感染する。デング熱や黄熱など。 《ステージ5》ヒトからヒトへの感染を維持できるようになっている。天然痘など。
近年の新興感染症のほとんどは、動物由来の感染症である。その要因として考えられることは、 (1) 熱帯雨林の開発され病原体と接触する機会が増えた (2) 農業生産性が向上し齧歯類が増えた (3) 途上国の都市域での公衆衛生の悪化 (4) 移動時間の短縮による感染拡大である。

第5回 ヒトと動物に共通の感染症とは?~バイオテロとの関連

人獣共通感染症
1998 年に伝染病予防から感染症法に変わった。感染症は伝染病よりも意味が広い。感染症は、動物からヒトに感染する病気も含む。
人獣共通感染症の多くは動物からヒトに感染する。ヒトから動物に感染するものもある。
2001 年のテイラーのまとめによると、感染症の病原体のうち人獣共通感染症の病原菌が 60%、新興感染症が 12% あった。
新興感染症と再興感染症
近年、新興感染症、再興感染症、耐性菌、人獣共通感染症、家畜や畜産品由来の感染症、ペット由来の感染症が問題になっている。
日本の例
2003 年、野兎病やペストの危険性からプレーリードッグが禁輸となった。その後、アメリカでは、プレーリードッグ経由でサル痘の発生が起こった。
2002 年、島根県の動物園でオウム病が発生した。
最近、犬からエキノコックスが見つかっている。
最近、ヒトから動物への結核の感染が見つかっている。
バイオテロ
最近、感染症法にバイオテロ対策が加えられた。
バイオテロに使われる可能性のある病原体には、サル痘ウイルス、フィロウイルス、炭疽菌、ペスト菌などがある。

第6回 ネズミがもたらす病気~ラッサ熱、ハンタウイルス肺症候群

齧歯類
陸生哺乳類の半分の動物種が齧歯類。世界中に分布している。
腎症候性出血熱 (HFRS)
アジアとヨーロッパで患者が出る。腎機能が障害を受け、致死率 10 % 程度。
原因は、ブニヤウイルス科ハンタウイルス属ハンターンウイルス
流行する場所の違いで分類すると、田舎型、戦争型、都市型、実験室型がある。
齧歯類から感染する。齧歯類の糞尿から経気道感染、飛沫感染を起こす。ヒトからヒトへの感染は知られていない。
ハンタウイルス肺症候群
北南米のネズミに由来する。肺が障害を受け、致死率 40~50 %。
原因は、HFRS ウイルスに近縁のシンノンブレ・ウイルス。
ラッサ熱
アレナウイルスが原因のウイルス性出血熱で、致死率 15~20 %。
西アフリカの風土病だが、ときどき先進国にも輸入される。
自然宿主はヤワゲネズミ属マストミス(多乳房ネズミ)。
南米出血熱
アレナウイルス属のウイルスが原因の出血熱。
アレナウイルス
ネズミとともに広く世界に分布している。親から子に垂直感染して引き継がれる。
ネズミでは無症状であるのに、なぜヒトでは致命的にはよくわかっていない。
ウイルスが直接細胞を破壊するのではなく、生体防御機構が過剰反応しているのかもしれない。

第7回 コウモリがもたらす感染症~エボラ出血熱、SARS

コウモリ
最近の新興感染症には、自然宿主がコウモリであるものがたくさんある。
コウモリは翼手目 (chiroptera) に分類される。世界全体に分布し、202 属、1116 種からなる。20 % がオオコウモリ亜目、80 % がココウモリ亜目。
オオコウモリは野外で樹木にぶらさがって生活する。ココウモリは主として洞窟で群れをなして生息する。
ヘンドラウイルス感染症
ヘンドラウイルスは、パラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に属する。1994 年、オオコウモリからウマに感染し、ウマからヒトに感染したとみられる発症が起こった。
ニパウイルス感染症
ニパウイルスは、ヘンドラウイルスに類似のウイルス。
1998 年、マレーシアで脳炎患者が多発し、数十名が死亡した。オオコウモリからブタに感染し、ブタからヒトに感染したとみられる。
マールブルグ病
1967 年、ヨーロッパでウガンダから輸入したアフリカミドリザルを介して流行が起きたのが最初の報告。
致死率は 25% 程度。発熱、発疹などで始まり、嘔吐や下痢を起こす。
アフリカのオオコウモリが自然宿主。
エボラ出血熱
1976 年のスーダンとザイールにおける流行が最初。致死率が高い。
現在までに5つの株が分離されている。アフリカ由来の4株はヒトに致死的な感染を起こす。アジアの1株はサルでは致命的だが、ヒトでは発症しない。
ルーセットオオコウモリのなかまが自然宿主だと推測される。
SARS(重症急性呼吸器症候群)
2003 年に香港のホテルで流行してから一般に知られるようになった。
原因はSARSコロナウイルス。致死率 10 % 程度。キクガシラコウモリが自然宿主。
MERS(中東呼吸器症候群)
2012 年に最初の報告があった。肺炎を起こし、致死率 30~40% 程度。
SARSウイルスに近縁のコロナウイルスによる。
感染経路はまだ明らかではない。コウモリからラクダを介して感染したという推測もあるが、まだはっきりしない。

第8回 ウイルスの適応と進化

ウイルスの増殖
ウイルスは、ゲノムだけを複製し、別に蛋白質を合成させて一気に組み立てる。
こうして、1、2日の間に一細胞あたり 106~1012 個のウイルスが作られる。
ウイルスは、リボゾームの蛋白合成機構を乗っ取る。
ウイルスには、宿主の防御機構を妨害する機構を持っているものもある。
ウイルスの変異
2種類のウイルスが同時に一つの細胞に感染すると、遺伝子の組み換えが起こる。
ウイルスの複製酵素はいい加減で、けっこうエラーを起こす。このような小変異はしょっちゅう起こる。
このような変異で、ウイルスが免疫系から逃れることもある。
免疫を破壊するウイルス
エイズウイルスは、ヘルパーT細胞に感染して、免疫機能を破壊する。
ヘルペスウイルス
単純ヘルペスウイルスには1型と2型がある。
バリセラ・ツォスターウイルスは、子供の時には水ぼうそうを起こし、大人になると帯状疱疹を起こす。
いずれも潜伏感染し、免疫系が弱まったりすると再活性化する。
レトロウイルス
レトロウイルスは、RNAゲノムを持ち、逆転写酵素でDNAに変換される。
レトロウイルスが生殖細胞に感染すると、宿主DNAの一部になることがある。こうしてできた寄生ゲノム(レトロエレメント)は、宿主の遺伝子の中にバラバラにたくさん挿入されている。
動く遺伝子には、レトロウイルス由来のレトロトランスポゾンがある。LTRという反復配列を持つレトロトランスポゾンは、ヒトゲノムのうち 8% を占める。
ウイルスの進化
ウイルスの進化の方向としては、徹底的に無駄をなくした。

第9回 生体防御機構の進化

生体防御機構
個体の防御反応は、系統的に手に入れた反応を順に繰り返す。
物理的・化学的バリアー→自然免疫→獲得免疫
物理的・化学的バリア
物理的バリアには皮膚などがある。
化学的バリアには、細菌の細胞壁を分解するリゾチームという酵素などがある。
レクチンは生体防御蛋白質の一種である。レクチンは、病原体の表面に発現する糖鎖を認識して、補体やリンパ球を活性化したり、炎症細胞を呼び寄せたりする。
自然免疫
トール様受容体は、主に細胞表面で病原体を感知して、自然免疫を作動させる。 NOD様受容体は、細胞質内で病原体を感知して、自然免疫を作動させる。これらの受容体は病原体に特徴的な分子パターンを認識する(特定の分子ではなく、一群の分子を認識する)。
抗菌性ペプチドは、一種の抗生物質である。ヒトが産生する抗菌性ペプチドには、大きくディフェンシン、ヒスタチン、LL37グループの3つに分類される。
インターフェロンは、ウイルスに干渉し (interfere)、ウイルスの増殖を抑制する。トール様受容体などが病原体を認識すると産生される。
補体は血清中の生体防御蛋白質群で、(1) 抗体をマクロファージに取り込まれやすくする (2) 細菌の細胞膜に穴を開ける (3) 炎症細胞を呼び集める、という3つの働きがある。補体が活性化される経路には、(1) レクチン (2) 細菌の脂質多糖体 (3) 抗体の3つがある。
生体防御を担う細胞
マクロファージ、顆粒球、リンパ球
リンパ球のうち最も原始的なものは、NK (Natural Killer) 細胞である。癌細胞などの異常細胞を殺す。
獲得免疫
リンパ球のうち胸腺で分化するものを T 細胞という。キラー T 細胞、ヘルパー T 細胞がある。
ヘルパー T 細胞のうち Th1 が優位だと細胞性免疫が誘導され、Th2 が優位だと液性免疫が誘導される。
細胞性免疫では、キラー T 細胞が増殖する。
液性免疫では、リンパ球の一種の B 細胞は抗体を作る。
リンパ球が成熟する過程で遺伝子の再編が行われることで、抗原に特異的な抗体ができる。

第10回 食品由来の感染症〜BSE、O-157、ノロウイルス

食中毒
食中毒は、食品由来の微生物や化学物質による中毒のことである。
食中毒は、食品衛生法で届出が義務付けられている。ただし、感染症法による届出と少し基準が異なるので、同じ感染症でもどちらの法律に基づく届出かで患者数が異なるということが起こる。
牛海綿状脳症(BSE)
1986年に英国で発見された。ヒトにも感染し、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を引き起こす。
原因はBSEプリオンと考えられている。異常プリオン蛋白質は、本人の蛋白質なので、免疫系には異物だと認識されない。したがって、抗体ができない。遺伝子もないので、診断は死後の組織検査によるしかない。
潜伏期間が長く、いったん発症すると、必ず死に至る。
肉骨粉の利用を禁止し、特定危険部位を除去することで、流行は終息した。
腸管出血性大腸菌症(EHEC)
O-157 は、大腸菌にベロ毒素遺伝子がバクテリオファージによって持ち込まれてできた大腸菌である。
EHEC の症状は、赤痢と同様。重篤化すると死に至る。
EHEC の感染源はウシと考えられる。ウシは保菌していても、症状がない。
加熱すると不活化する。
カンピロバクター症
ニワトリから感染する。ニワトリは保菌していても、症状がない。ヒトは、生の鶏肉を食べることで感染する。
カンピロバクターは細菌で、コレラ毒素に似た内毒素を産生する。
ギランバレー症候群の原因になることがあるようだ。
寄生虫性食中毒
つい最近まで原因不明とされた食中毒で、寄生虫によるものがあることがわかってきた。食後数時間で発症するが、症状は軽く、すぐに恢復する。
ヒラメによる食中毒が、粘液胞子虫類のクドア・セプテンプンクタータによって起こる。加熱もしくは長時間凍結で死滅するが、刺身にはできなくなる。
馬刺しによる食中毒が、住肉胞子虫のサルコシスティス・フェアリによって起こる。長時間凍結で死滅し、その後刺身にできる。
ノロウイルス感染症
ノロウイルスは、外殻を持たない球形のRNAウイルスである。
便を通じてヒトからヒトへ感染する。
牡蠣に入ると、増殖はしないが濃縮されるので、生牡蠣から感染することがある。

第11回 ペット動物からも病気は広まる~細菌から寄生虫まで

ペット動物由来の感染症
ペット動物、とくにイヌやネコは長い間ヒトと付き合っているので、それほど深刻な感染症はない。 ただし、老人、小児、基礎疾患のある人、免疫系が不十分な人は注意が必要である。
ペット動物由来の細菌感染症
ペット由来の感染症には、細菌感染症が多い。
イヌ・ネコの常在菌がヒトに病気を起こすものとして、サルモネラ、パスツレラ、カプノサイトファーガがある。
コリネバクテリウム・ウルセランス菌は、ジフテリア毒素に似た毒素を産生する。
ネコひっかき病の原因菌は、バルトネラ・ヘンゼレ。
オウム病の原因菌は、クラミジア・シッタシ。
ペット動物由来のウイルス感染症
深刻なウイルス感染症は少ない。
危険なものとしては、狂犬病、Bウイルス感染症(マカカ属サル類から)がある。
ペット動物由来の原虫感染症
トキソプラズマの終宿主はネコ。ヒトへの感染は、食肉、ネコの糞便を通じて起こる。日本人の 20~25% が感染している。 成人ではほとんど無症状だが、胎児が感染した場合は障害を起こす。
クロプトスポリジウムは、小児に感染すると重症になる。
ペット動物由来の真菌感染症
クリプトコッカスは、鳥類由来。
ヒストプラズマは、これまでは海外にしかなかったが、2000 年以降国内で見つかっている。
ペット動物由来の寄生虫感染症
イヌ糸状虫は、フィラリアの一種。約 70% は無症状だが、肺血管に塞栓を起こすことがある。
イヌ回虫、アライグマ回虫、キンカジュー回虫は、線虫。
エキノコックスは、食肉類の小腸に寄生する。ヒトの幼虫感染では、肝臓の外科的な切除が必要になる。
ウリザネ条虫は、イヌやネコに感染する。ヒトへは、ノミやシラミを通じて感染する。

第12回 世界は一つ、健康は一つ~国際的な感染症への対応

感染力と病原性
感染力の強さと病原性の強さと症状の激しさとは異なる。たとえば、上部気道で増える病原体は、感染力は強いが症状は軽いものが多い。 一方で、下部気道で増えるものは重症化しやすい一方で、病原体が外に出るには長い気道を通る必要があるので感染力は弱いことが多い。
感染臓器による致死率の違い
肺の病気は危ない。なぜなら、肺の機能が停止すると、酸素が運べなくなり、脳が機能を停止する。3分くらいで致命的である。 一方で、たとえば腎臓や肝臓の病気だともっと時間的な余裕がある。
病原性と統御
病原性が低いと、目立たずに感染が広がることがあり、統御が難しい。病原性が高い方が目立つので注意しやすい。
感染症制圧と社会
感染の拡大要因には社会的側面がある。政治的に不安定だったり、経済力が低かったり、教育レベルが低かったりすると、感染リスクが上がる。
国際協調
マンハッタン原則 (2004 年) 「世界は一つ、健康は一つ One World, One Health」
One Health = 人、家畜、野生動物の健康が密接に関連している。
One World = 世界の環境も含めた監視、管理。
「今日の脅威と明日の問題解決は、昨日までのアプローチでは実現できない。疑いもなく前に横たわる深刻な課題に挑戦するために、 我々は適応性のある、前を見据えた、学際的な解決法を考案する必要がある。」

第13回 日本は感染症にどう対応しているのか?~感染症法

感染症法
1999 年施行。1998 年、伝染病予防法とその関連法規を改正したもの。動物由来感染症が入るようになったのが重要なポイント。
日本は島国なので、大陸国家よりは感染症の侵入を阻止しやすいが、それでも航空機輸送の発達により難しくなってきている。
感染症法は、正式には「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
感染症法では、感染症法を類型化し、危機管理対応を決めている。1類から5類まである。5年ごとに見直される。
バイオテロとの関連
病原体が1種から4種までに分類され、それぞれ管理規定が決められている。これはバイオテロ対策である。
動物由来感染症
輸入動物のリスク評価が行われた。その結果、翼手目(コウモリ、ヤワゲネズミ科の動物、プレーリードッグ、ハクビシンなどが全面輸入禁止となった。野生動物の輸入が実質的に禁止されるものになった。