シャンパンの泡ができてから消えるまでの物理をメインに据えた短い科学読み物である。こういういわゆる寺田物理学的な優雅な物理学を楽しんで研究している物理学者がいるというのは、喜ばしいことである。といっても、著者は、シャンパーニュ地方のランス大学のエノロジー(ワイン醸造学)・応用化学研究所に勤めているようなので、実用研究でもあるわけだ。訳者は、あとがきでこの本のことを「奇書」と書いてあるけれど、内容はそんなに「奇」でもない。物理学者が、趣味と実益を兼ねてシャンパンの研究をしようと思ったら、こういうふうになるだろうなという内容である。「奇」であるとすれば、これを読む人がそれなりにいるということで、それなりに売れているとすれば、文化度が高いということで結構なことである。
火山学で、気泡の振る舞いの研究をしている学生からこの本の存在を教えてもらった。本は、あまり難しいことは書いていないし、写真も豊富なので、楽しくすぐに読める。
以下、書いてあった泡の物理の簡単なサマリーを箇条書きにしておく。
- シャンパンから二酸化炭素が抜けるルートは、液面からの直接放出と、泡の形成の2つがあって、前者が8割、後者が2割。
- 泡の核形成が起こるのは、主に、「ゴミ」である円筒状のセルロース繊維の空洞においてである。
- 二酸化炭素が減ってくると、臨界半径が大きくなって、最初に出来る泡が大きくなる。
- 泡の表面は主に有機物で出来た界面活性剤で覆われ、「堅く」なる。すると抵抗が増す。
- 界面活性剤は、上昇する途中で下流側に流されて下のほうに溜まる。さらに、気泡の膨張によって面密度が下がる。
- ビールとシャンパンを比べると、ビールの方が、より界面活性剤となる蛋白質や糖蛋白質が多く含まれ、ガスの量も少ないので、泡が「堅く」なりやすい。
- 界面活性剤のおかげで、ビールやシャンパンでは泡がまっすぐに昇りやすい。
- 2つの泡の相互作用で、牽引→キス→とんぼ返り、もしくは、牽引→キス→合体、という過程が起こる。
- 泡が表面で破れると、空洞の周囲から底に向かって液体が流れ込んで、ジェットを作り、それがやがて噴流滴に分かれて落ちてくる。このとき香りの成分が放出される。
- 表面の泡は連鎖的に割れて、「雪崩作用」が起こる。
- 時間が経つと液面に界面活性剤が溜まってきて、泡が割れにくくなる。ただし、ポテトチップスを食べたりして脂肪が液面についてしまうと、この効果が消えて泡が割れるようになる。
- 泡が表面を覆っていて三角格子を作っているときに、その中の一つの泡が割れると、周囲の泡が引きずられて花びらのような構造ができる。