宮本武蔵「五輪書」

著者宮本武蔵
編者魚住孝至
シリーズ角川ソフィア文庫 ビギナーズ 日本の思想
発行所角川学芸出版
電子書籍
刊行2013/01/15
電子書籍の元となった文庫2012/12/25
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読了2016/05/26

宮本武蔵 五輪書

著者魚住孝至
シリーズNHK 100分de名著 2016 年 5 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2016/05/01(発売:2016/04/25)
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読了2016/05/26

『五輪書』はもちろん名前は知っていたものの、読もうと思ったことがなかった。テレビ放送を機に読んでみることにした。読んでみると、それほど深みはないものの、いかにも実用的でもっともなことが書かれている。『葉隠』みたいに「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」なんていうことは言わない。死ぬなんて誰でも出来るのであって、武士はとにかく勝つことが大事だとする。とはいえ、私なら、そんなことを言っても勝つ人がいれば負ける人もいるんだよ、なんて醒めたことが言いたくもなるのだが、武蔵はそんなことはもちろん言わない。事実、武蔵は勝ち続けたので、強いのである。『五輪書』からはそのような自信が伝わってくる。

ともかく、敵を上手く倒すことが主眼である。現実的と言えば現実的だが、それはすなわち人殺しの方法なのであって、ひどい話ではある。しかし、そう言いながらも、ある種気持ちよく読めるのは、素直に格好をつけず兵法の鍛錬に没頭しているからだと思う。殺される方のことはあんまり眼中になくて、ひたすら自分が道理にかなった研ぎ澄まされた精神と剣の腕を身に着けることを目指していることがわかる。

角川ソフィア文庫版のメモ

原文よりいくつかの部分を引用しておく。

「序」より
兵法の利にまかせて諸芸諸能の道となせば、万事におゐて我に師匠なし。
「地の巻」より
一流の道、初心のものにおゐて、太刀・刀両手に持て、道を仕習う事、実(まこと)の所也。 一命を捨(すつ)る時は、道具を残さず役にたてたきもの也。道具を役にたてず腰に納めて死する事、本意に有べからず。
弓・鉄炮・鑓・長刀、皆是武家の道具なれば、いづれも兵法の道也。
又大きなる兵法にしては、善人(よきひと)を持事にかち、人数(にんじゅ)をつかふ事に勝ち、身をただしくおこなふ道にかち、国を治る事にかち、民をやしなふ事にかち、世の例法をおこなひかち、いづれの道においても、人にまけざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是兵法の道也。
「火の巻」より
敵の拍子ちがひ、すさりめになる時、少もいきをくれず、目を見合ざるようになし、真直にひしぎつくる事、肝要也。少もおきたてさせぬ所、第一也。
「空の巻」より
兵法を広くおこなひ、ただしく明らかに、大きなる所をおもひとつて、空を道とし、道を空と見る所也。

放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 兵法の道はすべてに通じる

「序」「地の巻」

宮本武蔵の生い立ち
1582 年播磨生まれ。13 歳から 20 代終わりまでに 60 回余りの勝負にすべて勝ってきた。
大阪夏の陣では、徳川方の騎馬武者として参加。その後は、いくつかの大名の客分として過ごす。
62 歳の時、洞窟にこもって『五輪書』を執筆、書き終わってからほどなく死去。
巷に流布している巌流島の決闘の話などにはフィクションが多く混ざっている。
『五輪書』の構成
地の巻=自らの来歴と武士道のあらまし
水の巻=兵法の核としての剣術の鍛錬法
火の巻=一人の剣術の理論が、多くの人が参加する合戦に応用できることについて
風の巻=他の流派の誤りについて
空の巻=鍛錬を重ね、道理を体得すれば、自由な境地が開かれる
地の巻=兵法について
兵法こそが武士の道。農民には農の道、商人には商の道、職人には工の道がある。
武士の道とは、戦いに勝つこと。刀に秀でているだけではいけない。どんな武器でも使えないといけない。
二刀を使うというのは、使えるものはすべて使うということ。そもそも刀を両手でもてない場面も多いから、刀は片手で使えるように練習しておかないといけない。
大将と一兵卒では役割が異なる。これを大工にたとえる。大将は棟梁、兵卒は平大工。棟梁は、適材適所で人を使う。
道をきわめるための9箇条
(1) 邪なことを考えず(ずるいことなどを考えず) (2) 鍛錬すること
(3) 諸芸と (4) 諸職業を知ること
(5) ものごとの損得や (6) 真価を見抜くこと
(7) 目に見えないことや (8) わずかなことにも気をつけること
(9) 役に立たないことをやらないこと

第2回 自己を磨く鍛錬の道

「水の巻」

水の巻=剣術の鍛錬法
水のように自在に対応する、というのが「水の巻」というタイトルの意味するところ。
本を読んだだけではわからない。実践が重要。自分で工夫し、我がものとせよ。
剣術の技の基礎
心は静かに、しかしいつでも柔軟に動けるようにする。
姿勢は、常日頃からまっすぐに。
観の目(=状況全体をきちんと見る)を強く、見の目(=相手を目で追う)を弱く。すなわち、周囲全体に目を配ること。
太刀遣いの原理と稽古法
構え方は5つ。中段、上段、下段、左脇、右脇。
太刀は、無理なくスムーズに振ること。
有構無構=始めから構えを決めてはいけないし、5つの構えの中間的なものも状況次第で取るべきだから、決まった構えは無いと言える。しかし、太刀をどこに置くかが構えなのだから、その時々に応じて構えはある。
敵と打ち合う実戦的な心得
相手のリズムの逆を取る。
場合によっては、刀を使わずに体当たりすることもある。
まとめ
毎日少しずつ鍛錬せよ。「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす。」

第3回 状況を見きわめ、活路を開け!

「火の巻」

1~4条 (A) 、5~20条 (B)、21~27条 (C) の三つにだいたい分かれる。

(A-1) 敵に比べてよい場所を占めるようにすること。
場の勝ち;相手を難所に追い込む。
魚つなぎ(水の巻);相手が一方向からしか来られないようにする。
吉岡一門との決闘
3回戦って、3回とも勝った。とくに3回目は、大勢と闘った。
これが「場の勝ち」の応用例であろう。
おそらく、一乗寺下り松では、近くの森におびきよせて戦った。
(A-2) 敵を出し抜く
三つの先(せん);敵のかかり方に応じてかかり方を変える。
枕のおさへ;敵が何かをしようとしているのを見抜いて、先手を打ち、相手に何もさせない。
渡(と)を越す;分岐点となる重要なポイントを速く越える。
(B) 剣術の戦い方~敵との関係で主導権を握る方法
景気を知る;敵の人柄や弱点や調子などを分析し、弱い部分を突く。
敵になる;敵になったつもりで考える。
剣を踏む;相手の太刀を抑え付けて打てないようにする。
陰を動かす;ちょっと動いて相手の様子を見る。
影をおさえる;相手がやろうとしていることが見えたら、それに対応すれば相手が手を出せなくなる。
ひしぐ;敵を押し潰して立ち直らせない。
巌流島の決闘~しっかり敵の研究をする
時間に遅れたとか、船の櫂を削ったとかいうようなことは創作。
一番信頼できる情報は、小倉に宮本伊織が作った碑。
小次郎は三尺の刀(普通より長い)を用い、武蔵はさらに長い木刀(長い刀は木製でないと作れなかった)を持って行って勝った。つまり、きちんと準備して、一撃で仕留めた。
(C) 心理戦
鼠頭牛首(そとうごしゅ);細やかさと大胆さの組み合わせ。
さんかい(山海、三回)の替り;2度やって通じなかったら、3回目は戦法を替える。
底を抜く;心理的に、相手を完全に打ち負かす。相手に少しでも負けていないと思わせてはいけない。

第4回 己が道に徹して、自在に生きよ!

「風の巻」「空の巻」

風の巻=他流批判
太刀の長さにこだわってはいけない。強さや速さにこだわってもいけない。
構えや型にこだわってはいけない。特殊な足遣いや目のつけ方もいけない。ともかく、囚われていはいけない。
極意や秘伝などというものはない。実戦において隠すとか顕すとかいった区別などあるわけがない。
教え方としては、人に応じて早くできる理から先に覚えさせる。正しい道を教えて、悪い癖を捨てさせる。
空の巻=武士としての生き方
空とは、知ることができないこと。「ある所」を知って「なき所」を知る。すなわち、具体的な鍛錬方法を知ることで、知らない世界に至ることができる。
迷いの先に晴れがある。そこが空である。
自分では正しい道だと思っていても、歪があるかもしれない。それを正してゆくことで、空=道となる。
道理を会得すれば、道理にとらわれず自然に正しい道がわかる。(「地の巻」)
武蔵の最期
1645 年、『五輪書』を書き上げて一週間後に武蔵は死ぬ。武蔵は自分の死期を悟っていた。
『五輪書』の読み方
職人の世界を貫き徹底することで、自在な境地が開かれる。