『ペスト』は、この「100分de名著」の解説を聞いただけで傑作らしいとわかった。そのうち読んでみたいと思った。講師の中条氏はこれを今翻訳作業中らしいので、それが出るのを待とうと思う。ネット情報によると、今出回っている新潮文庫の古い訳は読みにくいらしい。
『ペスト』は、群像劇という手法をとることで、多角的にこの世界の不条理に向き合うという小説ならではの深い思考に満ち溢れているようだ。小説が時として哲学書よりも物事の本質を見せてくれることがあるのは、複数の登場人物に多様な思想を語らせることができるためだ。そして、疫病という暗い設定の中で、主人公ともいえるリウーとタルーの考えは明るいヒューマニズムに照らされている。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 不条理の哲学
- カミュの生い立ち
- 1913年、フランス領アルジェリアのモンドヴィで生まれる。
- 父親がその翌年戦死し、アルジェの母方の祖母の家で暮らすことになる。貧しい子供時代を送る。
- リセの教授の影響で文学を志す。在学中に最初の結婚をするが、2年後離婚。
- 第2次世界大戦中、『カリギュラ』、『異邦人』、『シーシュポスの神話』を完成させる。
- 1960 年、自動車事故で 46 才の若さで亡くなる。
- 『ペスト』基本情報
- 1947年刊行。
- ペストという不条理との闘いを描く。
物語の進行と解説
物語の進行 | 解説 |
- ある日、医師ベルナール・リウーはネズミの死骸を目にする。
- その後、ネズミや人の死が相次ぐ。
|
- 舞台となっている都市オランは、アルジェリアの商業都市である。拝金主義が蔓延していた。
- 植民地は経済的利益のために他国による支配が行われている土地だから、植民地の都市が経済最優先になるのは当然。
|
- 老医師カステルとリウーは、病気がペストであることに気付く。
- 人々は、最初はペストの流行を認めようとしない。
- 植民地総督府からの命令によって、街は封鎖され、孤立した。
- かくして、ペストは「追放状態」をもたらした。
- 市民は追放に気付かず、とりあえずお祭り状態になる。人々は危機から目を背ける。
|
- 事なかれ主義の蔓延。
- カミュは「人間はもともと追放状態にある」と考えていた。ペストによってこれがむき出しにされた。
- 人間は悲惨な死にも「慣れて」しまう。
|
- 新聞記者ランベールはフランス本国に帰れなくなってしまう。
- ランベールは、リウーに自分がペストにかかっていないと証明してくれと頼むが、リウーは断る。
- 怒ったランベールは、医師のリウーに対して「あなたは抽象の世界にいるのだ」と言う。
- 抽象と戦うためには、多少抽象に似なければならない。
|
- 「抽象」=理念、非現実的な災厄
- 非現実的な災厄に対処するためには、理念という非現実的なもので対抗するしかない。
- ペスト=世界の否定性、自分の人生に疑念を生じさせるもの
|
第2回 神なき世界で生きる
物語の進行 | 解説 |
- オランは閉鎖され、やることのない人々はカフェで酔っ払う。
- パヌルー神父は教会で説教をする。ペストは神の罰だと言う。悪しき人は震えおののくべし、と。
- 旅行者のタルーは、リウーに保健隊を結成することを申し出る。
- タルーはリウーに神を信じているかと問う。リウーは、信じていないと答える。
- リウーは「明るく見極めようと」努めている。タルーは、理解することが行動様式(モラル)だという。
- 悪は、ほとんどつねに無知に由来する。洞察力が無ければ、善も愛もない。
|
- リウーとタルーは人間の責任を棚上げにしない。
- リウーは、果てしなき敗北に抗う。人間の人生は、敗北の連続。しかし、それにあらがう。
- 『ペスト』は、アンチ・ヒロイズムの小説。
|
- タルーは保健隊を結成する。
- 下級役人のグランも事務を引き受ける。
- ランベールはオランを脱出しようとするが失敗。
- ランベールはかつてスペイン内戦に従軍していた。「僕は、観念のために死ぬ連中にはもううんざりなんです。」
- リウーは言う。「ペストと戦う唯一の方法は、誠実さです。それは、自分の仕事を果たすことだと思っています。」
- ランベールも保険隊の一員となることを決意する。
|
- グランは自分のできることをやることで、保健隊の要になる。凡庸な人間が誠実に仕事をすることで、役に立つ。
- 密売人のコタールも断罪されていない。
- ランベールは、スペイン戦争で抽象や理念に対する嫌悪感が身に付いていた。
|
- 8月にペストは頂点に達する。火葬の煙が常に立ち上っていた。
- 人々は絶望に慣れていった。リウーは考える。絶望に慣れることは絶望そのものより悪いのだ、と。
|
|
第3回 それぞれの闘い
物語の進行 | 解説 |
- 9月、ペストは停滞状態になる。
- 密売人のコタールは、ペストのおかげで逮捕を免れ、自由を謳歌していた。
- ランベールは、オランから出て行く機会を得たが、留まることを決意する。
|
- コタールのようにペストで得をする人もいる。
- ランベールの決意=連帯の可能性
|
- 予審判事オトン氏の息子の壮絶な闘病と死。少年は苦しんで悲鳴とともに亡くなる。
|
- キリスト教は、人間については悲観論者でありながら人間の運命については楽観論者。
一方、カミュは、人間については楽観論者でありながら人間の運命については悲観論者。
- リウー「まず何よりも健やかな体ですよ」=現実第一
|
- パヌルーの説教。神を信じるために、神による試練であるペストに罹っても、医師の治療を受けない、と述べる。
- 数日後、パヌルーは体調を崩し、治療を拒んだまま死ぬ。
- タルー「誰でも自分のうちにペストを持っている。」
- タルー「僕はあらゆる場合に犠牲者の側に立つことに決めたのだ。」
|
- パヌルーの治療拒否=病気は神の意思と考え、神の意思を肯定。
- タルーは、徹底した死刑廃止論者。人を殺すこと=ペスト。
- タルーは、世の中で人が殺されるシステムの内にいることに苦しんでいる。
- タルーは、自分の内にある悪を見つめる。
|
第4回 われ反抗す、ゆえにわれら在り
内田樹をゲストに迎える。内田の『ためらいの倫理学』はカミュ論。
内田「カミュは、ペストを題材にしているが、内容としてはナチスドイツに対するレジスタンスと対独協力派のことを書いている。」
ためらい~タルーとリウー
タルー「確かなことは、僕がためらっていたということだ。」
内田「グレーゾーンにおける判断は、身体感覚。」
タルー「僕は人を殺すことを断念した瞬間から決定的な追放に処せられた。歴史を作るのはほかの人々だ。」
中条「歴史は、個々の死を問題にしない。」
内田「カミュは、レジスタンスで活動していたが、対独協力派の助命嘆願もする。これはタルーのためらい。」
リウー「僕は、聖者より敗北者の方に連帯を感じる。ヒロイズムや聖者の美徳を求める気持ちはないみたいだ。私が心を引かれるのは、人間であるということなんだよ。」
物語の進行と解説
物語の進行 | 解説 |
- リウーとタルーは、月明かりの下で一緒に海水浴をする。
|
- 内田「カミュは、共感の身体感覚を描くのがうまい。」
|
- 疫病が収束しようとしていた時、タルーがペストに感染する。
- リウーは看病するが、タルーは死ぬ。最期の言葉「ありがとう、いまこそすべてはよい。」
- ペストと生命の勝負で、人間が勝ちえたものは、認識と記憶だった。
- オランの街は開放される。
|
- 内田「この小説は、同胞への祝福と感謝の言葉。簡単に事の良し悪しを語るな。」
|
- 小説の最後では、将来における災厄の繰り返しが暗示される。
|
|
カミュのその後
- 『反抗的人間』1951 年
- われ反抗す、ゆえにわれら在り
- 反抗による「連帯」
- アルジェリア独立戦争
- カミュは沈黙する。血が流れることに心を痛めていたものと思われる。
- 1960 年、自動車事故で死ぬ。