A History of Vector Analysis The Evolution of the Idea of a Vectorial System

著者Michael J. Crowe
発行所Dover Publlications, Inc., New York
刊行1985
初単行本刊行1967, University of Notre Dame Press
入手Amazon Kindle Unlimited で借りた
読了2018/04/06

ベクトル解析の数学史の本。大学院講義「ベクトルとテンソル」用に2年かけて読んでみた。 講義担当の1ヶ月くらい前からざっと読むというのを2回やって、ようやく読み終わった。 といいながら、講義の担当は1回分なので、講義ではとても歴史までは行かず、配布する 講義ノート を無駄に増やすだけに使われている。 なお、講義ノートでは 2017 年度版と 2018 年度版に含まれているがこの本の最後の部分まで行っておらず、 2019 度版以降にこの本のサマリーの完成版が載る予定である。

これまでベクトル解析の歴史を学んだことがなかったので、初めて知ったことばかりだった。現代的なベクトル解析を ギブスとヘビサイドが始めたことも知らなかったし、さらにその源がハミルトンの四元数だということも知らなかった。 ベクトル解析が 19 世紀終わりにできた比較的新しい数学であるということも知らなかった。 というわけでたいへん勉強にはなったわけである。

使われている英語はちょっと難しいところがあり、とくに昔の文献の引用部分は、古風だったり気取ったりしているので よく意味がつかめないところもあった。そのへんはあまり気にせず、できるだけさっさと読んだ。 意味がわからないところも、ネット検索をするとわかるものがある。 そのような分かりづらいけれどもネット検索でわかる例を以下に2箇所挙げる。これらは、 四元数の信奉者であるテイトが、それを批判しているケイリーに対する反論をしている文章からの引用の一部である。

(1) テイトの反論の一節である (p.213)。

They artfully conceal their humble origin, by an admirable species of packing or folding: -- but, to be of any use,
doubly dying, must go down
To the vile dust from which they sprung
まず、この部分の前のところで、ケイリーが、四元数をポケット地図に喩えて、どうせ広げなければ使えないと揶揄しているという紹介がある。これは、四元数を実際使うときには座標成分に分解しないと使えないのだから、四元数は記法の簡略化に過ぎないという攻撃である。 上の一節は、そのケイリーの言い分をテイトが紹介している部分の一部である。この they は四元数 (quaternions) を受けていて、 四元数は、卑しい起源(座標成分のこと)を畳み隠しているが、実際に使うには、出自の卑しい塵まで戻らないといかん、 というわけである。で、ネット検索が役に立つのは、doubly dying 以下が何かの引用らしいが、 それが何かということである。検索してみると、ウォルター・スコットの詩 Patriotism の中の Innominatus という部分の一節を少し改変したものだということがわかる。元の詩の一節は
doubly dying, shall go down
To the vile dust from whence he sprung
である。というわけで昔の科学者は、こんな風に気取って書いていたのだということがわかるわけだが、ネット検索ができなかったら英文学を良く知らない私にはチンプンカンプンだっただろう。

(2) さらにその後で、テイトが、ハミルトンは座標成分を使わなければもっとスマートだったのにと言っている一節がある (p.214) 。

Had he then renounced, for ever, all dealings with i,j,k, his triumph would have been complete. He spared Agag, and the best of the sheep, and did not utterly destroy them!
ここで、he はハミルトンのことである。だから第一文は、ハミルトンが i,j,k のような座標を使わなければ、 完全勝利といえただろう、という意味である。問題は次の第二文だが、ここの Agag は辞書に載っていないので一体何だろうかとネット検索してみると、これは旧約聖書サムエル記の中の話を元にしていることがわかる。 サムエルがサウルにアマレクを撃ち、人も動物もすべて滅ぼしつくすように命じる。しかし、サウルは、アマレクの王アガグを許し、良い羊と牛を残した。それでサムエルが怒ったという話である。ユダヤの神様や預言者は皆殺しを命じるなんて残酷だよなあという話は措いておくとして、これはその話の引用だということがわかる。 ここも引用によるレトリックである。本当は殺しておかないといけない座標を生き残らせてしまったのはかえすがえすも残念、ということになる。

そんなわけもあって、英語が難しいところもある本だったが(引用部分が難しいのはしょうがないといえばしょうがない)、 一通り読んで、ベクトル解析の出自がわかった。