細胞が自分を食べる オートファジーの謎

著者水島 昇
シリーズPHP サイエンスワールド新書 051
発行所PHP 研究所
電子書籍
電子書籍刊行2012/04/23
電子書籍底本刊行2011/12/02(第1版第1刷)
入手Amazon Kindle Unlimited で借りた
読了2018/12/10

ノーベル賞受賞者の大隅先生の講演会 (2018/09/29 @九大椎木講堂)を聴く記念に読んでみた。 といっても、最近忙しくて、他の仕事に紛れて何度か読むのを中断したため、読了に数ヶ月かかってしまった。 読みにくかったわけではない。むしろ、わかりやすい本であった。

オートファジーが生体内で多くの機能を果たしていることを知ることができ、だからこそノーベル賞の対象になったのだということが よくわかった。

サマリー

第1章 オートファジー、細胞内の大規模分解系

体の中で蛋白質はリサイクルされている。その中で、蛋白質の分解をしているのが autophagy のはたらきである。 蛋白質は入れ替える必要がある。その理由は (1) 新鮮さを保つため (2) 栄養を獲得するため (3) 変化するため、の3つである。 (1) は、細胞内に溜まったゴミを処理するということである。(2) は、飢餓対応である。(3) は、分化過程の一部である。

オートファジーを担うのは、リソソームという細胞小器官である。 リソソーム内部は酸性に保たれており、ここに運ばれてきたものは何でも分解される。

リソソーム内部に物質を運ぶやり方は以下のように分類される。

以下では、主に最もよくわかっている「マクロオートファジー」について解説する。

リソソーム以外にも細胞内には分解装置がある。その代表的なものには、ユビキチンという標識が付いた蛋白質だけを特異的に分解するプロテアソームがある。

第2章 酵母でブレークしたオートファジー研究

オートファジーではモデル生物として出芽酵母が用いられた。全ゲノム配列がわかっている。 一倍体でも生育するので、遺伝子の異常の発現がとらえやすい。二倍体にもなるので遺伝学的な研究ができる。

大隅良典博士は、出芽酵母の液胞の研究を行った。液胞はリソソームと似ているが、リソソームよりはるかに大きい。 主要な分解酵素を欠損した酵母を飢餓状態にすると、液胞の中で顆粒状のものが激しく動いていることに気付いた。 顆粒状のものは細胞質の成分を含んだものであり、オートファジックボディーと名づけられた。 これは、オートファゴゾームが液胞と融合して放出されたものである。通常はこれは速やかに分解されるが、 分解酵素を欠損した酵母では分解されずに見えたわけである。

大隅博士は、突然変異を誘起した酵母からオートファジーができなくなったものを選び出し、これをapg1変異体と名づけた。 apg1変異体は飢餓状態に非常に弱かった。オートファジーができないと、蛋白質を補充できない。 さらに、apg1/apg1の二倍体は、飢餓状態では胞子を作ることが出来ない。オートファジーは細胞分化でも重要な役割を果たしていることが推察される。

apg1変異体の異常を引き起こしている遺伝子はAPG1と名づけられた。それがコードしている蛋白質はApg1と呼ばれ、 リン酸化酵素であった。さらに、大隅博士と塚田美樹氏は、14 種類のオートファジー不能変異体を同定した。 2003 年に、関連する遺伝子の名称は、ATGで国際的に統一され、現在までに、関連する遺伝子はATG35までが登録されている。 酵母との類似性から哺乳類のオートファジー遺伝子が同定され、以後研究が加速度的に進んだ。

第3章 自分を食べて飢餓に耐える

飢餓によってオートファジーが活性化されることは、酵母だけでなくマウスでも確かめられた。 GFP (Green Fluorescent Protein) を使うとオートファゴゾソームを緑色に光らせることができて、その観察からも マウスでは飢餓状態でオートファジーが活性化されていることがわかった。 飢餓状態では、オートファジーは数多くの臓器で活性化されるが、脳と神経細胞でだけは活性化されない。 飢餓状態では、体中が脳に栄養を貢いでいるようなものである。

新生仔マウスでもオートファジーが活性化されている。赤ちゃんマウスは、母親から胎盤を通じた栄養を断たれて、 一時的に飢餓状態になるからである。オートファジーを起こせないノックアウトマウスは生まれてくるものの、生後 12 時間で死んでしまう。 アミノ酸が足りなくなるからである。人間の赤ちゃんの場合にどのくらいオートファジーが重要かはまだわかっていない。

オートファジーで作られるアミノ酸の使い道は3つある。一つ目は、蛋白質の合成材料、二つ目は、エネルギー源、 三つ目は、グルコースへの変換である。これらの相対的な重要度はまだわかっていない。

第4章 細胞の性質を変えるためのオートファジー、発生と分化

受精卵ではオートファジーが起こっている。マウスにおいて、GFP でオートファゴソームを光らせると受精卵が光る。 しかし、それではなぜオートファジーをノックアウトしたマウスがそもそも生まれてくることができるのだろうか (前章の説明では、ノックアウトしたマウスは生まれては来るが新生仔の段階で死ぬのであった)? 調べてみると、細胞質に母親由来の mRNA と蛋白質があってそのために受精後しばらくはオートファジーを起こせるからであった。 卵母細胞の段階でオートファジーをノックアウトすると、全く子供が生まれてこないことがわかった。 やはり、受精直後のオートファジーは基本的に大事なようである。どのように大切かは完全には解明されていないが、 オートファジーで分解されたアミノ酸が着床までの間の栄養源として必要だと考えている。

赤血球ができるときには、前駆細胞から核やミトコンドリアなどが消失する。 このうちミトコンドリアの分解にオートファジーが関与している可能性がある。

昆虫の変態の際に起こる細胞死でもオートファジーが一定の役割を果たしているようである。

第5章 細胞内を浄化するオートファジー

神経細胞などの細胞は寿命は長い。それでも、それらの細胞内のゴミ処理は必要である。 それを担っているのはユビキチン・プロテアソーム系だと考えられてきた。 最近ではオートファジーも重要だということがわかってきた。 マウスの神経系でオートファジーを欠損させると、運動機能に異常が出てくるし、神経細胞にゴミが溜まってくる。 オートファジーとユビキチン・プロテアソーム系の間に何らかの連携関係がありそうだということもわかってきている。

オートファジーには抗腫瘍効果があることがわかってきた。 オートファジーがなくなると腫瘍ができる原因ははっきりとはわかっていないが、一つの可能性としては、 異常なミトコンドリアが増えて活性酸素が増えることかもしれない。

第6章 相手をねらいうちする「選択的オートファジー」

オートファゴソームは基本的には手当たり次第に周りのものを食べるのだが、一部は選択的なようである。 酵母の場合は Atg8、哺乳類では LC3 分子が目印分子になる。LC3 にくっつきやすい分子が、オートファゴソームに選択的に取り込まれる。 LC3 に選択的にくっつく蛋白質の代表は p62 である。p62 が過剰に蓄積すると、抗酸化蛋白質が作られすぎて体に悪い。 オートファジーは p62 の量を適切に調節している。 そのほか、p62 はユビキチンと結合できるので、細胞内のゴミ処理にも関係するかもしれないが、はっきりわかっていない。

不良ミトコンドリアをオートファジーが選択的に処理しているらしい。オートファジーが不良ミトコンドリアを見つけるメカニズムには まだ不明な点があるが、パーキンという酵素が不良ミトコンドリアにユビキチンをくっつけてそれをオートファゴソームが認識しているのかもしれない。 パーキンに異常があると、パーキンソン病を発症する。

赤血球が成熟する過程で、細胞小器官が分解される。そのうちのミトコンドリア分解の一部に関係しているようではあるが、 オートファジーを起こせない赤血球でも、ミトコンドリアが分解されるという事実もあり、未知の分解方法があるのかもしれない。

第7章 免疫系でも活躍するオートファジー

免疫には自然免疫と獲得免疫がある。その両方にオートファジーが関与していることがわかってきた。

自然免疫の一つのマクロファージでは、ファゴサイトーシスという過程で病原体を分解する。 しかし、病原体によっては、リソソームに運ばれる前に脱出したり、ファゴソーム膜を傷つけたり、ファゴソームの成熟を阻害したりして、 リソソームに運ばれるのに抵抗する。こうした細菌をオートファゴソームが食べる。 ところが、さらにその上を行く細菌もいて、赤痢菌やリステリア菌は、オートファジーに対する抵抗策を持っている。

獲得免疫においては、T 細胞には、MHC 分子と抗原ペプチドの組み合わせが提示される。 MHC 分子にはクラス I とクラス II の2種類があり、基本的には細胞内抗原はクラス I、細胞外抗原はクラス II と組み合わされる。 クラス I は主にキラー T 細胞が利用し、クラス II は主にヘルパー T 細胞が利用する。 しかし、実際には、クラス II 分子と組み合わされるペプチドの一部は細胞内に由来している。 これにオートファジーが関与している。オートファゴソームは MHC クラス II に細胞内抗原を送り込むことができる。

免疫は自己蛋白質に反応しないように教育される。これを「免疫寛容」と呼ぶ。 その教育の際に自己抗原を提示するところにオートファジーが関わっているようである。

第8章 オートファジーの研究最前線

オートファゴソームがどのようにして作られるのか、よくわかっていない点が多い。 小胞体が深く関与していることは確実そうである。ゴルジ体も関与しているかもしれない。 飢餓による活性の高まりには、インスリンとアミノ酸が関与しているらしい。どちらもオートファジーを抑制する。 アミノ酸とインスリンが検知されると TOR (哺乳類では mTOR) という分子がはたらく。栄養がたくさんあると、TOR が活性化されて、 タンパク質合成が促進され、オートファジーが抑制される。飢餓時には TOR が不活性化されて、オートファジーが誘導される。 ただし、TOR 以外にもオートファジーを調節する経路があるかもしれない。なお、細胞がアミノ酸を検知するメカニズムはわかっていない。

オートファジーと病気の関係はよくわかっていない。第6章で述べたように、パーキンソン病とは関係が深そうである。 炎症性腸疾患であるクローン病と関係している可能性も報告されている。

オートファジーは癌の発生を抑制する一方で、癌細胞の増殖を助けているかもしれない。 そこで、癌治療にオートファジー阻害剤が試されている。一方、ポリグルタミン病という神経疾患には、 ハンチンチン蛋白質の凝集を防ぐためにオートファジーを活性化する薬が試されている。

カロリー制限をしてオートファジーを誘導すると寿命が延びるという話もある。

オートファジーを人間で調べるのは難しい。今のところ電子顕微鏡以外に有効な方法がない。さらに、日内変動が大きく、 平均がよくわからない。