国宝

著者吉田 修一
連載朝日新聞 2017/01/01-2018/05/29
読了2018/06/03
参考 web pages 以下のブログにかなり詳しいサマリーや感想がある。

ヤクザの家に生まれた喜久雄が、歌舞伎の女形の頂点に立つまでの物語である。 波乱万丈といえば波乱万丈なのだが、私は少し物足りなさを感じた。 それは、喜久雄が役者として成長し上達し達人になってゆくまでの過程が、 喜久雄の内面から見てどうだったのかがあまりよくわからないことである。 喜久雄が役者としては最初は未熟だったのが、いつのまにか急に達人になってしまった印象がある。 そこにどのような内面の変化が伴っていたのかがわからない。 そのことと関係しているように思うのは、連載後に新聞に載った著者のコラムに、 喜久雄の人生は幸せだったのかどうかわからないと書かれていることである。 小説には喜久雄の周辺で起こる事件はいろいろ書かれているし、喜久雄が最後には 誰も及ばないような役者になったこともわかるのだが、では彼の内面はどうだったのかが それほど描かれていないのである。著者自身、喜久雄が幸せだったのかわからないわけだし、 それ以前に役者としての喜久雄の心の成長がよくわからないのだ。だから、幸せだったかどうか 考える材料も少ないのだ。そこが物足りなさを感じるところである。 もちろんこういう人生が幸せかどうかなんて、どう描いたところで結論は出ないだろう。 喜久雄自身も自分が幸せかなどとは考えないだろうし、そんなことを考えないのが藝の達人というものだと思う。 しかし、喜久雄の役者としての心情に寄り添えるだけの材料がもっと欲しかった。