無実はさいなむ

著者Agatha Christie
訳者小笠原 豊樹
シリーズクリスティー文庫 92
発行所早川書房
刊行2004/07/15、刷:2019/01/15(4刷)
原題Ordeal by Innocence
原出版社Collins Crime Club
原著刊行1958
入手福岡天神のジュンク堂書店福岡店で購入
読了2019/06/25

BBC でテレビドラマ化されたものが NHK BS で放送されたのを機に読んでみた。テレビドラマを観るより先に読み終わってしまった。 推理小説とはいっても、推理は最後になってやや唐突に出てくるだけで、大半はどろどろした心理劇である。 血のつながりの無い家族がお互いを疑いあってギスギスした関係が続くという暗いサスペンスになっている。 その間ほとんど手がかりは増えず、解決の道筋は最後にならないとわからない。家族の不安感とお互いの探りあいが むしろこの小説の主題である。解決は最後の最後になって劇的に訪れる。

話の大筋は以下のとおり。資産家の Rachel Argyle が殺害され、養子の Jack が犯人とされた。 ところが数年後、Jack のアリバイを証言する Arthur Calgary が現れ、事件が再び動き出す。 Argyle 家には、Leo と Rachel の夫妻、養子の Mary、Mickey、Hester、Tina の4人、秘書の Gwenda Vaughn、 家政婦の Kristen Lindstrom、Mary の夫の Philip Durant がいる。 Argyle 家の人々は互いに疑心暗鬼になり、暗い雰囲気に包まれる。最後に真犯人がわかる。

こんなものをテレビドラマ化するのも難しいだろうと思いつつテレビドラマを見た。 すると、以下に記すように、ドラマは原作の枠組みを使った別の話になっていた。

BBC テレビドラマについて

このテレビドラマ(2018 年、Sarah Phelps 脚本)は、原作とは違う部分がかなりある。犯人と結末までも原作と異なる。 原作から大きな枠組みだけを借りた新作のようなものである。かなり暗い脚色になっており、サスペンス感が強い。 全体的には、登場人物すべてが、ある種の悪党だったり、過去に闇を抱えているという脚色がなされていた。 全3話の2話目までは、すべての登場人物が怪しい感じに描かれている。 第3話が過去の回想になっていて、事件の日に何が起こったのかが解き明かされる。原作にないいろいろな話が盛り込まれている。 もともと原作が推理を積み重ねてゆく物語ではないので、犯人は誰でも良かったといえば誰でも良かった。 そう思うと、原作と違う犯人でも全くおかしくない。といっても、途中もだいぶん変えてあった。

以下、ネタバレ:

原作との大きな違いは、何より犯人である。原作では、最初犯人とされた Jack が、自分は直接手を下さず、 真犯人である家政婦の Kirsten Lindstrom を唆して Rachel を殺させたということになっている。 これに対して、ドラマでは、悪人は第1に館の主人の Leo Argyle、第2にその妻の Rachel Argyle(第1の被害者)になっている。 この変更は、ひとつにはクリスティによく見られる身分差別的な空気を是正したものだと見られる。 原作では Jack も Kirsten も下層階級の子供を拾ってきたものだから、育てても愚かであることには変わらなかったという 感じの話になっている。これに対して、ドラマのほうでは、拾われてきた子供たちのほうが正義で、 元から上層階級の Leo は自分勝手で冷酷な悪人だったことがわかり、Rachel も抑圧的な母親であったことになっている。

なお、家族の苗字は原作では Argyle と綴り、ドラマでは Argyll と綴る。ここでは原作にしたがって、 統一的に Argyle と綴ることにする。

以下、原作とドラマの人物像の違いで主なもの:

ドラマに関して解説してあるページ: