BBC でテレビドラマ化されたものが NHK BS で放送されたのを機に読んでみた。テレビドラマを観るより先に読み終わってしまった。
推理小説とはいっても、推理は最後になってやや唐突に出てくるだけで、大半はどろどろした心理劇である。
血のつながりの無い家族がお互いを疑いあってギスギスした関係が続くという暗いサスペンスになっている。
その間ほとんど手がかりは増えず、解決の道筋は最後にならないとわからない。家族の不安感とお互いの探りあいが
むしろこの小説の主題である。解決は最後の最後になって劇的に訪れる。
話の大筋は以下のとおり。資産家の Rachel Argyle が殺害され、養子の Jack が犯人とされた。
ところが数年後、Jack のアリバイを証言する Arthur Calgary が現れ、事件が再び動き出す。
Argyle 家には、Leo と Rachel の夫妻、養子の Mary、Mickey、Hester、Tina の4人、秘書の Gwenda Vaughn、
家政婦の Kristen Lindstrom、Mary の夫の Philip Durant がいる。
Argyle 家の人々は互いに疑心暗鬼になり、暗い雰囲気に包まれる。最後に真犯人がわかる。
こんなものをテレビドラマ化するのも難しいだろうと思いつつテレビドラマを見た。
すると、以下に記すように、ドラマは原作の枠組みを使った別の話になっていた。
BBC テレビドラマについて
このテレビドラマ(2018 年、Sarah Phelps 脚本)は、原作とは違う部分がかなりある。犯人と結末までも原作と異なる。
原作から大きな枠組みだけを借りた新作のようなものである。かなり暗い脚色になっており、サスペンス感が強い。
全体的には、登場人物すべてが、ある種の悪党だったり、過去に闇を抱えているという脚色がなされていた。
全3話の2話目までは、すべての登場人物が怪しい感じに描かれている。
第3話が過去の回想になっていて、事件の日に何が起こったのかが解き明かされる。原作にないいろいろな話が盛り込まれている。
もともと原作が推理を積み重ねてゆく物語ではないので、犯人は誰でも良かったといえば誰でも良かった。
そう思うと、原作と違う犯人でも全くおかしくない。といっても、途中もだいぶん変えてあった。
以下、ネタバレ:
原作との大きな違いは、何より犯人である。原作では、最初犯人とされた Jack が、自分は直接手を下さず、
真犯人である家政婦の Kirsten Lindstrom を唆して Rachel を殺させたということになっている。
これに対して、ドラマでは、悪人は第1に館の主人の Leo Argyle、第2にその妻の Rachel Argyle(第1の被害者)になっている。
この変更は、ひとつにはクリスティによく見られる身分差別的な空気を是正したものだと見られる。
原作では Jack も Kirsten も下層階級の子供を拾ってきたものだから、育てても愚かであることには変わらなかったという
感じの話になっている。これに対して、ドラマのほうでは、拾われてきた子供たちのほうが正義で、
元から上層階級の Leo は自分勝手で冷酷な悪人だったことがわかり、Rachel も抑圧的な母親であったことになっている。
なお、家族の苗字は原作では Argyle と綴り、ドラマでは Argyll と綴る。ここでは原作にしたがって、
統一的に Argyle と綴ることにする。
以下、原作とドラマの人物像の違いで主なもの:
- 警察署長の Bellamy Gould なる人物が創作されている。Leo とぐるで Jack を犯人に仕立てて、Jack を獄中で殺した。
車で Arthur Calgary を轢き殺そうとして、塀にぶつかって死ぬ。塀にぶつかった理由はドラマでは明らかにされていないが、
Leo がブレーキに細工をしたのかもしれない。
- 原作では主人公の Arthur Calgary の役回りが変わっていた。原作では彼が謎解きを行うのだが、
ドラマでは、謎解きどころか、最後には犯人の Leo に精神病院送りされてしまう脇役になる。
ドラマでは、探偵がいるわけではなく Argyle 家の養子たちと Kirsten が協力して真相にたどり着く。
原作では Arthur Calgary は、「こころもち前かがみの肩と、神経質そうな顔、そして年のわりには白髪が多く、妙に魅力的な微笑をたたえている、
やせた男」(p.347) となっているが、ドラマでは小柄な若者である。33 歳の Luke Treadaway が演じている。
原作では落ち着いた男のようだが、ドラマでは小心でおどおどした感じにしていた。
Argyle 家を訪れる前の1~2年間、原作では南極探検に行っていたことになっているが、ドラマでは精神病院にいた。
原作は地理学者だが、ドラマでは物理学者で、原子爆弾の開発に関わったことに罪の意識を抱いており、それに関連して
精神病院に送られた。
ドラマでは、Rachel が核シェルターを館に作っていたということにもなっていて、ドラマの作者はなぜか原子爆弾に
思い入れがあるらしい。
- Philip Durant は、原作では暇つぶしに事件の真相探しを始める人物というだけだが、
ドラマでは Arthur Calgary にゆすりを持ちかけたり、嫌味なことを言い続けるなど悪党な感じになっている。
しかし、それも体が不自由になっているが故の不安感が一つの原因であるようだ。
原作でもドラマでも、彼は薄々真犯人に気付きかけたので殺される。
- Jack Argyle は、原作では悪党である。実の父親は刑務所で服役中、母親は駆け落ちでどこかへ行った (p.164)。
Rachel は養子にして立派に育てようとしたけど、血は争えず、最後まで悪党である。
これに対して、ドラマでは、Jack は Leo Argyle と Kirsten Lindstrom の間の不義の子で、Leo も Rachel もそれを隠していた。
Arthur Calgary が Argyle 家に来たときには Jack Argyle はすでに獄死していた。
原作では、Arthur はこのことを既に知っていたのだが、ドラマでは、Leo との対話の中で初めて知ったことになっていた。
また、Jack の死因について、原作では肺炎なのに対して、ドラマでは獄中で無惨な死に方をしていた。
最初は、他の服役者と喧嘩して死んだことになっていたが、実は Bellamy Gould に殺されていた。
ドラマに関して解説してあるページ: