昨日までの世界 文明の源流と人類の未来

著者Jared Diamond
訳者倉骨 彰
発行所日本経済新聞出版社
刊行上下とも、2013/02/25、刷:2013/03/07(2刷)
原題The World Until Yesterday -- What Can We Learn from Traditional Societies?
原出版社Viking Penguin
原著刊行2012
入手九大図書館で借りた
読了2019/10/30
参考 web pagesNHK ダイアモンド博士の“ヒトの知恵”
著者Jared Diamond
訳者倉骨 彰
シリーズ日経ビジネス人文庫 た 21 1
発行所日本経済新聞出版社
刊行上:2017/08/01(第1刷)、下:2017/08/01(刷:2017/98/14、3 刷)
原題The World Until Yesterday -- What Can We Learn from Traditional Societies?
原出版社Viking Penguin
原著刊行2012
入手九大生協で購入
読了2019/10/30
参考 web pagesNHK ダイアモンド博士の“ヒトの知恵”

NHK で「ダイアモンド博士の“ヒトの知恵”」というシリーズが始まり、その元となる本がこれらしいということで、 放送の進行とともに読んでみることにした。 番組は4回シリーズなので、本の内容の半分をかなり圧縮して紹介するような ことになっていた。本は、この著者らしく、中身が濃くて重厚である。 前半は図書館から借りた単行本で読み、後半は買った文庫本で読んだ。

本の主題は、原著の副題の通り「われわれが伝統社会から学ぶことができること」である。 せっかくこんな端的で良い副題なのに、訳書の副題はどうしてこんなに意味不明にしたのか全く残念である。 それはともかく、伝統社会にはヒトが長い間暮らしてきた生活スタイルの名残があり、そこには 現代社会に住む人が学ぶことができる部分があるということである。われわれは、人口という点だけから見ても 伝統社会に戻ることはできないが、われわれは長い間伝統社会の中で適応してきたので、現代社会には合わない性質がある。 そういった点を見極めて、現代人がよりよく生活するにはどうしたらよいかを考えましょうということである。

本は広範な知識を詰め込んで整理してあり、伝統社会のさまざまな側面を学ぶことができる。 文化人類学概論のような感じである。といっても、いわゆる文化人類学者とは違って、 記述は理系らしく簡潔で、余計な意味づけをしない。さまざまの民族を俯瞰的に概観することで、 もともと人間が長い間暮らしてきた社会のあり方と現代の文明化社会のあり方を比べてみるという姿勢で書かれている。

とくに子育ての問題は興味深かった。うちの子は離乳食を嫌がったこともあって離乳がきわめて遅く、 離乳食の期間がなかったのだが、結果的には伝統社会の離乳と同じことになっていたことが分かって安心した。 離乳を遅くすると母親が苦労するのだが、母親がそれに耐えられれば、離乳は遅いほうが良いのではないだろうか。

司法のあり方に関しても、近代的な司法制度が被害者の感情を軽視しがちであるという指摘は深く考えさせられる。最近、被害者の感情に配慮して、刑罰を重くするべきだという論調がしばしば聞かれるが、感情と刑罰を短絡的に結びつけるのは考えが浅いことがよくわかる。国家司法が被害者感情をあまり考えていない理由をよく理解した上で、被害者感情の修復をすることを考えなければならないので、問題は難しいのである。感情と懲罰を結びつけると危険であることは、アメリカが戦争を起こすときに、敵への懲罰という形で国民感情を上手に煽っていることを見てもよくわかる。

翻訳は、全体的には読みやすい。誤訳も少ないと思う。しかし、以下のサマリーで指摘しているような誤訳があるとともに (誤訳は、日本語で明らかに意味が取れないところだけをチェックした)、一つ変な訳語がある。 「疎密」という言葉を「稠密」の反対語として使っている。辞書を確認したところ、「疎密」は「疎」と「密」のことであり、 「稠密」の反対ではない。たとえば、上巻 単行本 p.32 文庫本 p.36「伝統的にこのような人口が疎密な小集団の中で暮らしてきた」は、 英語版「traditionally lived at low population densities in such small groups」の訳で、 素直に訳せば「伝統的に暮らしてきた環境は、人口密度が低く、このような小集団に分かれていた」のような感じである。

本のサマリー

プロローグ 空港にて

第1部 空間を分割し、舞台を設定する

第1章 友人、敵、見知らぬ他人、そして商人

第2部 平和と戦争

第2章 子どもの死に対する賠償

第3章 小さな戦争についての短い話

第4章 多くの戦争についての長い話

第3部 子どもと高齢者

第5章 子育て

第6章 高齢者への対応―敬うか、遺棄するか

第4部 危険とそれに対する反応

第7章 有益な妄想

第8章 ライオンその他の危険

第5部 宗教、言語、健康

第9章 デンキウナギが教える宗教の発展

第10章 多くの言語を話す

第11章 塩、砂糖、脂肪、怠惰

エピローグ 別の空港にて

放送のサマリー

第1回「現代病はどこから来たのか?」

本の第10,11章に対応。

伝統社会
伝統社会には3種類ある。狩猟採集民族、小規模農業民族、遊牧民族である。
ダイアモンド博士(UCLA教授)はニューギニアで鳥の研究をしている。
カテンバン族は、数年前まで外の世界との交流がなかった。
『昨日までの世界』で、伝統社会のことを書いている。
伝統社会の食生活と病気
ガン、心臓病、糖尿病、脳卒中などは、現代社会の病。伝統社会では、このような病気ではあまり死なない。
糖尿病について考える。
現代社会では1日3度食事をする。伝統社会ではそうはいかない。
キリマンジャロの麓にいるハヅァ族は狩猟生活をしている。食事にありつけるかどうかは、狩猟採集の成果による。
伝統社会では、食べまくる日と食事にありつけない日が出る。食べられるときにはインスリンが分泌され、糖を取り込み脂肪をためる。食べ物がないときは、脂肪が分解されてエネルギーになる。
2型糖尿病では、食事を摂りすぎてインスリンがサボるようになって、糖が血液にたまる。食事の節制をすると糖尿病になりにくい。
高血圧と脳卒中には、塩分が関係している。伝統社会には塩がない。アマゾンのヤノマミ族は、塩の摂取は年間18g。秋田では年間10kg。塩の取りすぎは良くない。
腎臓には、一度取った塩をあまり外に出さない働きがある。だから少量の塩でも生きて行ける。
多言語社会とアルツハイマー病
複数の言語を話せると、アルツハイマー病の発症を遅らせられる、という研究がある。
伝統社会では、複数の言語を話せるのが当たり前。
伝統社会では、人と人との関わり合いが密。

第2回「子供と高齢者 たくましく生きるには」

本の第5,6章に対応。

伝統社会の子育て
伝統社会では、通常、母親はいつも赤ちゃんを抱っこして添い寝。母親は、泣いたら授乳する。これに対し、先進国では、母親の都合で授乳時間を決めることも多い。
授乳は避妊にもつながる。授乳期間中は、母親は妊娠できなくなる。赤ちゃんが3〜4歳になると、授乳しなくなってふたたび妊娠できるようになる。
アメリカでは、子供が泣いても放っておくことが多い。伝統社会では、赤ちゃんが泣けばすぐにあやす。
集落では、親以外も赤ちゃんを抱っこをする。これを allo-parenting(代理養育)という。アカピグミー族では、交代で子供の世話をする。赤ちゃんは集落の一員として育つ。
狩猟採集民では、体罰は認められない。遊牧民族では事情が異なって、子供を厳しく罰する場合がある。
マニク族では、幼い頃からナイフの扱い方を覚える。火の扱い方も覚える。
伝統社会では、おもちゃはないが、実用品を与える。たとえば、小さな弓矢。
ニューギニアでは、少年でも大人と交渉したりする。比較的若い時から大人扱いされる。
伝統社会では、子殺しが行われることもある。障碍がある子や、子供を産む間隔が短かい場合の下の子などは、 生き続けられる可能性が少ないということで、殺されることがある。
伝統社会における高齢者
西洋は日本などでは、少子高齢化が進んでいる。そのため、高齢者が軽んじられる傾向にある。
ニューギニアでは、年寄りは大切にされる。文字のない伝統社会では、高齢者の役割が大きい。長老たちの記憶が頼り。高齢者は知恵と知識の宝庫。
たとえば、レンネル島では、巨大台風の時でも食べられる果物のことを高齢の女性が覚えていた。
定年制度
企業の効率化のため、19世紀後半に導入された。
アメリカでは、1986年に定年制度が廃止された。現在では、60歳でも働ける人が多い。祖父母は子守もできる。
年寄りを大事にしない伝統社会
厳しい環境に住む民族では、高齢者を放置する場合もある。

第3回 「紛争はどうやって解決する?」

本の第2,3,4章に対応。

伝統社会の戦争と現代社会の戦争の違い
現代社会では、人を殺すことは良くないとされる。
伝統社会では、人を殺すことがありうる。
ニューギニアでは、女性が仕事をした重いものを持っているのに、男性は弓矢だけ持っているということがある。 それは、見知らぬ人は危険なので、男はすぐに戦えるようにしておかなければならないから。
ニューギニアのダニ族同士の合戦の映像が残されている。
伝統社会では、戦争が時々起こる。伝統社会では、目の前の敵を殺す。それが手柄になる。
伝統社会の戦争は、部族の全員が関わる。
伝統社会の戦争では、捕虜を取らない。捕虜を食べさせたり捕まえておくことができないから。
伝統社会の戦争では、女性や子供を殺すことがある。
伝統社会における戦争の原因
原因として多いのは、豚とか女性とか。
しかし、真の原因は資源や領土の奪い合い。
戦死者は伝統社会と現代社会のどちらが多いのか
現代の戦争では、一度にたくさんの死者が出る。
伝統社会では、1年に1%の戦死者が出る。人口比では、現代社会よりも犠牲者が多い。
伝統社会では、政府がないので、戦争がなかなか終わらない。
現代の戦争では、無差別に人が殺される。現代には核兵器という最終兵器もある。
現代の戦争は、伝統社会よりもひどいと言える。
身近な争いの解決
現代社会には裁判制度がある。個人的な報復は許されない。しかし、被害者の感情は置き去りになる。
伝統社会では、加害者と被害者が顔見知りであることも多い。そこで、善悪よりも感情のケアをすることが重要。 ニューギニアでは、被害者から復讐される可能性がある。一例:誤って事故で子供を殺した時は、謝罪をし、全財産を渡した。 裁きよりも和解が重要。
修復的司法が1974年カナダで導入された。そこでは、加害者と被害者の間の和解を促す。謝罪と賠償が行われる。 そうすることで、被害者は立ち直りやすくなり、加害者の感情も和らぎやすくなる。

第4回 「宗教は何のために?」

本の第9章に対応。

今日の問い
人を救うはずの宗教が、なぜ人を苦しめるのか?
あらゆる社会に宗教があるのはなぜか?
宗教とは何か?生徒に聞いてみた答え:
死後の世界を信じること、超自然的なものを信じること
万物の創造主を崇めること
理解を超えた存在を信じること
宗教はいつ芽生えたのか
ネアンデルタール人に宗教があったかどうかわからない。
クロマニヨン人には宗教はあったと考えられる。ラスコー洞窟(1万8千年前)の壁画は宗教的。鳥の頭を持つ人間が描かれている。これはアニミズムの表れ。
ニューギニアでは、部族ごとに異なる宗教的アートと宗教的儀式がある。精霊のことが語られるが、それは神ではない。
伝統社会での宗教の役割
さまざまな疑問(たとえば太陽の動きや日食現象)への説明を与える。今では科学に取って代わられている。
危険への不安を和らげる。
不幸や絶望を癒す。
国家が誕生する中での宗教の変容;組織化された宗教の役割
1万1千年前、農業が始まって人口が増える。
指導者は神の力を借りて人々を従わせた(指導者の権威付け)。宗教のこの役割は、現代ではなくなった。
宗教は、規律やモラルを示す。見知らぬ人々に共通の規範を与える。
宗教は、戦争の正当化に利用される。伝統社会では宗教のために戦争はしない。
このように、宗教は、国家に利用されるようになった。そこで、伝統社会における宗教を考え直すことが重要。