チュートリアル

著者円城 塔
発行所Amazon Publishing
電子書籍
刊行2018/08/28
入手Kindle Unlimited で借りた
読了2019/05/04

短編ですぐに読める。内容は、ある意味でタイムマシンのパロディだ。直接的にはゲームの世界のパロディのようなだが、私はロールプレイングゲームを全く知らないので、そっちの視点はわからない。

普通のタイムマシンの物語では、主人公がたとえば過去に行ってやり直すとして、物事が変わるのは主人公の周辺のごくわずかなことだけだ。でも、タイムマシンができるとしたら、多くの人がそれを使うだろう。とすると、過去に戻るとして、未来が思うように変えられるかというと、外の世界も変わっているので未来はどうなるかわからない。でもそうすると、世界がいくつもできてしまう。というわけで、著者はもう少し違う形のタイムマシンを準備する。それがセーブポイントというものだ。セーブポイントでは、人はその時点での自分のすべての情報をセーブ(保存)することができる。それをロードすれば、いつでもその時点の自分に戻れる。戻ると言っても、戻るまでの記憶はある程度残されるので、経験は蓄積される。戻ると元の自分は消えるので、本人から見れば世界の数は増えていない。経験が増えているだけだ。とはいえ、他者も世界をやり直しているとすと、世界の構造は単純ではない。ただ、昔に戻っても戻る前の記憶が残るところから見て、通常の時間以外に独我論的絶対時間があって(ゲームの主体が持っている時間のようなものか?)、その独我論的時間は粛々と進んでいるようである(通常のタイムマシンの物語もそんなものではある)。

でも、著者はそういう種類の独我論的世界を作りたいわけではなく、もうひとつひねりを加えて、むしろその反対の方向に進んで世界の構造をカオスにしている。それは、他者のデータをロードできるようにするということだ。すると、本文に書かれている通り、以下のような2つの興味深い事態を生じうる。ひとつは、自分が他人の姿になった自分に出会ってつきあうというようなことで、もうひとつは、他者が自分をロードした自分のクローンと出会うということだ。タイムマシンだと世界が枝分かれしてしまうのに対して、このタイプのセーブポイントでは自己が枝分かれする。

そういう混沌とした事態を想像させて読者に頭をひねらせるのがこの小説の眼目のようだ。私も、この感想文を書きながら楽しませてもらった。