大江健三郎 燃えあがる緑の木

著者小野 正嗣
シリーズNHK 100分de名著 2019 年 9 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2019/09/01 (発売:2019/08/25)
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読了2019/09/24
参考 web pages 大江健三郎作品を読む 作家・小野正嗣 in 好書好日
小野正嗣さんの記事 in 好書好日

大江健三郎は、いつか読もうと思いながら読んだことがない作家である。この解説を通じて、 大江の作品は、自身の体験、四国の伝承、息子との関係、世界の諸文学や哲学等をかなり明示的に 織り込みながら重層的に書かれているものだということが分かった。であればこそ、作品にたくさんの 注釈を付けることも可能だし、たくさんの解釈をすることも可能になっている。

「燃えあがる緑の木」のイメージが、繁茂と滅亡が隣り合っている姿だと知れば、 その矛盾を受容するところに魂の救済を求めていることが分かる。 教団がしていることが、瞑想(集中)を中心とし、最終的には拠点を持たない方向に向かうと知ると、 これは原始仏教の世界に近い。神無き時代の祈りは、瞑想になる。 引用されている文学の多くは、西洋文学ではあるけれど、 仏教的瞑想の世界に還ることに救いの方向が示されている。 その結果として、悟りや救済があるかどうかは分からないが、ともかく瞑想するということに意味を見出す。

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

放送はテキストと構成を変えていた。そういう部分はおおむねテキストに合わせることにする。

第1回 「四国の森」と神話の力

作者 大江健三郎

大江の長編作品には、大江をモデルとする「K」あるいは「長江古義人」、妻のゆかりをモデルとする「オユーサン」あるいは「千樫」、 長男の光をモデルとする「ヒカリさん」あるいは「アカリさん」、愛媛の妹をモデルとする「アサさん」が登場する。

大江作品には、故郷の四国の森もよく出てくる。大江は、土地に根付いた深いものを小説の中に書こうとしていた。

物語の進行

小説の目的

ギー兄さんがやっていることは小説とも共通する。 ギー兄さんには治癒能力があるのかどうかわからない。 小説にも心を癒す能力があるのかどうかもわからない。 それでもひたむきに努力する。

この小説は、人間の再生の物語である。隆は「ギー兄さん」として生き直し、サッチャンは女として生き直す。 再生は、オーバーが語る伝承の核。

第2回 世界文学の水脈とつながる

物語の進行

大江の小説の書き方~他の文学作品との関係

大江作品では、他の文学作品との対話がなされている。『燃えあがる緑の木』では、詩人イェーツである。 『懐かしい年への手紙』ではダンテであった。大江作品では、自分の他の作品への言及もよくなされる。 『燃えあがる緑の木』は、『懐かしい年への手紙』の続編と位置づけられる。四国の森の神話や歴史も いろいろな作品に出てくる。

「燃えあがる緑の木」のイメージはイェーツの詩から来ている。半ばは炎、半ばは緑の茂り。 サッチャンの両性具有のイメージと通底する。 矛盾するものを受け入れる寛容さ、答えの出ない問題の受容といったことと関係する。

『カラマーゾフの兄弟』からの引用がある。「特に子供を愛することだ。」 『カラマーゾフの兄弟』には、虐げられた子供の物語という意味もある。 それは、大江と息子の光との関係と響きあう。大江は、息子との共生と自分の魂の問題を作品の核にしている。

第3回 信仰なき「祈り」は可能か?

物語の進行

故郷、魂、一瞬、信仰、集中、注意力

第4回 一滴の水が地面にしみとおるように

ギー兄さんによる魂の模索は続く。

物語の進行

物語の進行解説
総領事の葬儀で、ギー兄さんは「死者とともに生きよ」という言葉を手がかりに説教をする。 葬儀の日、屋敷の周辺から礼拝堂の内部まで薔薇の香りが瀰漫。
  • 死者とともに生きるということは、誰もがしばしば感じること。
  • 薔薇の香りは、イェーツの手紙にあるイメージ。
  • 『カラマーゾフの兄弟』では、ゾシマ長老の柩から腐臭が漂う。そのとき、アリョーシャは、 兄イワンが虐待される子供のことを語ったことを思い出す。
教団では路線対立が起こっている。 伊能三兄弟は農場経営に全力を注ぎ、武闘訓練を始める。 亀井さんは森と神話に基づく活動をしようとしている。亀井さんは、教会の分裂を懸念する。 アサさんはサッチャンに対して、ギー兄さんを追い詰めているのはサッチャンじゃないかという。 これはオウム真理教事件より先に書かれているが、オウム真理教を髣髴とさせる。
ある日、ギー兄さんは、説教を始めようとするが、しゃがみ込む。 亀井さんらは、それでもギー兄さんを支持するが、サッチャンは失望して教会を出て行く。 ギー兄さんの危機は、サッチャンにとってもアイデンティティーの危機。
K伯父さんの伊豆の別荘で、サッチャンはK伯父さんに勧められた矢内原忠雄『アウグスチヌス「告白」講義』を読み耽る。 サッチャンは、隣人の芸術家の助手のマユミさんと親しくなり、奔放な性生活を始める。 そして、ついには売春に手を出す。外交官とマユミとサッチャンの3人での性生活が始まる。 あるときサッチャンは外交官に、自分はエイズの人とつきあっていたと思いつきで言ってみた。 外交官は怒って醜さが露わになったが、サッチャンは、それは自分の醜さを「移し植え」たものだと感じた。
  • アウグスチヌスは、一旦堕落を通り抜けてから、新たに生まれ変わる。
  • サッチャンは、まず、アウグスチヌスの情欲と肉欲に感応した。
  • 「移し植え」はシモーヌ・ヴェイユが使った言葉。
ギー兄さんは三人組に襲われて、両膝を砕かれる。 ギー兄さんが負傷したとの報を受けて、サッチャンは後悔する。 サッチャンは、聖書の「わたしが担い、背負い、救い出す」という言葉を思い出しながら、教会に戻ることを決意する。 ギー兄さんは、自分の命よりもあなたの命が大切だと言うために生まれてきたのだと語る。 ギー兄さんは、かつて学生運動で自分自身が襲撃隊に加わったことがあると語る。 ギー兄さんは、自分は「救い主」が現れるまでの繋ぎ役の一人だと言う。
  • ギー兄さんは、かつて暴力を与え、今は暴力を受けたことで、それらを包括的に考えようとしている。
  • サッチャンとギー兄さんは支えあう関係になる。
教団は、阿川原子力発電所に行進する。 祈り=集中を行うと、原発が事故を起こして止まる。 僧侶の松男さんらは、巡礼団を作り、日本全土へと旅立つ。 伊能三兄弟は親衛隊を作る。
  • 阿川原子力発電所は、もちろん伊方原子力発電所がモデルであろう。
  • 小説は福島原発事故より前に書かれたものだが、福島原発事故を髣髴とさせる。
  • 大江は、反原子力運動をしている。
教団の路線対立に対して、ギー兄さんは「本拠」という考え方が間違っていたのではないかと示唆する。 「それぞれ自分ひとりの場所で「救い主」と繋がるよう祈るべきなのだ。」 ギー兄さんとサッチャンは、テン窪の小島の大檜に火をつけ燃やす。大檜は教会のシンボルでもあった。 ギー兄さんは巡礼団に加わる。 ギー兄さんは、かつて敵対していた革命党派の集団から投石を受け、絶命。教会は解散。サッチャンは妊娠していた。 残された人は行進する。「Rejoice!(喜びを抱け)」
  • ギー兄さんは、土地に縛り付けられないことを望む。
  • 文学も他の作品などとのいろいろな繋がりによって伝えられる。
  • 大江は、自分がやがて死ぬことを息子の光さんに教えたかった。死んでも、もし生まれ変わったら息子と共にあると。