父と息子の関係は、著者が追い続けてきたテーマの一つらしい。この小説は、それを高齢者問題も絡めながら描いている。 私も父が耄碌してきて、父と子の関係やら高齢者の問題やらが他人事ではなくなってきたので、共感しつつ読むことができた。 読後感もさわやかだし、尻切れトンボ感もない。新聞連載小説は月末で切れるので、往々にして急に終わる感覚があるのだが、 この小説に関してはむしろ逆で、もう少し短く終わることもできたかなというくらいの感じで、満足感があって良かった。 川上和生の挿絵もほのぼのしていて、この小説に合っていた。
主人公の長谷川洋一郎は、高齢者施設「ハーヴェスト多摩」の施設長である。両親が早くに離婚していて、父親の記憶がほとんどない。 ところが、ある日、その父親の訃報が入り、遺骨をどうしようという話になる。最初は何の感情も湧かなかったのが、 さまざまの出来事を通じて、少しずついろいろなことを思い出し、親子のつながりを確かめたという気になって、最後に散骨をする、 というのがメインの筋。父親はダメオヤジだったことが、途中からわかってくるのだが、それでも父と子なのだという感覚が生まれてくる。 その父と子と対比的に出てくる父と子が、後藤父子である。父親の後藤義之は「ハーヴェスト多摩」に入居してくるのだが、 これがまたどこかちょっとずれたダメオヤジなのである。息子の後藤将也は、IT 企業社長として成功しているのだが、 父親を施設に入れてほったらかし状態である。その父と子は、息子の女優との不倫スキャンダルを機に気持ちのつながりを修復する。
改めて我が身を振り返っても、父と子の関係は難しいものである。自分と父親を見ても、自分と娘を見てもである。 もともとそういうものだと思ってみると、著者がいろいろな父子像を描き続けるのもわかる気がする。 たぶんどこを見ても完璧な父親というのはいないものなので、父子関係は小説として面白い題材なのだろう。