谷崎は、教科書に載っていた『陰翳礼賛』以外は読んだことが無い。
谷崎文学を紹介する上で欠かせないのが、エロスであり、ここで取り上げられている作品も半分はそうである。
番組の各回のタイトルを見ていると『陰翳礼讃』の紹介で終えるのかと思いきや、実は『瘋癲老人日記』の紹介で終わっている。
というわけで、今回の谷崎の紹介は『痴人の愛』に始まり『瘋癲老人日記』で終わる官能の追及になっている。
NHK なのに…とも思うが、NHK さえもエロスと向き合わざるを得なくさせるのが谷崎の偉大なところである。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 『痴人の愛』―エロティシズムを凝視する
作者谷崎潤一郎
- 谷崎は、『源氏物語』以来の色好み文学の伝統を受け継いでいる。
- 1886 年、東京日本橋生まれ。
- 1910 年、『刺青』で作家デビュー。
- 1924 年、『痴人の愛』連載開始。翌年、単行本化。
- 1965 年、死去。
物語の進行と解説
物語の進行 | 解説 |
- 河合譲治は、8年前に浅草のカフェで妻となる女と出会う。彼女の名前はナオミ。15歳の美しい少女だった。
- 譲治は一軒家を借りてナオミと一緒に暮らし始める。美少女育成計画が始まった。譲治はナオミに英語とダンスと声楽を習わせる。
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- 譲治とナオミの関係は、『源氏物語』の源氏と紫の上の関係と同じとも言える。
- 元祖ロリコン小説とも言われる。ナボコフの『ロリータ』が出版されたのは 1955 年で、『痴人の愛』の方が 30 年も早い。
- ナオミの顔はメアリ・ピックフォードと似ていた。これは、西洋崇拝の風潮を反映している。ナオミのモデルは、妻の妹。
- 譲治には自分の容姿に対するコンプレックスもある。
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- 譲治はナオミと結婚するが、ナオミは掃除も洗濯もしない。英語の勉強もしない。
- ナオミは野性的でわがまま。半面、譲治はナオミの肉体に惹かれる。
- 譲治は、ナオミの足に惹かれて、唇を近づける。
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- ナオミは男友達と密会していた。
- 譲治は、ナオミに男とは会わないことを約束させた。
- しかし、それでもナオミは男と逢引きを続けていた。譲治は、ナオミを追い出したが、それを後悔する。
譲治は、ナオミの邪悪で妖艶な顔に強く魅惑されていた。
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- 譲治は、ナオミを崇拝することになった。
- はからずも、谷崎は、女性を解放している。むしろ、現代的。
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第2回 『吉野葛』―母なるものを探す旅
『吉野葛(よしのくず)』は、いろいろな読み方ができる小説。
物語の進行と解説
物語の進行 | 解説 |
- 「私」は吉野に出かける。「私」は南朝の末裔の自天王(じてんのう)の歴史小説を構想していた。
- 友人の「津村」が私を誘った。
- 『義経千本桜』の「初音の鼓」が伝わる家があるという。
- 津村の母の面影を追う物語へと変わってゆく。
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- 谷崎は、何度も吉野に取材している。紀行文のような要素もある。
- 『吉野葛』は重層的。「私」の歴史小説の資料収集の旅、古典芸能の舞台としての吉野紀行、津村の亡き母を求める旅、
という3層がある。意識から無意識への旅とも見られる。
- 保管されている「初音の鼓」には皮は張られていない。
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- 津村は、母の顔も知らない。彼は、自分を忠信狐と重ね合わせる。
- 母のイメージは、狐、美女、恋人とつながる。
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- いくつかの古典のイメージが重ね合わされて、重層的にイメージがつながる。
- 空想の母とまだ見ぬ恋人を重ね合わせる。
- 谷崎の小説に『母を恋ふる話』(1919 年) がある。狐の化身と思った女が母だった、という話。
無意識のイメージの中の母が現れている。
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- 津村は、母の実家が吉野の紙漉きであることを知った。その家で、津村は若い娘お和佐に出会う。
津村はその娘に母の面影を見る。津村の目的は彼女に求婚することであった。
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- 結末は、津村が妻を娶るというハッピーエンドだが、歴史小説は書けなかった。
- 当時、南朝と北朝のどちらが正当かという論争があった。吉野には負け組の口承があった。谷崎はそれを魅力を感じたのだろう。
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第3回 『春琴抄』―闇が生み出す物語
作者谷崎潤一郎
- 1923 年、関東大震災をきっかけに関西移住。
- 1927 年、根津松子と知り合う。
- 1930 年、千代と離婚。
- 1931 年、古川丁未子と結婚。『吉野葛』
- 1932 年、松子との恋愛関係が始まる。
- 1933 年、『春琴抄』『陰翳礼讃』
- 1934 年、丁未子と離婚。
- 1935 年、松子と離婚。
物語の進行と解説
物語の進行 | 解説 |
- 春琴は九歳の時に失明、三味線の師匠となる。佐助はその奉公人。
- 春琴は佐助に対して我儘に振舞う。佐助は春琴に尽くす。
- 佐助は押入れの暗い中で三味線の練習を始める。やがて春琴の弟子になる。
- 春琴は、佐助に厳しい稽古をつける。
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- 春琴は 1829 年生まれ。11 歳の時佐助と師弟関係になる。20 歳以降佐助と二人暮らし。58 歳で死去。
- 佐助が春琴の伝記『鵙屋春琴伝』をまとめたことになっている。春琴の存在も『鵙屋春琴伝』もフィクション。
- 『春琴抄』は異様な恋愛小説。
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- 37 歳の時に春琴は火傷を負う。何者かに顔に熱湯をかけられたのだ。
- 佐助は、春琴の顔を見ないで済むように、自らの目を刺した。
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- 江戸文学に似せて、句読点をほとんど使わずに書かれている。
- 目を突くことで、師匠との新たな絆が生まれる。
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- 盲目の佐助は、春琴の美しさと音の素晴らしさがわかるようになった。
- 佐助は 83 歳で死去。春琴の傍に葬られた。
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- 佐助は盲目となって感覚が冴えわたる。
- 時代背景は全く書かれていない。周囲の状況に目をつぶる態度は、谷崎の私生活とも呼応する。
- 三島由紀夫と比べると、三島は視覚の人であるのに対して、谷崎は聴覚や触覚も大事にする人。
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第4回 『陰翳礼讃』―光と影が織りなす美
話の進行と解説
話の進行 | 解説 |
- 日本家屋の「くすみ」や「なれ」が心地良い。
- 漆器は薄明かりの中でこそ美しい。
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- 暗闇と陰翳の魅力を論じている。
- もともと谷崎はモダンボーイ。外国人のような視点で日本文化を見直している。
- 千利休も薄手の中国風磁器が人気だった時代に、無骨な楽茶碗こそ日本にふさわしいと考えた。
- 羊羹も闇を凝縮したものだと論じている。
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- 暗い室内に美を見出す。もともとは雨風をしのぐために暗くなってしまったものだが、それを美として利用するようになった。
- 日本の厠の美の発見。
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- 暗がりの重さに敏感になる。
- 厠の穴に向き合って、未知の世界をのぞき込むような気持ち。
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- 谷崎は、京都島原の料亭で見た漆黒の暗闇に想像力を掻き立てられる。その中に女性の美を想像する。
- 谷崎は、陰翳を文学の中に引き入れたいと書いている。
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- 源氏物語の時代も通い婚で、暗闇の中で男女の営みがあった。
- 春琴と佐助は薄暗い世界の中にいた。
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老いてなお悟らず
70 歳の時の『鍵』は、芸術か猥褻かが問題になった作品。日記を通して老夫婦の性的なかけひきを描く。
75 歳の時の『瘋癲老人日記』では、息子の嫁の足に執着する老人を描く。
谷崎は、変態爺であることを恥じていない。