デフォー ペストの記憶

著者武田 将明
シリーズNHK 100分de名著 2020 年 9 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2020/09/01(発売:2020/08/25)
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読了2020/10/01
参考 web pages著者による雑誌記事「コロナウイルス時代にデフォー『ペストの記憶』が教えてくれること」 in 現代ビジネス

『ロビンソン・クルーソー』ではなく『ペストの記憶』が名著として取り上げられるというのが、 昨今の新型コロナウイルス流行というご時世の反映である。 私は、この本の存在自体、ここで初めて知ったのだが、この解説によれば、ペストを多角的に描いた名著というべきもののようだ。 ペスト禍と新型コロナウイルス禍がいろいろなところで重なり合うのが面白い。 人類の歴史において感染症は常に重要な役割を果たしてきたので、それを描いた小説があるのは当然と言えば当然だが、 むしろ、重要な割にそういったことが描かれた名著が少ないと言うべきかもしれない。

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 パンデミックにどう向き合うか?

作品の基本情報

作者ダニエル・デフォー

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • ペストは、いろいろな症状を呈した。
  • 娘を看病して、気が触れる母親の描写。
  • 怪しげな薬を売る人々。
  • パニック状態の人々。
  • 様々な語り方で書かれている。日記の様な記述、医学書のような記述、物語のような記述。公的資料をほぼそのまま転載している部分もある。 そのようにして、臨場感のある生々しいロンドンを再現した。
  • 現代では、大統領やら知事やらが怪しげな薬を支持したりする。
  • H・Fは馬具を扱う商売をしていた。兄は逃げる準備をしていた。H・Fも兄に説得されて逃げることにする。
  • H・Fが、馬が手に入らないなど準備にもたついているうちに、使用人が先に逃げた。それで、H・Fはロンドンに留まるのが神の意志だと考えた。
  • H・Fは兄に説得されて再び逃げることにする。しかし、体調を崩して寝込む。その間に逃げる気が失せた。
  • H・Fは迷った挙句、ロンドンから出なかった。仕事に対する愛着、ロンドンに対する愛着、好奇心がないまぜになって、 ロンドンに残ることにしたのだろう。
  • 揺れる心を書いているのが面白い。

第2回 生命か、生計か?究極の選択

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • H・F は生命と生計の間で揺れた。ロンドンから逃げるか?しかし、仕事をやめると財産を失う。彼は商売を続けることにした。
  • 人々は道の端を避けて真ん中を歩いていた。
  • 買い物は命がけ。外出すると病気をうつされるかもしれないし、食べ物が汚染されているかもしれない。
  • 今のコロナ禍と同様、感染防止か経済かの選択を迫られる。
  • 買い物に出るだけで感染の可能性があった。
  • デフォーは、近代的な小説を最初に書いた人だとも言われている。事実を生々しく書く効果を発見した。
  • H・Fは自粛生活に入る。
  • ロンドンから金持ちが逃げたので、金持ちが使うものを作っていた人々が失業した。
  • たくましく生きる人々がいた。教会の下働きだったジョン・ヘイワードは、感染者の死体の運搬の仕事をした。 目が見えないという流しの笛吹きがいた。ある晩、笛吹きが酔ってパブの外で眠っていたところ、死体と間違われて、 ジョンが拾っていった。墓穴に落とされそうになって、笛吹きが起き上がる。笛吹きがその後どうなったかはわからない。 ジョンは最後までペストに感染しなかった。
  • 1665 年は王政復古の5年後で、宮廷文化が戻り始めたころで、高級品の需要が高まっていた。 それでロンドンに人が集まってきていた。
  • 貧しい人がペストの被害に多く遭った。しかし、その中でたくましく生きる人がいた。
  • ギャグっぽいシーンも入れるところが秀逸。
  • H・Fは、地方に避難して無人になっていた兄の家に見回りに行ってみる。家に近づくと、山高帽を持った女性がたくさん出てきていた。 兄は山高帽を商っていた。女たちは悪気もないようすで山高帽を取って行っていた。
  • キリスト教の宗派間対立が一時的に解消した。
  • 貧困者を支援する人々もいた。
  • 混乱の中で窃盗もある一方で、慈善事業もある。
  • パニックの中で窃盗をしているわけではない。普段は上品なご婦人が、その姿のまま自然と犯罪を犯している。 日常の危うさが描かれている。
  • 善悪の区別がよくわからなくなっている。

第3回 管理社会VS市民の自由

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 王族や貴族がロンドンから離れる一方、市長や役人はロンドンに留まる。
  • 市長や役人は、自らの責任を全うしようとする。
  • 市長は市民の声に耳を傾けた。
  • 行政は、パンの供給がちゃんと行われるようにして、値段も変わらないように強制した。
  • 行政は、市民の娯楽を制限した。さらに、宴会を禁止した。
  • ロンドン市長は市民のニーズを把握していた。
  • 芝居や宴会の禁止というかなり踏み込んだことをしている。新型コロナウイルスと似ている。
  • ミシェル・フーコーの言う「生権力」「生政治」の先駆的な例であるともみられる。
  • 家屋封鎖もなされた。患者が出た家を封鎖して、同居家族の外出を禁止した。そのために監視人を配置した。 これには批判も多かった。それに、脱走も多く、そうした人が感染源となった。
  • 貧しい人が監視人になった。貧民救済である一方、貧しい人に厄介な役割を押し付けたという面もある。
  • 現代においては IT を用いた監視が行われる可能性がある。
  • 墓地として大きな穴が掘られた。H・Fはそれを見に行った。妻と子を亡くして遺体についてきている男がいた。 遺体が無造作に投げ込まれるのを見て、男はショックで気を失った。
  • 行政の視点と市民の視点の葛藤。

第4回 記録すること、記憶すること

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • さすらい三人衆の話。ジョン、トマス、リチャードの3人の男のロンドン脱出の物語。 ジョンとトマスは兄弟で、友人の指物師のリチャードとともにロンドンを脱出。 ウォルサムストウという町で止められるが、口八丁でまんまと町を通過し、エッピングという町の外れの廃屋に滞在することになった。
  • 半端者が逞しく世渡りをしてゆく。この部分は、ピカレスクロマン(悪漢小説)とも言える。
  • 『ペストの記憶』というこのごちゃまぜの作品は、社会のカオスを描くのにフィットしている。

  • 死者が減り始め、町が賑わいを取り戻し始める。人々はペストを気にしなくなった。 医者は細心の注意を払うようにと勧告したが、効果は無かった。さらに、人々がロンドンに戻ってきた。 2か月後には死者が増加し始めた。
  • コロナ禍に生きていると、この状況がよくわかってしまう。人々は疫病が弱毒化したと思った。
  • 第二波が収まり、翌年2月、ペストが収束。
  • 埋葬地の上に建物が建てられた。
  • H・F は拙い詩で喜びを表現した。「消された命はざっと十万/それでもぼくは生きている!」
  • H・F も死んだ後、ペストの人々が埋葬されたのと同じところに埋葬された。
  • ペストの被害はあっけなく忘れられてゆく。
  • ペストを生き延びた H・F もいずれ死ぬということを書くことによって、死を忘れるなと読者に警告する。