「100分de名著」と平行して小説自体も読もうと思ったが、超長編なので、当然ながら小説の方はなかなか読み終わらない。 なので、2022年、「100分de名著」のサマリーだけでまとめておくことにした。放送は、2019 年と 2021 年の2回あった。 放送が終わってからしばらく時間が経ってしまったので、感想は無しにする [2022/04/02 記す]。
著者 | 亀山 郁夫 |
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シリーズ | NHK 100分de名著 2019 年 12 月、2021 年 11 月 |
発行所 | NHK 出版 |
電子書籍 | |
刊行 | 2019/12/01(発売:2019/11/25) |
入手 | 電子書籍書店 honto で購入 |
読了 | 2019/12/31, 2021/11/23 |
「100分de名著」と平行して小説自体も読もうと思ったが、超長編なので、当然ながら小説の方はなかなか読み終わらない。 なので、2022年、「100分de名著」のサマリーだけでまとめておくことにした。放送は、2019 年と 2021 年の2回あった。 放送が終わってからしばらく時間が経ってしまったので、感想は無しにする [2022/04/02 記す]。
作品のテーマは「父殺し」
舞台は、1866年、田舎町スコトプリゴニエフスク。
カラマーゾフ家
カラマーゾフ家の料理人スメルジャコフ:潔癖でシニカル。父フョードルが神がかりの女性に生ませたという噂がある。
小説を4つの層に分けて考えると良い。
以下、物語を追ってゆく。
ある日、ゾシマ長老を含めて父と息子たちの会合が行われる。問題はおもに財産分与に関することだった。 さらに愛憎をめぐる人間関係は複雑である。ドミートリーと父フョードルはグルーシェニカという女をめぐって争っている。 ドミートリーには婚約者カテリーナがおり、彼女にイワンは心を寄せている。 フョードルがゾシマ長老に息子たちを紹介するとき、ドミートリーは悪人として、イワンを善人として紹介する。 その紹介のときに引用したシラーの『群盗』には、「父殺し」の問題が出てくる。
料理人スメルジャコフの出自の物語が紹介される。そこで「焼きごて」という言葉が出てくる。 「焼きごて」はロシア語で「ぺチャーチ」という。この「ぺチャーチ」には「去勢」の意味がある。 スメルジャコフは、去勢派と関わっていたことが小説中で暗示されている。去勢派は、キリスト教の異端で、 みずからの性器を除去した。去勢派は、信仰とお金を結びつけた宗派で、皇帝に批判的だった。
スメルジャコフの父親は、フョードルだったかもしれないという噂がある。母親は、 リザヴェータ・スメルジャーシチャヤという綽名の神がかりの女。
アリョーシャが歩いていると、小学生達がいた。彼らは石の投げ合いをしている。 石が当たった向こう岸の少年をアリョーシャが追うと、少年はいきなりアリョーシャの指を噛む。
その少年イリューシャの父はスネギリョフという二等大尉で、以前ドミートリーに侮辱されていた。 スネギリョフは落ちぶれていて貧しかった。イリューシャは父親思いで、父親に将来はお金持ちになると語る。
プロ=アリョーシャ、コントラ=イワン
イワンは無神論でアリョーシャをやり込める。イワンは言う。神がいるなら、なぜ子どもの虐待が起こるのか? 虐待の例をたくさん挙げて、イワンは「こいつらを銃殺にすべきか?」と言ってアリョーシャを問い詰める。 アリョーシャは思わず「銃殺にすべきです!」と言う。イワンは「おまえの心の中にも悪魔のヒヨコがひそんでる」と言って勝ち誇る。
幼児虐待のような不幸が起こることには、ドストエフスキーは大きな関心を寄せていた。 現実に対する怒りも人間的だとドストエフスキーは感じていただろう。
イワン創作の物語詩『大審問官』が出てくる。大審問官(異端審問を司る人)が、「人はパンのみに生くるものにあらず」の言葉に反して、 天上のパンより地上のパンが大事だと主張する。これは、アンチ・キリスト宣言である。それに対して、イエスは大審問官にキスをして去っていった。 このキスは、イワンから見れば、イエスの敗北宣言である。しかし、イワンは、キリストの後姿を見送る大審問官の心が 一瞬燃え上がったと描写した。つまり、イワンもほんの少しの迷いを感じていたのだ。
イワンの無神論は「神がいなければすべてが許される」というアナーキズムである。アリョーシャは絶望する。 が、アリョーシャはイワンに静かにキスをした。アリョーシャはイワンの中に残っている信仰のかけらを信じたのだと考えられる。
ゾシマ長老が亡くなる。アリョーシャは、ゾシマの一代記を書く。テーマは「全体の救い」に対する「個の救い」。 ゾシマ長老が説くのは、傲慢を捨てること、罪を赦すこと。
スメルジャコフは、明日何か起こるとイワンにほのめかす。その夜、イワンは、父親のフョードルの部屋の物音に耳をそばだてて、なかなか眠れない。 翌朝、イワンは、チェルマシニャー(ドストエフスキーの父親が農奴に殺された場所)に行くとスメルジャコフに言う。 なお、スメルジャコフの語源は、「スメルド(農奴)」である。
その夜、フョードルが殺された。イワンは、ドミートリーが父親とグルーシェニカが結婚するのを阻止しようと父親を殺す可能性があることを知っていた。 それなのに、イワンは何もせず父親の殺害を黙過した。それは遺産が入る可能性があるからだった。後に、イワンはこの行為を卑劣だったとみなすことになる。
ゾシマ長老の遺体からすみやかに腐臭がしてきた。ロシアには、聖人の遺体は腐らないという伝説があったので、アリョーシャはショックを受けた。 アリョーシャはカナの婚礼(「ヨハネによる福音書」にある場面で、イエス・キリストが水を葡萄酒に変える)の夢を見る。夢の中でゾシマ長老に自分の仕事を始めなさいと言われる。 アリョーシャは眼が覚めると嬉しくなって大地を抱き締めた。これにはドストエフスキーの土壌主義(大地と宇宙と生命が一体になる)が反映されている。
伊集院「腐敗とは大地に還ること。長老は大地になったと考えることで腐臭を克服したのではないか。」
ドミートリーはカテリーナに借りた3000ルーブルを必死で返そうとしていた。彼の考えでは、お金を返さないのは卑怯者ということになる。 しかし、誰もドミートリーに金を貸してくれなかった。
彼は愛するグルーシェニカの家に行ったが、彼女はいなかった。彼は台所にあった小さな銅の杵をつかんでポケットに入れた。 彼女は父親フョードルのところに行っているに違い無いと思って、彼は父の家に行ったが、フョードルは一人だった。 ドミートリーには父親に対する憎しみが湧いた。その帰りに、ドミートリーは「父殺し!」と叫んで飛びついてきたグリゴーリーを杵で殴ってしまう。
次に、グルーシェニカは昔の恋人のところに行ったかもしれないと思い、ドミートリーはそこ(モークロエ)に向かった。 ドミートリーはグルーシェニカとドンチャン騒ぎを始める。突如警察がやってきて、ドミートリーはフョードル殺しの容疑者として逮捕される。 理由は、フョードルの部屋から3000ルーブルがなくなっていてかつドミートリ―が豪遊していることと、 グリゴーリーが生きていて事件現場にドミートリ―がいたことを証言したことであった。
亀山「どんちゃん騒ぎはドストエフスキー文学の特徴。ドストエフスキーならではのカーニバル感覚。」
ドミートリーに罪を引き受けようという気持ちが生じる。そのきっかけは餓鬼の夢。フョードルの死に関して無実だと言いながら、 罰を引き受けると言う。無実であっても、父を殺したいと思ったから、罰を受けると言う。
亀山「ドミートリ―は夢によって世界に存在する不幸に気づき、自己犠牲に目覚めた。 アリョーシャも、以前夢の中で復活した。ドミートリ―とアリョーシャをパラレリズムで描いている。」
亀山「「プロとコントラ」では虐待を受ける子供が出てきた。このとき、イワンは、子供の不幸を神が黙過しているということから、 世界の否定に走った。それに対して、ここでドミートリ―は、苦しんでいる餓鬼に代わって罪を引き受けたいという世界の肯定へと向かう。」
第2部でアリョーシャと知り合った小学生たちのうち、とりわけコーリャ・クラソートキンにフォーカスが当たる。 コーリャは、書かれなかった「第二の小説」で中心的な役割を果たすはずだったと考えられる。「第二の小説」では、 アリョーシャと少年たちが皇帝暗殺(第二の父殺し)へと向かう。コーリャは社会主義者を名乗り、冷酷なところがある。 イリューシャは、肺病になって治る見込みがない。
スメルジャコフは、イワンは父を見殺しにしたと言う。 スメルジャコフは、イワンがフョードル殺害実行を黙認したということは、殺害したも同然だと言う。 イワンは、父の死を望み、予感していた。スメルジャコフはイワンを尊敬しており、イワンの気持ちを忖度して フョードル殺害を実行したのだった。
アリョーシャは、イワンに向かって「父を殺したのはあなたじゃない」と繰り返す。 これは、父殺しの責任の一端がイワンにあると暗に言っていると解釈できる。
アリョーシャの言葉がきっかけとなって、イワンはまたスメルジャコフに会いに行く。 スメルジャコフは、イワンに対し、あなたの命令に従ってフョードルを殺したのだと言った。あなたが主犯だと言った。 スメルジャコフは、3000ルーブルをイワンの前に出した。それは、スメルジャコフがフョードルの寝室から盗んでいたものだった。 ショックを受けたイワンは「ひょっとしたら、おれも有罪かもしれない」と言う。
その夜、スメルジャコフは自殺する。それは、イワンとの繋がりが幻想であったことに気づいたからかもしれない。
裁判では、イワンは、自分がスメルジャコフを唆し、スメルジャコフがフョードルを殺したのだと証言した。 しかし、イワンの証言は聞いてもらえず、ドミートリーはシベリア流刑となる。
イリューシャが病気で死ぬ。アリョーシャによる追悼の言葉に、コーリャは「カラマーゾフ万歳!」と叫ぶ。 これは、書かれなかった第二の小説への導入だと考えられる。1866年4月にはアレクサンドル二世暗殺未遂事件が起きている。 犯人は、ドミートリー・カラコーゾフ。「カラマーゾフ万歳!」は、革命派たちへの気遣いかもしれない。 第二の小説は、革命派と皇帝派との和解を目指していたのだろう。
アリョーシャは、カラマーゾフ派を始める。コーリャ・クラソートキンは、社会主義者で、優しさと冷たさを併せ持つ。コーリャは革命結社を組織する。 コーリャは皇帝暗殺を企てたことで逮捕され死刑判決が下されるが、恩赦によりシベリアに送られる。 アリョーシャは人知れず死に、その犠牲の上で、革命派と皇帝派が和解するのではないか。