新型コロナ7つの謎 最新免疫学からわかった病原体の正体

著者宮坂昌之
シリーズブルーバックス B-2156
発行所講談社
刊行2010/11/20、刷:2021/02/22(第5刷)
入手九大生協で購入
読了2021/07/22

新型コロナに関して、一度まとまって書かれたものを読んでおきたいと思って読んだ。 こういう大問題が起こると、玉石混淆の情報が乱れ飛び、何が本当だかよくわからなくなるけれども、 そういうときは基本に立ち返るのが第一である。それで、だいぶん情報のスクリーニングができる。 「エピローグ」に書かれている通り、マスコミ関係者の基礎知識が不足しているために、 粗雑な情報が乱れ飛んでいる。

全体的には、新型コロナウイルスに関する幅広い知見がまとまって書かれており、ありがたい。 ウイルスと免疫の関係は結構複雑なので、この本は、私が素人なりに知識を整理するのに有用だった。

おおむねわかりやすかったのだが、論理がぐちゃぐちゃになっているところもある。たとえば、第5章では、 (1) 集団免疫が成立する条件 (2) 何もしなければどのくらい感染が広がるか~とくに集団の非一様性の問題 (3) 「免疫=抗体」ではない、という3つの関連してはいるけれども別の話が、一緒くたに書かれている部分があって、 論理の整理が明快ではない。

サマリー

第1章 風邪ウイルスがなぜパンデミックを引き起こしたのか

第2章 ウイルスはどのようにして感染・増殖していくのか

SARS-Cov-2 は一本鎖のプラス鎖 RNA ウイルスである。プラス鎖というのは、ゲノム本体が mRNA として働くものである。 S (スパイク) タンパク質が、宿主細胞表面の ACE2 タンパク質に取りついて、宿主細胞に入り込む。 ACE2 は肺や腸の細胞に多くあるので、肺や腸に感染しやすい。 ACE2 は angiotensin-converting enzyme 2 の略で、血圧調節に関わる。 ウイルスは、宿主細胞に入り込んだら、宿主細胞の中のものを使って RNA とタンパク質を複製し、新たなウイルス粒子を作る。

SARS-Cov-2 が持っている非構造タンパク質 (NSP) のひとつに Nsp1 がある。これは I 型インターフェロンの産生を邪魔する。 このためウイルス排除がなされにくくなるとともに、風邪症状が現れにくくなる。

ウイルスが増えすぎると、細胞は死ぬことによってウイルスの増殖を抑える。細胞が apoptosis というプログラム細胞死によって死ぬと、 周囲の食細胞が食べてくれて、炎症も起こらない。necrosis によって死ぬと、細胞膜が破壊され、中身が周囲にまき散らされるので、 炎症反応が起こる。necroptosis という apoptosis と necrosis の中間の死に方もある。これは apoptosis のようなプログラム細胞死の一種だが、 細胞膜は破壊されて、中身がまき散らされ、炎症が起こるという点では necrosis と同様である。

抗ウイルス剤には、ウイルスのはたらきのどこを阻害するかで、さまざまな種類のものがある。

ウイルスに対する検査として、PCR 検査、抗原検査、抗体検査がある。

第3章 免疫vs.ウイルス なぜかくも症状に個人差があるのか

免疫には、自然免疫と獲得免疫がある。

自然免疫には、物理的バリアー、化学的バリアー、好中球や単球による細胞性バリアーがある。 自然免疫においては、異物はおおまかに認識される。

獲得免疫は、リンパ球による記憶を持った免疫機構である。リンパ球は、異物の細かい種類を認識する。 リンパ球にはB細胞とT細胞がある。B細胞は抗体を作る。T細胞にはヘルパーT細胞とキラーT細胞がある。 ヘルパーT細胞は、B細胞に抗体を作らせると同時に、キラーT細胞に、ウイルスに感染した細胞を殺させる。

自然免疫が働くとき、食細胞(マクロファージ、単球、樹状細胞、好中球など)は、 各種の炎症性サイトカイン(TNFα、IL-6、IL-1、I 型インターフェロンなど)を放出する (TNF は tumor necrosis factor、IL は interleukin インターロイキン)。 すると、周囲の食細胞やリンパ球が活性化され、免疫機能が増強される。 そして、これらの炎症性サイトカインが、各種の風邪症状を引き起こす。 新型コロナウイルスは I 型インターフェロンの産生を抑えるので、風邪症状が出づらい。

自然免疫は、訓練されると強くなる。子供で新型コロナウイルスが重症化しやすいのは、 ワクチン接種を何度も受けているせいで自然免疫が強くなっているためかもしれない。

免疫は複雑なシステムなので、免疫力の強さを表す単一の指標はない。たとえば、どのような HLA 型を持っているかによって 特定の抗原に反応出来たりできなかったりする。

ウイルスの感染によって、傷ついたり死んだりした細胞は、リンパ節に入る。リンパ節では、樹状細胞が 傷ついた細胞や死んだ細胞を食べて、ウイルス抗原をペプチドに分解する。これらのペプチドが HLA クラス I、II 分子の どれかと結合すると、細胞表面に運ばれて、T細胞に提示される。この抗原に反応できるレセプターを持ったリンパ球が 特異的に増殖するのが、免疫記憶である。

ウイルスを不活化するのは、自然免疫、抗体、キラーT細胞がある。どれが最も効くかは、感染状態にもよるし、個人差も大きい。

第4章 なぜ獲得免疫のない日本人が感染を免れたのか

日本人では、比較的、感染者や死者が少ないのはなぜか?

BCG による自然免疫の訓練効果が一説である。BCG に限らず、多くのワクチンにも(どのワクチンでも良いわけではないが) 自然免疫の訓練効果があり、それが新型コロナウイルスの子どもへの感染と重症化が少ない一因かもしれない。 BCG 接種を行っている国々では新型コロナウイルスでの重症化や死亡が抑えられる傾向があるという話にも一定の説得力がある。 しかし、これには例外もあり、真偽のほどはよくわからない。

獲得免疫のT細胞の重要性も指摘されている。似たウイルスにすでに感染したことがある人のヘルパーT細胞が 新型コロナウイルスに対しても反応するという話である。これが良い方に働くのならば良いのだが、悪い方に働く可能性についても 検討が必要である。

東アジア人が重症化しにくいのだとすれば、血栓ができにくい体質と関係しているのかもしれない。東アジアには 血栓形成を阻害する薬であるワルファリンが効きやすい遺伝子を持っている人が多いことが知られている。

第5章 集団免疫でパンデミックを収束させることはできるのか

イギリスやスウェーデンは、最初、行動規制をせずに集団免疫を目指そうとしたが、失敗した。

基礎再生産数を R0 とすると、全集団の (1-1/R0) が感染すると集団免疫が獲得される。 基礎再生産数を 2.5 とすると、全集団の 6 割が免疫を持てば、集団免疫が成立する。

各時点での再生産数を見積もったものを実行再生産数 Rt という。

免疫=抗体と考えられることが多いが、これは以下の意味で誤りである。

第6章 免疫の暴走はなぜ起きるのか

病原体がやってくると、各種のサイトカインが働く。このプロセスを詳しく見てゆく。

RNA ウイルスが細胞に侵入すると、異物レセプターの TLR7, RIG-I, MDA5 などが働く。

  1. TLR7 にウイルス RNA が結合すると、転写因子 NFκB がリン酸化され、核内に移動し、炎症性サイトカイン遺伝子の プロモーター部分に結合する。その結果、炎症性サイトカインが産生される。
  2. RIG-I や MDA5 にウイルス RNA が結合すると、転写因子 IRF3 や IRF7 がリン酸化され、核内に移動する。そして、 I 型インターフェロン遺伝子と III 型インターフェロン遺伝子のプロモーター部分に結合し、I 型と III 型のインターフェロンが産生される。
新型コロナウイルスでは、このうちの2番目の経路がうまく機能しなくなる。ウイルスが作る蛋白質が I 型インターフェロン遺伝子の活性化を抑えたり、 RIG-I の産生を抑えたりする。この結果、初期の抗ウイルス応答が抑制されてしまう。ところが、重症化するときは、 やがてインターフェロンと炎症性サイトカインの産生が急増し、免疫が暴走して、肺をはじめとする臓器の炎症が悪化する。

やがて炎症が悪化する経路には次の3つがあると考えられている。

  1. メカニズムはよくわかっていないが、炎症性サイトカインやケモカインが大量に作られるようになる。
  2. 新型コロナウイルスが血管内皮細胞に感染して、血栓症を誘導する。
  3. 最初は I 型インターフェロンの産生が抑制されるのに、やがて異常に増えるようになる。すると、アンジオテンシン II という 一種のサイトカインが過剰に分泌され、炎症反応が刺激される。
これらの結果、炎症が多数の臓器で起こるとともに、免疫系が疲弊する。これが免疫の暴走である。

重症化するかどうかのポイントは、初期に I 型インターフェロンが十分に作られるかどうかである。 基礎疾患として慢性炎症がある人は、新型コロナウイルスによってさらに炎症がひどくなって重症化しやすい。 ただし、サイトカインストームとは異なる重症化経路もあるらしいことが最近分かってきた。

以上のサイトカインストームの仕組みから考えて、 新型コロナウイルスの治療薬としては、炎症性サイトカインの働きをおさえる薬が有効で、 たとえばアクテムラやバリシチニブなどが使われている。

第7章 有効なワクチンを短期間に開発できるのか

ワクチンを作るのは一般に難しい。以下のような問題があるからである。

  1. 抗体には、善玉抗体(中和抗体)、役なし抗体、悪玉抗体(抗体依存性感染増強 ADE)がある。 どのタンパク質を抗原とするかが重要で、それによって善玉抗体が出来たり、役なし抗体が出来たり、悪玉抗体が出来たりする。
  2. ヘルパーT細胞とB細胞の両方を活性化しないといけないが、それらが同じタンパク質によってなされるとは限らない。
  3. 免疫が働くためには、ヘルパーT細胞の Th1 細胞と Th2 細胞がバランス良く活性化されなければならないが、 ワクチンの刺激でこのバランスが崩れて、アレルギー性炎症を起こすことがある。これを抗体非依存性過敏反応という。
  4. 時間とお金が膨大にかかる。安全性や有効性をしっかり確認しないといけないし、規制や管理も厳密にしないといけない。
  5. 慎重なリスク評価が必要。重篤な副反応には (1) アナフィラキシー (2) 生ワクチンによる原病の発症 (3) 脳症・脳炎 (4) ギラン・バレー症候群などがある。
  6. ワクチン効果が長続きしない場合がある。

現在、さまざまの種類のワクチンが開発されている。

  1. DNA ワクチン。プラスミドベクター、アデノウイルスベクターなどを用いて DNA を送り込む。ウイルスベクターを使う場合の 問題点として、そのウイルスに対する免疫反応が起こる可能性がある。
  2. RNA ワクチン。脂質の袋の中に RNA を入れて投与する。
  3. 不活化ワクチン。問題点としては、中和抗体、役なし抗体、悪玉抗体のいずれもできる可能性があり、どれができやすいかを 慎重に見極める必要がある。
  4. タンパク質サブユニットワクチン。ウイルスの特定のタンパク質だけを抗原にする。ワクチン製造に時間がかかるのが問題。
  5. 弱毒性ワクチン。安全性をしっかり確認する必要がある。

抗体を利用した治療法にも期待が高まっている。

  1. 血漿移入療法。恢復者の血漿を感染者に移す。問題点としては、悪玉抗体や役なし抗体が存在する可能性、別のウイルスが入っている可能性などがある。
  2. 人工抗体。恢復者のB細胞から抗体遺伝子をクローニングする。それを用いて細胞の中で人工的に抗体を増やして精製し、投与する。