新型コロナワクチン接種記念で読んでみた。本書は 2019 年 12 月発行なので、SARS-CoV-2 以前に書かれたものだが、
SARS-CoV-2 に関して、2020 年 2 月付の「まえがき」と 2020 年 5 月付の「緊急レポート Ver.2.0」が付け足されている。
ともかく基本的には新型コロナ以前の本なので、免疫とワクチンの一般的な解説である。
本書の目的の大きなものは、一般人のよくある疑問に答えようということがあるようで、
ワクチンの各論(第4章)やいわゆる「免疫力」(第8章)についての解説にけっこうページを割いてある。
第4章では、インフルエンザと子宮頸癌 (HPV) についてページ数を多く割いてある。接種の勧奨をするかどうかが
とくに問題になっているためだろう。著者は、どちらも接種を勧めている。
インフルエンザワクチンがあまり効かないというのは知っていたが、50 歳以上では有効率が 20 % しかないと
いうのは知らなかった (4-1-E 節)。そうはいっても、死亡リスクは下がるということから、著者は高齢者への接種を
勧めている (4-1-F,G 節)。最近、国立感染研の長谷川秀樹氏の講演を聴く機会があったが、それによると、
インフルエンザワクチンが感染防止に効かない一つの理由は、ウイルスが感染するのが上気道の上皮細胞であるのに対して、
ワクチンで誘導される IgG 抗体は上気道の表面の粘膜まではあまり行かないことによるのだそうである。
そこで、長谷川氏は粘膜に多い IgA 抗体を誘導するための経鼻ワクチンを開発しておられ、製品化に近づいているとのことであった。
SARS-CoV-2 で大きく変わったこともある。本書の時点では、RNA ワクチンは、ジカウイルスに対するものが既に
できていたということではあるが (7-1 節)、まだまだ広く使われているわけではなかった。それが、新型コロナウイルスで
一躍広く使われるようになった。RNA ワクチンは、素人から見ると急に出てきたもののようではあったが、
すでに実用に近い準備段階にあったことが分かる。
本書の時点では、マスクは感染予防に効果的ではないと書いているのに驚く (1-5 節)。
一応「他人に風邪をうつしにくくなる」という効果はあるだろうとはしているが、全体的には否定的である。
現在では、
宮坂氏もマスクの防御効果を認めているし、
WHO もマスクを推奨しているし、理窟から言っても飛沫感染を抑える力があってよさそうだ。
そもそも従来は、マスクの効果をちゃんと調べていなかったのだろう。それが、新型コロナウイルスのおかげでマスクの効果が
測定されるようになり、こういう何でもない日常的な事柄に関する医学の常識が変わったということだろう。
医学というのは、存外日常的なことをきちんと調べていないものである。
サマリー
第1章 病原体の侵入・拡散を防ぐからだのしくみ
われわれの体には「自然免疫機構」と「獲得免疫機構」がある。「自然免疫機構」には、物理的バリアー、化学的バリア―、
細胞性バリアーがある。「獲得免疫機構」では、リンパ球と樹状細胞という2種類の白血球がはたらく。リンパ球には免疫記憶がある。
病原体には、細菌、真菌、ウイルスなどがある。病原性のない細菌、真菌、ウイルスもたくさんあって、われわれに
利益をもたらしている可能性が高い。
細菌とウイルスでは、免疫機構の働き方が異なる。
- 細菌はマクロファージが食べる。同時に炎症性サイトカインが放出されて、
樹状細胞が刺激され、リンパ球に細菌産物を提示する。リンパ球は抗体を作る。
- ウイルスが宿主細胞で増殖を始めると、I 型インターフェロンが分泌されて、ウイルスや宿主細胞の増殖を抑える。
マクロファージは死んだ宿主細胞を食べる。樹状細胞は、リンパ球にウイルス由来抗原を提示する。
リンパ球は抗体を作る。さらに、Tリンパ球が活性化されて、感染細胞を殺す。
病原体は、特定の受容体(鍵穴)がある細胞に感染する。そこで、病原体によって感染する細胞の種類が異なる。
第2章 ワクチンとはなにか
ワクチンの開発は 20 世紀に急速に進み、今では 26 の病気がワクチンで予防可能とされている。
[吉田注] 表2-1 に VPD (vaccine preventable disease) として 26 挙げられているが、
その中にはワクチンがまだあまり広くは認められていないE型肝炎、デング熱、マラリアも含まれている。
ワクチンには以下のような種類がある。
種類 | 内容 | デメリット |
生ワクチン | 生きた病原体の感染性を低下させたもの | 稀に病気を起こす。 |
不活化ワクチン | 病原体の感染性を失わせたもの | 増殖しないので複数回の接種が必要。 |
トキソイド | 病原体の毒素の毒性を除去したもの | 感染自体は防げない。 |
遺伝子組み換えサブユニットワクチン | 感染に関わるタンパク質サブユニットだけを精製したもの | 複数回の接種が必要。 |
多糖類・タンパク質結合型ワクチン | 細菌の細胞壁の多糖類とTリンパ球を刺激するタンパク質を組み合わせたもの | 複数回の接種が必要。 |
ワクチンの投与経路には、皮下注射、筋肉注射、経鼻投与、経口投与がある。日本では、歴史的理由により注射は皮下注射が多いが、
筋肉注射の方が局所反応が小さい。
ワクチン開発には費用と手間が膨大にかかる。
第3章 ワクチンを接種する前に知っておきたいこと
- ワクチンには、定期接種のものと任意接種のものがある。
- ワクチンには、効きが良いものと悪いものとがある。それを何が決めているのかは、あまりよくわかっていない。
- ワクチンの効果が長続きするものとしないものとがある。それがなぜなのか、あまりよくわかっていない。
- ワクチン接種の効用としては、個人を守るということだけではなく、集団免疫の効果で社会を守るということもある。
- ワクチンはゼロリスクではなく、重篤な副反応が起こることもある。それには、アナフィラキシー、生ワクチン接種による
原病の発症、脳症、ギラン・バレー症候群などがある。
- ワクチン接種による健康被害に対しては、補償制度があるが、実際の運用上は認定が過小だという問題がある。
第4章 感染症別―ワクチンの現状と問題点
感染症とワクチンの関係の各論。インフルエンザ、子宮頸癌、麻疹、風疹、水痘、百日咳、ジフテリア、破傷風、ポリオ、
おたふく風邪、B型肝炎、ヒブ感染症、肺炎球菌、ロタウイルス、結核、日本脳炎の 16 種類が取り上げられている。
これは、表 2-1 にある WHO がワクチンによって予防できるとしている病気 26 からコレラ、髄膜炎菌、A型肝炎、チフス、
E型肝炎、ダニ媒介性脳炎、狂犬病、黄熱病、マラリア、デング熱を除いたもので、ワクチンが認められているとは言い難いものや
日本であまり問題にならないものは除いたということだろう。
個別のワクチンに対する著者の考えも述べられている。取り上げられている 16 種類の病気のワクチンのほとんどすべての
接種を著者は勧めているが、日本脳炎だけはワクチンが原因の脳炎の可能性があるということで、それほど勧めていない。
第5章 免疫記憶とはなにか?
- 自然免疫系
- 「食細胞」は、病原体を食べるとともに、「炎症性サイトカイン」を産生する。
- 食細胞には、マクロファージ、単球、樹状細胞、好中球などがある。
- 樹状細胞は、異物を分解して、細胞表面に提示する。これをリンパ球が読み取る。
- 自然免疫系細胞には、異物センサーがある。異物センサーには数十種類ある。
- 異物センサーが認識する相手は大きく分けて2種類ある。一つは病原体成分由来の PAMP (pathogen-associated molecular pattern) で、
もう一つは細胞が壊れた時に放出される DAMP (damage-associated molecular pattern) である。ワクチンと一緒に投与される
アジュバントには DAMP を作らせるはたらきがあったり、それ自身が PAMP であったりして、自然免疫を刺激する。
- 獲得免疫系
- リンパ球が主役。リンパ球にはBリンパ球、ヘルパーTリンパ球 (CD4)、キラーTリンパ球 (CD8) がある。
- リンパ球は抗原レセプターで抗原を認識する。一つのリンパ球は、1種類のレセプターしか持たず、1種類の抗原しか認識できない。
- Bリンパ球は、刺激を受けるとプラズマ細胞に分化して抗体を作る。
- CD8 Tリンパ球は、ヘルパーTリンパ球の助けを受けて、キラーTリンパ球に分化する。キラーTリンパ球は、感染細胞を殺す。
- 二度無しの原理
- 1回感染したりワクチンを接種したりすると、「メモリー・リンパ球」が増えて、その抗原に対する反応が速くなる。
Bリンパ球であれば、抗体をすみやかにたくさん作るようになる。
- Tリンパ球の増殖
- Tリンパ球が増殖するには、抗原提示細胞(代表的には樹状細胞)が表面にある MHC 分子に抗原ペプチドを乗せて、
それがTリンパ球の表面にある TCR というレセプターに結合する必要がある。
- MHC はヒトでは HLA とも呼ばれ、個人ごとに異なる。
- MHC にはクラス I とクラス II の2種類あって、クラス I は CD8 Tリンパ球と結合し、クラス II は CD4 Tリンパ球と結合する。
- MHC (HLA) の型によっては、特定の抗原ペプチドとは結合しないものもある。そういう人の場合、その抗原に対するワクチンが効かなくなる。
- 免疫記憶の持続期間
- 免疫記憶が長続きするものとしないものがあるが、それがなぜなのかはよくわかっていない点も多い。
- 麻疹の免疫は長続きする。長寿プラズマ細胞が誘導されるためらしい。
- インフルエンザワクチンの効果は長続きしない。理由はよくわかっていない。
第6章 がん免疫療法は「不治の病」を克服できるのか?
癌免疫療法は、免疫の力で癌細胞を殺そうとするものである。
- 癌ワクチン
- 正常細胞に無くて癌細胞にだけある抗原を「癌抗原」もしくは「ネオ抗原」と呼ぶ。その多くは免疫系をあまり刺激しないが、
中には免疫系をある程度刺激するものがある。それをワクチンとして使うというのが、癌ワクチンである。
- 癌細胞の表面に MHC 分子が消えていると癌免疫が効かない。
- MHC 分子は人によって種類が異なるため、それに結合するネオ抗原の種類も人によって異なる。
さらに、ネオ抗原の種類は癌細胞の種類によっても異なる。そこで癌ワクチンは個別の事例ごとに変える (personalized medicine)
のが望ましいが、高額な治療費が必要になる。
- 免疫抑制機構と癌
- 免疫の暴走を止める抑制機構が体には備わっている。癌細胞はそれを使って免疫を逃れることがある。
- 制御性T細胞は、免疫反応にブレーキをかけるはたらきがある。癌はこれを増やすと考えられている。
- Tリンパ球には CTLA-4 や PD-1 といった免疫を弱める信号を送る分子がある。こういった分子を
免疫チェックポイント分子と呼ぶ。癌患者のTリンパ球ではでは免疫チェックポイント分子の発現が増えている。
PD-1 のはたらきを阻害するのが「オプジーボ」という薬である。ただし、PD-1 が発現していなかったり、
癌細胞上に PD-L という PD-1 結合分子が発現していなかったりすると効かない。
- 自然免疫系ではたらくチェックポイント分子があることも最近分かってきた。
- 丸山ワクチン
- 丸山ワクチンは結核菌からの抽出成分で、自然免疫系を強く刺激するものだと推測される。そうだとすると、
癌に効くためにはさまざまな条件が満たされている必要がある。
- 癌に対する細胞療法
- 免疫細胞の力を利用する細胞療法のいろいろ:T 細胞療法、樹状細胞療法、NKT 細胞療法、CAR-T 療法。
いずれも広く使われる段階には至っていない。
第7章 「夢の新型ワクチン」研究の最前線
新しいタイプのワクチンの紹介。節タイトルを列挙すると、DNA ワクチン、RNA ワクチン、
高血圧やアルツハイマー病を治すワクチン、花粉症ワクチン、痛くない(注射針を必要としない)ワクチン、
全員に効果を示す副作用のないワクチン。いずれもまだ広く使われる段階には至っていない。
本書出版後の COVID-19 禍で RNA ワクチンが広く使われるようになった。
第8章 「免疫力を強くする」のウソ・ホント
免疫というのはメカニズムが複雑で多くの要素があり、また個人差も大きいことから、免疫力全体を
評価する指標はない。免疫力を強くする確実な方法は、ワクチン接種しかない。血流、リンパ流を良くするのは
免疫にとって良いことなので、ゆっくりした筋肉運動とかゆっくり体温を上げることは免疫系の機能を向上させる。
過剰なストレスは免疫力を全般的に低下させる。一方で、免疫力が強すぎるのも慢性炎症を起こす可能性がある。