アレクシエーヴィチ 戦争は女の顔をしていない

著者沼野 恭子
シリーズNHK 100分de名著 2021 年 8 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2021/08/01(発売:2021/07/25)
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読了2021/08/31

『チェルノブイリの祈り』などでノーベル賞を受賞した作家がいるというのは知っていたが、作品を読んだことはなかった。 人々の証言を編むという形の文学を創造したということのようだ。そういえば、石牟礼道子の『苦海浄土』も似たような コンセプトの小説であった。ただ、『苦海浄土』の方は証言をそのまま使っているわけではなくて、作者が被害者を代弁して 創作している部分も多いようだが。

『戦争は女の顔をしていない』は戦争の悲惨を語りかける。20 世紀以降、戦争は誰にとっても悲惨なものになった。 その一つの側面が見事に描き出されている。

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 証言文学という「かたち」

『戦争は女の顔をしていない』基本情報

アレクシエーヴィチ基本情報

作品と解説

作品より解説
  • 旧ソ連では、第二次世界大戦を大祖国戦争と呼ぶ。女性も多く従軍した。
  • マリヤ・モローゾワ兵長は 75 人を殺した狙撃兵だった。18 歳の時戦争が始まった。 「初めて「狩り」に出た時、敵と言っても人間だということがひらめいた。撃った後も震えが激しくなった。 これは女の仕事じゃない。」
  • 兵士の主な年齢は 18~25 歳。
  • タイトル「戦争は女の顔をしていない」は、アレシ・アダモヴィチ『屋根の下の戦争』から取ったもの。
  • アダモヴィチによる証言集『燃える村から来た私』をお手本にしてアレクシエーヴィチは書き始めた。 そうして、アレクシエーヴィチは「ユートピアの声」五部作を世に問うた。
  • アレクシエーヴィチは、できるだけ自分を出さないように書いている。証言に語らせる。
  • ローラ・アフメートワ二等兵の証言「戦争で一番恐ろしかったのは、男物のパンツをはいていること。」。 聞き手のアレクシエーヴィチは泣いてしまう。
  • 序文より:男の作家からは、女性が作り話をすると警告された。
  • 作者は、大きな内容を秘めたちっぽけな人たちを捜している。
  • 「ちっぽけな人」を描くのはロシア文学の伝統。
  • アレクシエーヴィチは、「ちっぽけな女性」に光を当てた。
  • アナスタシア・ジャルデツカヤ上等兵(衛生指導員)の証言 「包帯のガーゼで花嫁衣裳を作った。夫は、恋愛のことは話すな、戦争のことを話せと言った。」
  • アレクシエーヴィチは、「大文字の歴史」が取りこぼしてきたものを掬い上げていく。
  • 男性の語りと女性の語りは違う。妻が気にしていることは、夫は気にしていない。

第2回 ジェンダーと戦争

背景

1941 年、ソ連では女性の動員が可能になった。百万人近くの女性が従軍することになった。

作品と解説

作品より解説
  • 狙撃兵のクラヴヂヤ・クローヒナの証言「初めての時は怖かった。ソ連兵の死体を見てから、 敵を殺すことに憐みの気持ちを感じなくなった。 戦争が終わるまで母親はずっと待ってくれていた。母親は、自分が不具にならないように願っていた。」
  • マリヤ・カリベルダ軍曹の証言「「やっぱり女は」と言われたくなかった。」
  • ソ連は共産主義で建前として男女平等である一方、古い社会的な規範も残っていた。二重に負担がかかっていた。
  • 権力は、女性を思うように利用した。
  • 生理が無くなったという証言が多く見られる。
  • 長いおさげ髪を切らないといけなくなって、女性たちは涙を流した。
  • 女性の語りの特徴は、身体性の記述。
  • 農村では、女性は髪の毛を長く伸ばして三つ編みにしていた。結婚するときになって、三つ編みをほどいた。
  • 紀貫之が『土佐日記』を書いたとき、娘の死で悲しみに暮れていた。それで女の言葉を使った。 おんな語りということが、本作品にも通じる。
  • 外科医ヴェーラの証言「お店でハイヒールを買った。戦争の中に身を置きながら、戦争のことを考えたくなかった。」
  • 運転手タマーラの証言「スミレの花束をライフルにつけて帰った。スミレのせいで罰当番を課せられた。」
  • オリガ・ワシーリエヴナの証言「恥ずかしい姿で死にたくなかった。殺されたくないと思うより、顔を隠した。」
  • ソフィア・クリーゲリ狙撃兵の証言「私を救ってくれたのは恋です。」
  • パルチザンのワレンチーナ・イリケーヴィチの証言「ある女性は、子供たちを5人殺された。最後の子供は、 彼女自身の手で殺さざるを得なかった。」
  • 日常性と戦争の惨たらしさの対比
  • 恋愛については語りたがらない人が多かった。語ってくれた証言は印象的。
  • 女性の語りは戦争を異化する。

第3回 時代に翻弄された人々

作品と解説

作品より解説
  • 航空整備士のエヴゲーニア・サプローノワ軍曹の証言「私の思いは、前線へ!前線へ!でした。」
  • タマーラ・ルキヤーノヴナ・トロプ二等兵の証言「あの人たちが信じたのはスターリンでもレーニンでもなく、 共産主義という思想です。」
  • プロパガンダが溢れていた「母なる祖国が呼んでいる!」。プロパガンダ用の父親はスターリン。
  • 「聖なる戦争」という歌もプロパガンダとして使われていた。
  • 戦後もプロパガンダが続いていた。共産主義に誇りを持っている人も多い。
  • 捕虜になっていた人たちは、シベリアの収容所に送られた。彼らは、ヨーロッパの暮らしを見てきたから。
  • 捕虜になることよりも死を選ぶ兵士もいた。
  • 第二次大戦におけるソ連の戦死者は 2000万~2700万人。
  • 捕虜の話はソ連では長いことタブーで、初版の時には削除された。
  • 狙撃兵のクラヴヂア・Sの証言「「戦地のあばずれ、戦争の雌犬め…」と言われた。」
  • 射撃兵のエカテリーナ・サンニコワ軍曹の証言「近所の既婚女性たちからいじめられた。 「戦地ではたくさんの男と寝たんでしょ?」と言われ、共同台所で料理に塩や酢を入れられた。」
  • タマーラ・ステパノヴナ・ウムニャギナ赤軍伍長の証言「戦後はまた別の戦いがあった。 男たちは私たちを置き去りにした。かばってくれなかった。戦地では違ってた。」
  • 女性兵士は、戦後社会から差別された。良妻賢母という古い社会規範から外れていたから。
  • 男がたくさん戦死したので、女が余った。それで、女性からいじめを受けた。
  • 戦後は、戦地と違って、男は守ってくれなかった。
  • 検閲官の言葉「英雄的な手本を探そうとすべきだ。あなたは戦争の汚さばかりを見せようとしている。」
  • 検閲官の言葉「小さな物語など必要ない。我々には大きな物語が要るのだ。勝利の物語が。」
  • わが国の勝利に二つの顔がある。すばらしい顔と恐ろしい顔が。
  • ニーナ・ヴィシネフスカヤ曹長は、著者に小さな物語をたくさん語った。けれど、後に 彼女は「愛国的な仕事に関する公式報告書」を送ってきた。一人の人間の中にも二つの真実がある。
  • ニーナ自身が自分の検閲をする。建前と本音が乖離する。
  • 人々の心と態度の揺れが記録されているという意味で、ペレストロイカという時代を象徴する本になっている。

第4回 「感情の歴史」を描く

作品と解説

作品より解説
  • 『セカンドハンドの時代』より:私は、歴史家の目でなく、人文学者の目で世界を見る。
  • 私は大きな物語を一人の人間の大きさで考えようとしている。
  • 道はただ一つ。人間を愛すること。愛をもって理解しようとすること。
  • アレクシエーヴィチは、自分の作品を「声によるロマン」と呼んでいる。オーラル・ヒストリーではなく文学であるとしている。
  • アレクシエーヴィチは、苦しみから生まれた言葉をそのまま提示する。「人は苦しむと、気高い声で話すようになります。」
  • ロシアでは、ドラマや演劇版ができた。日本では、コミック版が出版された。
  • オリガ・オメリチェンコ衛生指導員の証言「医師から、あなたはトラウマを受けたのだと言われた。」
  • マリヤ・エジョワ衛生輜重(しちょう)の証言「戦後、助産婦をしたが長く続かなかった。血の匂いが我慢できなかった。赤いものは何でも受け付けない。」
  • 地下活動家リュドミーラ・カシェチキナの証言「ナチスから拷問を受けた。それ以来、電気恐怖症なの。」
  • 女性たちは戦後も苦しんだ。
  • アレクシエーヴィチは、共感 (empathy) を持って描いている。
  • 軍医のエフロシーニヤ・ブレウス大尉の証言「ドイツ人捕虜にパンを分けてやった。他の兵隊も粥を分けてやった。」
  • 衛生指導員のタマーラ・ウムニャギナの証言「傷ついたドイツ兵もロシア兵もいた。 ねえ、あんた、一つは憎しみのための心、もう一つは愛情のための心ってことはありえないんだよ。人間には心が一つしかない。」
  • 敵兵に寄せた共感も語られている。
  • アレクシエーヴィチは動物への共感も描いている。
  • 『チェルノブイリへの祈り』では自然への共感も書かれている。

ソ連のその後

アレクシエーヴィチから学ぶこと

他者の声を聞く。そしてそれを我が事として引き受ける。