正月にうっかり借りて読み始めたら止まらなくなって、三が日で読破した。
少年漫画の一つのパターンとしての、試練、友情、戦いをいろいろ経験して、最後は大団円に至るという大筋は
よくあると言えばよくあるのだが、設定が秀逸で、最終的にもかなりアクロバチックにケリをつけているところがすごい。
最初の設定はショッキングで、人食い鬼の食べ物として子供たちが農園で育てられているものだ。
子供たちが、苦難を経験して人間的に成長しながら、そのディストピアから脱出して、人間世界に戻るという
その設定からすれば自然な成り行きの大筋にしたがっているのだが、随所に工夫があって、飽きさせない展開になっている。
際立った特徴は、子供たちをできるだけ死なせないで脱出させるというやり方だ。少しずつ仲間が死んでいって
少数精鋭だけ生き残るというストーリーもありえた(そちらの方が普通そう)と思うが、この物語は、
生きる、協力するというメッセージを強く打ち出して、それを主人公エマが体現するという形をとっている。
登場人物を完全に善と悪に分けていないのも工夫されたところである。とびきりの善人であるエマと
悪の権化である鬼の女王レグラヴァリマは、それぞれ善と悪以外の何物ではないように描かれているが、
それ以外には少し陰影を付けてある。たとえば、GF 農園の管理者のママ・イザベラは、最初のうちは悪人として
描かれるが、最後には改心した善人として描かれる。最後は、子供たちを守ろうとして鬼に殺されるという形で、
最初の方の悪が償われる。少年漫画だから結論はあんまり不条理なことにはならず、このように悪はそれなりの
報いを受ける。
「約束のネバーランド」というタイトルの解読をしておく。まず、表面的な解釈から。「約束」は最後まで読むとわかるが、
エマが鬼の頂点と交わした約束である。一方「ネバーランド」は、ピーター・パンに由来する。
ピーター・パンの「ネバーランド」の住人は年を取らないわけだが、本書の「ネバーランド」は、
ある程度の年齢になると鬼に食われるゆえに子供たちだけが住んでいる場所である。
うがった解釈はいろいろありうるだろう。「約束」に関しては、本書にはほかの約束も出てくる。
そもそも、こういう子供農園ができたのは、1000 年前の人間と鬼の密約に基づくもので、そうした人間と鬼の約束の総体を
指しているのかもしれないし、そうした密約のために子供農園=ネバーランドができたのだから、タイトルの解釈としてはこちらの方が良いかもしれない。
「ネバーランド」に関しては、
Wikipedia 日本語版によると、「童話「ピーター・パン」でピーター・パンの仲間に子供しかいないのはピーター・パンが成長した子供を殺しているから」
という俗説もあるのだそうで、こっちの方が子供農園にぴったりではある。
あらすじ
人食い鬼がいる世界の「農園」で人間の子供たちが育てられている。ある程度育ったら鬼の食料になることになっている。
その農園はグレイス・フィールド(GF)という名前だった。そこの子供たちにはもちろん何も知らされておらず、
ある日突然里親にもらわれてゆくと言って連れ出され、殺される。
あるとき、中の子供たちの家でとくに頭の良いノーマン、レイ、エマの3人がその秘密に気付き、脱出を企てる。
ノーマンは他の子供たちに脱出の糸口を残して「出荷」される。残されたレイとエマが5歳以上の子供たちを引き連れて脱出する。
4歳以下の子供たちは、少なくとも2年は出荷されることはないので、後で助けに来ると約束して農園に残す。
ところが、脱出してみると、外の世界は鬼の住む森だった。途中、鬼の仲間のムジカとソンジュに助けられるという
エピソードを経て、何とか謎の人物「ミネルヴァ」がいるはずの B06-32 シェルターにたどり着くが、
そこにはミネルヴァはおらず、13 年前にグローリー・ベル(GB)農園を脱出してきた謎の男「オジサン」
(のちにユウゴという名前だと分かる)がいただけだった。ほかの子供たちをシェルターに残して、
レイとエマはユウゴとともにミネルヴァが残した暗号が示す次の地点 A08-63 に向かう。
エマが何かに捕まり、A08-63 のゴールディ・ポンド(GP)に連れて来られる。そこは、人食い鬼たちが子供たちを狩る秘密の狩場だった。
そこで、エマは生き延びてきた少年少女たちに出会う。彼らはグランド・ヴァレー(GV)農園出身でこの狩場に送られてきていた。
彼らをまとめているのは、年長のルーカスだ。ルーカスは人食い鬼たちを倒す計画を練っている。ルーカスとエマは、
ミネルヴァが残した秘密の部屋を見つける。ミネルヴァの本名はジェイムズ・ラートリーで、子供たちを逃がそうとしているが、誰かに
阻まれたらしい。彼は、子供たちが人間の世界に抜け出すためのいろいろな情報を残していた。
ノーマンは、殺されておらずΛ7214という新農園に連れて来られていた。
A08-63 の子供たちは反乱を起こす。人食い鬼たちを次々に倒してゆく。しかし、最後に残ったレウウィスは最強で、
そのころには子供たちにも死傷者が数多く出て、初期の計画通りにレウウィスを倒せずピンチが訪れる。
そこへ、レイとユウゴが現れる。死闘の末、子供たちはレウウィスを倒し、GP を破壊する。エマは重傷を負うが、
B06-32 シェルターで手当てを受けて助かる。
次の試練は、人間世界の支援者に何とか連絡を取ることだ。何とか連絡が取れたが、今支援者は粛清されつつあり、
状況が困難とのことで、すぐには会えないということだった。敵は、ラードリー家の当主、ピーター・ラードリーで、
ピーターは先代当主ジェイムズ(=ミネルヴァ)の弟だった。
子供たちの住んでいる B06-32 シェルターに、ラードリー家の追手がやってきた。アンドリューをリーダーとする8人組だ。
子供たちは逃げようとするが、非常口は追手に抑えられた。子供たちは敵の知らない通路を通って何とか外に脱出する。
大人のルーカスとユウゴがしんがりで子供たちを逃がす。二人は追手と死闘を演じ、最後は追手もろとも自爆する。
子供たちは洞窟に逃げ込む。アンドリューが生き残って追ってきたが、最後は人食い鬼に食べられてしまう。
子供たちはその洞窟も安全ではないことを知り、ふたたび逃げる。
今度のてがかりは、「ミネルヴァ」からシェルターにかかってきていた電話だ。彼らは「ライオンのあご」を目指す。
旅の途中、子供たちは、鬼に包囲されている二人の子供ハヤトとジンを見つけて助ける。彼らは「ミネルヴァ」の使いで、
子供たちをアジトに導く。子供たちが「ミネルヴァ」に会いに行くと、それはノーマンだった。ノーマンはΛ農園を
破壊して脱出してきていた。ノーマンは「鬼」とは何かを説明する。それは、食べたものの遺伝子を取り込むことができる
生物だった。ヒトを食べた一族は言語や文化を獲得しヒトを超え「鬼」となった。一方で、鬼は人間を食べ続けなければ
生きていけなくなった。そこで、農園を潰せば鬼は滅ぶというのがノーマンの考えだ。
エマは、鬼も殺したくないとレイに相談する。それをノーマンにも相談しようとするが、その前に、超人的な能力を持つ
シスロ、バーバラ、ヴィンセントと話をすることになる。ここからいろいろな勢力の思惑が交錯し、ストーリーが複雑化する。
ノーマンは、鬼のギーラン卿と協定を結ぶ。ギーラン卿は現在不遇なので、鬼の王・貴族と戦わせようという魂胆だ。
「邪血の少女」ムジカの秘密が明らかになる。彼女は人間を食べなくても生きていける。そして彼女の血を分けられた鬼は
人間を食べなくても生きていけるようになる。エマは、それで鬼と共存できる道があると主張するが、ノーマンは、鬼は
絶滅させなければならないと言う。エマとレイは、ノーマンが計画を成功させる前に「七つの壁」を見つけると言って旅立つ。
一方、鬼の王と貴族たちは動き出し、ノーマンはそれを利用しようとしている。ノーマンたちは進軍を始める。
エマとレイが入り込んだところは時空が歪んでいた。エマは、意識で時空を超えられることに気付く。レイはそれで
アジトに戻ってしまうが、エマは、鬼の頂点に会う。エマは、新たな約束を交わそうと持ち掛けるが、その代償は最後に判明する。
ノーマンは、ドンとギルダにムジカとソンジュを探し出して保護してほしいと言う。護衛はアイシェだ。アイシェは鬼に育てられた少女で、
育て親を殺したノーマンたちを憎んでいた。ドンとギルダはムジカに会う。ドンらを追っていたジンらがムジカを殺そうとするが、
ソンジュには敵わなかった。ドンとギルダはノーマンを止めに王都に向かう。
ノーマンの作戦は王都で成功し、ギーランと鬼の貴族たちを相討ちさせ、皆殺しにする。鬼の女王レグラヴァリマが
一番手ごわかったが、何とか討ち果たしたかに見えた。しかし、女王は復活した。ソンジュとムジカが現れて、子供たちを助ける。
そして、女王は食べた多くの命を消化しきれずに自滅する。一方、ムジカは町の鬼たちに血を与えて、人間を食べなくても
生きていけるようにする。支配者のいなくなった鬼の国は大混乱に陥るが、結局、ムジカを女王にすることで落ち着く。
その間、ピーター・ラードリーは、鬼たちを従えて、子供たちのアジトを襲い、子供たちを GF 農園に連れ去る。
ノーマン、エマ、レイらは子供たちの救出に向かう。ピーター・ラードリーを追い詰めると、彼は自決する。
子供たちは GF の地下から人間社会に脱出し、幸せに暮らす。エマは、一人だけ記憶を失くした状態で雪山に倒れている。
エマが鬼の頂点から引き受けた代償は「家族を失くす」ことだったのだ。エマは老人に拾われる。数年後、ノーマン、レイらは
エマを見つけて大団円となる。