レイ・ブラッドベリ 華氏451度

著者戸田山 和久
シリーズNHK 100分de名著 2021 年 6 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2021/06/01(発売:2021/05/25)
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読了2021/06/21

戸田山さんの著作で何度か引用されていた(と思う)『華氏451度』である。放送では、戸田山さんは、いきなり、 映画は好きだけど、本はあんまり好きじゃないんですけど、という驚きのお言葉を述べている。 その真意は最後まで行くとわかる。とくに小説の終わり方が気に入らないということであった。

戸田山さんの解説はいつもの通りわかりやすく、この小説の寓意がよく理解できる。 人間が過去に積み重ねてきた知恵の総体を大事にしましょうということで、 表面的な情報や偽の情報が溢れかえる現代にぴったりのメッセージになっている。

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 本が燃やされるディストピア

『華氏451度』はいかなる小説か

レイ・ブラッドベリ基本情報

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 主人公のモンターグは30歳のファイアマン(昇火士)。本を焼くのが仕事。
  • 物語の舞台は、本を読むことも所有することも禁じられている世界。
  • ある夜、モンターグはクラリスという少女と会う。隣の家に越してきた。去り際、モンターグはクラリスに「あなた幸福?」と問われる。
  • モンターグには自分の人生というものがない。
  • クラリスは、啓蒙小説における最初の「先生」。すぐに答えられない問いを発する。
  • 「クラリス」という名は clarity, clear を連想させる。聡明さ、啓蒙、光の象徴。「ろうそくの光」にも譬えられる。
  • モンターグの妻のミルドレッドは、いつも「巻貝」という小さなラジオを聴いている。
  • 帰宅したモンターグは、ミルドレッドが睡眠薬の飲み過ぎで死にかけていることに気付く。 間もなく救急から二人の男(オペレータ―)がやってきて、治療をした。
  • 翌朝、ミルドレッドからは昨夜の記憶が消えていた。彼女は、壁のスクリーンの中の人物と会話を交わす ドラマ(参加型ドラマ)に夢中になっている。
  • ミルドレッドは、いわばゲーム中毒。彼女は、バーチャルな家族とコミュニケートしている。
  • この社会の人は、半分死んだような生を生きている。
  • ミルドレッドの生活は、メディア依存で、純粋な消費者。
  • この社会は記憶がなくて忘れっぽいから、深く考えることがない。
  • 当時のアメリカは大量消費社会が本格的に始まって、皆テレビに夢中になった。一方で、「赤狩り」が猛威をふるった。 「赤狩り」では密告が奨励された。アメリカの人々は体制に順応(conform)していった。

このディストピアの特徴

第2回 本の中には何がある?

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • モンターグはクラリスと会話を交わすようになる。クラリスは、自然を楽しんでいる。
  • クラリスは、自分で考えている。クラリスは、モンターグに、あなたは昇火士らしくないと言われる。 あなたはなぜ昇火士になっているのかと問う。
  • ある日突然クラリスは姿を消す。
  • クラリスは、語らずに示す。クラリスは、答えずに問う。
  • モンターグが社会の中で異分子になりつつある。
  • モンターグたちは緊急出動する。そこには、年老いた女性がいた。
  • 昇火士たちは、屋根裏に大量の本を隠していた。女性は、油びたしになった本とともに自ら焼死する。
  • 老女は、メアリ―女王に火あぶりにされた人の言葉を言う。老女は自分自身を殉教者になぞらえている。
  • モンターグは、本は命をかけるに値するものだと知る。
  • ろうそくは、はかなさの象徴であるとともに、継いでゆく火という意味もある。ろうそくは照らすものでもある。
  • モンターグは、ミルドレッドとの生活が地獄であると気付く。ミルドレッドは、テレビ中毒、スピード狂、薬物依存。 ミルドレッドは何も考えていない。
  • モンターグもミルドレッドも、お互いの出会いがどういうものだったかを忘れている。
  • クラリスは、交通事故で亡くなっていた。
  • モンターグは禁じられた行動に踏み出してゆく。モンターグは、老女の家から本を盗んでいた。 実は、モンターグは、1年近く前から焼いていた本の一部を盗み出していた。
  • モンターグは、ミルドレッドと本を読むことを始める。
  • モンターグは、本の価値を探っていく。
  • 本の特性:書くのに時間がかかる、読むのに時間がかかる、立ち止まって考えられる
  • プラトンの洞窟の比喩:人々は洞窟の壁に映る影だけを見ている。これが私たちのあり方。人々の首を 後ろに向けて、洞窟から抜け出させることが哲人教育。
  • インターネットも洞窟のようなものかもしれない。人々は、モニターに映る影、自分が見たいと思う影だけを見ている。

第3回 自発的に隷従するひとびと

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 昇火士のベイティー隊長が、メディアの歴史についてモンターグに話をする。 20 世紀になると世の中がスピード化し、本は短くなってゆく。
  • 人文科学は役に立たないものとして疎んじられる。スポーツや娯楽が人気を博す。雑誌には漫画やグラビア写真が増える。
  • ベイティーは、3人目の「先生」。
  • 人が本を読まなくなった理由:(1) 社会の加速化 (2) 反省的思考から反射的思考へ (3) 単純化、ダイジェスト化、事なかれの均一化、低俗化
  • 「表現」は先入観を揺さぶる。その不快に対する抗議の声を恐れて、表現者が表現を手放してゆく。
  • 人々は自ら考えなくなってゆく。権力との関係は鶏と卵の関係。権力は人々が考えなくなるとてなづけやすいし、 人々は人々で手っ取り早く権力に頼る。
  • ベイティーは、こうした社会は、インテリへの憎悪へ向かうと言う。本は燃やすべき敵になった。 そこで、建物が防火建築になるとともに消火士が不要となったので、昇火士になった。
  • 焚書はエンターテインメントでもある。火は明るく清潔だ。
  • 国民には事実だけを詰め込み、物事を関連付けて考えさせない。すると、幸せになれる。
  • 反知識人という動きは昔からある。考えが複雑だし、常識と違うことを言ったりして、心の平安を乱すから。
  • 本を焼くのは人々の幸せを守るため。しかし、それが人々の思考や記憶を消し去ることになる。
  • 人々はすでに本を読まなくなっているので、昇火士の仕事は単なるパフォーマンス。
  • ベイティーは、モンターグを自分の後継者と見込んでいる。
  • ベイティーが雄弁であることにも注目すべき。言葉で誘惑するのは悪魔。ベイティーは悪魔的人物として描かれている。
  • モンターグは、元教師で知的な老人のフェーバーを訪れる。
  • フェーバーは、世の中が変わっていく間、自分は何も声を上げなかった、という後悔を述べる。
  • 書物から失われたものは (1) 本質的な情報 (2) 余暇の時間 (3) 行動を起こすための正当な理由。
  • フェーバーは、モンターグに小型の通信機を渡す。
  • 4人目の「先生」であるフェーバーは、典型的知識人。社会の変化を認識はしているけど、行動は起こさない。
  • 本質的な情報は、細部に宿っている。
  • じっくり考えながら読むには、ゆったりした時間が必要。
  • 何かの行動を起こさないといけない。そしてそのためにはしっかりした理由が必要。
  • テレビは、消費社会の消費アイテム。

第4回 「記憶」と「記録」が人間を支える

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 二人の婦人がミルドレッドとパーティーをする。彼女らはテレビの話しかしない。
  • モンターグは彼女らと会話を試みるが、うまくいかない。
  • モンターグは、彼女らの前で詩『ドーヴァー海岸』を読み始める。一人の婦人が泣き始める。 もう一人の婦人は、モンターグに腹を立てる。
  • 『ドーヴァー海岸』では、信仰に代わるものとして、人々の絆を謳っている。
  • 詩は、二人の婦人の心をゆさぶる。二人には、文学がわからないわけではない。 二人は、考えることや、感情を揺さぶられることを自分から止めた人々であった。
  • 啓蒙は、まどろんでいる人を無理矢理起こすようなことだから、ある意味で暴力的なことである。
  • ベイティーは、引用を駆使して、反読書論を滔々と語る。
  • そのとき警報が鳴る。行く先はモンターグ自身の家だった。
  • モンターグは、自分の家と本を燃やした。モンターグは火炎放射器をベイティ―に向けた。 ベイティ―は、モンターグを挑発する。そこで、モンターグはベイティ―を燃やしてしまう。
  • ミルドレッドは、テレビの中の「家族」がいなくなることを残念がる。
  • モンターグは、自分の家とともにテレビの中の「家族」を燃やした。それは、ミルドレッドとの関係の清算でもある。
  • ベイティ―は複雑な人格。もともと本をたくさん読んでいた。にもかかわらず、 本を捨てて権力側に付いた。いわば、堕天使。ベイティ―も本に殉じた。
  • モンターグは機械猟犬に追われる。フェーバーから川を目指すように言われる。 モンターグは、川に入って追跡を逃れる。
  • モンターグは、焚火を囲む放浪者に出会う。彼らは、本を口伝えで子孫に伝えていこうとしている。
  • 戦争が始まり、その瞬間に終わった。
  • 放浪者たちは街へと向かう。
  • モンターグは、追われて自然の中に出て行って、ゆったりとした時間を過ごす。そこで悟りを得る。
  • モンターグは、月を眺める。月はクラリスの象徴。
  • 放浪者たちは、キャンプファイヤーをしている。火炎放射器の火ではなく、集うための火である。
  • 本を愛する放浪者たち。映画の中では book people と呼ばれている。
  • 戦争には何のドラマもない。核戦争は一瞬で終わる。
  • 最後に、モンターグはヨハネの黙示録を唱える。
  • この終わり方は戸田山氏の気に入らない。 都会には愚かなもの者たちがいて、戦争で死に、田舎にいたエリートが生き延びる。 われわれはいったん滅びないと再生しないのか?