中井久夫は全く知らなかったが、統合失調症治療の第一人者だったのだそうだ。
今年8月に亡くなったとのこと。統合失調症患者に寄り添う視点が強調されている。
第4回の天皇に対する見方が興味深い。昭和天皇は常に緊張を強いられていたから
声が甲高いのだとか、天皇がいることが暴走する政治家を生まないための力になるとか、
言われてみればなるほどと納得させられる。最近、安倍とか岸田とか暴走系の総理大臣が
続いているが、今上天皇の存在が少しは抑止にはなっている気がする。今上天皇は、
安倍の国葬には出席しなかったし。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 「心の生ぶ毛」を守り育てる―『最終講義』
中井久夫 (1934-2022)
- 京都大学医学部卒業
- ウイルス研究から精神医学に転向
- 名古屋市立大学を経て神戸大学教授
- 統合失調症臨床治療の第一人者
- 阪神・淡路大震災以降、被災地の心のケアに尽力
- 一貫して、弱者、マイノリティーや精神障碍者に寄り添う視点があった
『最終講義』
- 中井のスタンス
- 中井は、これまでの統合失調症の研究において、発病論や本質論は多くても、回復過程の記述がほとんどないことに気付いた。
- 中井は、看護日誌や体調の記録を丁寧に取って分析した。その結果、臨界期(回復期臨界期)という回復の始まりがあることに気付いた。
- 当時、統合失調症は不治の病と考えられていた。中井は、それに反対して、統合失調症は治る病気だと考えた。
- 統合失調症の段階
- 統合失調症は、前駆期(不安、恐怖、不眠)→急性期(幻聴、幻覚、妄想)→回復期(身体症状、夢)→寛解と移行。
当時は、急性期から慢性化してそのままだと思われていた。
- 急性期には「あべこべ感」が感じられる。
- それぞれのステージに移行するときに臨界期がある。臨界期には身体症状が出て来る。中井は、身体症状を回復の兆候ととらえた。
- 中井は、統合失調症はどの段階からも回復しうる、とした。さらに、誰でも統合失調症になりうる、と考えた。
- 統合失調症を防ぐ壁:睡眠、夢活動、心身症
- 統合失調症になると、睡眠時間が短くなる。睡眠は、統合失調症を防ぐ壁。
- 中井によると、夢活動は、日中のストレスやトラブルを整理する活動。統合失調症を発症すると、夢が消える。
夢は回復の兆しになる。
- 心身症は、ストレスを体で受け止めるシステム。脳で受け止めると統合失調症になる。
- 統合失調症の心
- 統合失調症患者は乱数を言うことができない。患者の心には、自由度が少ない。すべてが必然と受け取られる。
- 統合失調症は心の遭難。治療は山岳遭難救助に似ている。
- 統合失調症患者は、複数視点を持てない。メタ視点を持てない。自分が世界の中心であると同時に世界の一部でもあるという認識ができなくなる。
- 絵画療法
- 妄想や幻覚があるときは患者はいろいろ語ってくれる。ところが回復期になると語らなくなる。
そこで、中井は、風景構成法という絵画療法を考案した。
- 絵画療法によって、患者の心を垣間見ることができる。
- やわらかに治す
- 中井は、「心の生ぶ毛」を大事にした治療をしたいと述べている。心を擦り減らさない。尊厳を大事にする。
- 中井は、キュア(治療)よりもケア(看護)を重視していた。
第2回 「病」は能力である―『分裂病と人類』
- S親和者と狩猟採集社会
- 全人類が分裂病になる可能性がある。
- その中でも、分裂病になりやすい「分裂病親和者(S親和者)」がいると考える。S親和者の特徴は、かすかな兆候をとらえる鋭敏さである。
それは微分的認知である。S親和者は、これから起こることに対するセンサーが発達した人である。
その長所は狩猟採集民において発揮される。
- S親和者には、危機に対応する力がある。
- 農耕社会
- 農耕社会では、強迫性が引き出される。時間は、クロノス的(物理的)に流れる。権力装置や神が必要とされる。
- これに対し、狩猟社会での時間は、カイロス的(主観的、人間的)に流れていた。
- 強迫性は、現代の工業社会にも引き継がれている。
- 農耕社会では、分裂病者は倫理的少数者になった。
- 農耕社会でS親和者が向かう職業は、王、雨司、呪医、船長、数学者、科学者、官僚など。
- 精神科での作業療法などは、患者を強迫性に無理になじませようという過程になっているのではないか。
統合失調症患者の社会復帰の壁になっているのは社会の強迫性だと中井は指摘している。
- 執着気質と日本の歴史
- 執着気質は、鬱病になりやすい素質。禁欲、勤勉、真面目を求められる社会で活躍する。
- 日本は、江戸時代中期以降、執着気質優位の社会になった。その代表例が二宮金次郎である。
- S親和者が革命や世直しを求めるのに対して、執着気質は復興や立て直しを求める。
- 高度成長は、執着気質的職業倫理が支えた。しかし、成長が終わると、目的喪失によって倫理が空洞化した。
- 現代では、発達障碍系の人が前面に立ってきている。あまり空気を読まないタイプ。
- 精神の病の扱われ方
- 18~19 世紀のヨーロッパでは、精神病患者はひどい扱いを受けていた。
- 進歩とは、邪悪なるものの排除であった。病気との共存が課題である。
- 日本は精神科病床が多い。日本は遅れている。
- 講師(斎藤)は、オープンダイアローグという手法で治療することに取り組んでいる。
第3回 多層的な文化が「病」を包む―『治療文化論』
- 治療文化
- 治療文化とは、何を病気とし、誰を病人とし、誰を治療者とし、何をもって治療とし治癒とするか、等々のことがら。
- 近代以降、西洋の精神医学では、地域に関係ない普遍症候群(全世界共通の病)を体系化してきた。
- しかし、キツネツキ(日本)、イム(アイヌ)、アモック(東南アジア)など、地域に特有の文化依存症候群もある。
たとえば、拒食症も文化依存。痩せているのが美しいという価値観のある地域にしか存在しない。
対人恐怖症は、日本の文化依存症候群。
- 個人症候群
- とくに憑依症候群は、「創造の病」。たとえば、フロイト、ユング、フェヒナー、出口ナオ、北村サヨ、中山ミキ。
中山ミキは天理教の教祖。
- 妖精と話をしているという娘がいた。中井は彼女が言うことをそのまま受け止めることにした。
彼女は、そのうち自然に治癒した。
- 個人症候群という概念も提唱した。「創造の病」は一個人の病。個人的な方向に寄り添う形で回復を目指す。
- 中井は、どんな心の病にも、普遍性、文化依存性、個人性があるのだとした。
- 普遍症候群は、家族や熟知者が治療に関与するのは難しい。一方、個人症候群では、家族や熟知者が治療に寄与する。
- 中井自身の経験を書いているのではないかと考えられる例:超覚醒、超限記憶。
- 『治療文化論』の意義
- 自分自身の精神状態を分析するという当事者研究に当たるのではないか。
- 個人症候群に対する治療は、そのひとのための一品料理。
第4回 精神科医が読み解く「昭和」と「戦争」―「『昭和』を送る」「戦争と平和 ある観察」
「『昭和』を送る」は昭和天皇に関するエッセイ。「戦争と平和 ある観察」は戦争に関するエッセイ。
- 昭和天皇
- 架空のアメリカ人歴史家との対話という形で議論を進める。病跡学の手法を昭和天皇に応用した。
- 昭和天皇は慢性的に緊張している。だから声が高くなる。リラックスできない人だったのだろう。
- 天皇は責任を負わされるのに、自由裁量ができない。これは精神衛生に悪い。
- 昭和天皇は、知的な人物であろう。
- 天皇制
- 「君側の奸コンプレックス」…日本人は天皇の側近とか天皇の近くにいる人を叩きがち。
二・二六事件の皇道派は、天皇の取り巻きを排除して天皇親政を目指した。
- 知識人の天皇に対する思いと英米に対する思いは似ている。天皇にも英米にも純粋さ、清潔さ、気品、伝統などを期待する。
恨みもあるけど愛情もある。
- 危険な天皇が出てくる可能性よりも、危険な総理が出てくる可能性の方がずっと高い。
天皇制には、ヤバい総理が出てくるのを防ぐ力がある。
- とはいえ、天皇には重圧は加わるし、発言権は弱いし、禁欲的な生活を送らなければならないしで、精神的には厳しい立場にある。
- 戦争と平和
- 戦争は「過程」、平和は「状態」。戦争には始まりと終わりがある。
- 戦争は叙事詩的に語りやすい。物語になりやすい。
- 戦争においては、民衆は、自己と指導層を同一視する。選択肢の無い世界ができる。
- 戦争遂行の不首尾は、各人がみずから責任を感じるようにさせる。
- 平和を維持するのは難しい。効果は目に見えない。「生き甲斐」が与えられない。
- 戦争が起こる要因には安全保障感がある。「安全の脅威」こそ戦争準備を訴えるスローガンである。
- たいていの戦争は、早期終結に失敗して長引く中で悲惨なことになる。
- 中井は、軍艦マニア。でも、戦争経験者だから、戦争の悲惨も知っている。