生命の初期進化に関する非常によくまとまった本である。研究の歴史もわかるし、 地球科学的側面にも目が行き届いている。著者は森林微生物学が御専門らしいが、 周辺の広い分野に造詣が深いのであろう。
歴史的なことで私が知らなかった主なことは (1) Carl Woese の3ドメイン説は最初は受け入れない研究者も 多かったということ (2) Lynn Margulis の連続細胞内共生説以前から細胞内共生説があって、記録にあるその最初の 提唱者は Andreas Schimper (1883 年) だということであった。素人からすると、Woese と Margulis の名前が有名なので、 その学説の背景を知らなかったのだが、いろいろ背景があることが分かった。
第5章の古細菌と真核生物の系統関係の話は、最近飛躍的に進歩している分野で、 1990 年代以降、次々に新しい古細菌のグループが見つかって、系統関係が次々に書き換えられていることが 本章を読むとわかる。さらに、この本がカバーしている 2020 年まで以降も重要な論文が出ているようである。
地球科学的なこともしっかり書かれているとはいえ、些細だが2点気になることがあった。
- p.86 など。「脱ガス」という単語を「脱ガスしたガス」を指すのに用いている。私の感覚だと、 「脱ガス」は、地球内部から気体成分が抜け出てくる現象を指し、ガス自体は指さない。なので、 ここで用いられている「脱ガスの組成」という表現は不適切で、「脱ガスしてきた気体の組成」などとするべきだと思う。
- p.115 で、磁場が発生したのが 27~28 億年前という記述があるが、これは疑問。もっと昔 (少なくとも 35 億年前、ひょっとすると 42 億年前に遡る)から磁場があったとする研究は複数あり、 受け入れられている [たとえば、Tarduno et al. (2015) Science, 349:521, Bono et al. (2019) Nature Geoscience 12:143]。磁場が 27~28 億年前に誕生したというのは、 おそらく丸山茂徳・磯﨑行雄『生命と地球の歴史』(岩波新書)あたりから取って来たのではないかと思うが (本書には文献が引用されていない)、今の古地磁気学的証拠からすると、受け入れ難い。