ジブリの教科書10 もののけ姫

編集スタジオジブリ・文春文庫
シリーズ文春ジブリ文庫
発行所文藝春秋
刊行2015/07/10、刷:2023/01/25(第4刷)
入手九大生協で購入
読了2023/10/04
参考 web pages 映画公式サイト

『もののけ姫』は昔映画館で見たような気がするが、最近テレビ放映されたので、改めてそれを見つつ本書を読んだ。 本書は、『もののけ姫』をめぐる論考やら制作裏話などを集めたものである。

改めて映画を見てみると、森とその精霊たちの迫力というのを見せたい映画なのだということがよく分かる。 森と精霊という組み合わせは、宮崎駿が『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』といった代表作の中で 描いてきたテーマである。『風の谷のナウシカ』においては腐海と王蟲、『となりのトトロ』においては 里山の森とトトロであった組み合わせが、『もののけ姫』においては日本の原生林と山の守り神たちになっている。

本書を参考に『もののけ姫』の森と神獣や精霊たちについて考察を加えてゆく。

まず、森についてである。本書の中の小松和彦による解説 (pp.213-227) を参考にする。 宮崎駿は、中尾佐助の「照葉樹林文化論」を基礎としている (pp.13-16, 32, 215-219)。 図式化すると、以下のような3種類の土地が描かれている。

常緑広葉樹林落葉広葉樹林水田と里山
文化照葉樹林文化ナラ林文化水田稲作文化
生業焼畑耕作による雑穀栽培採集狩猟水稲栽培
『もののけ姫』でのおよその場所西日本東日本--
『もののけ姫』の舞台タタラ場エミシの村途中の水田地帯、ヤマト
『もののけ姫』での生業製鉄、牛飼い採集狩猟稲作
『もののけ姫』で美術のロケハンに使った場所屋久島白神山地--

『もののけ姫』では、タタラ場が主な戦場になる。タタラ場の人々は、森林と戦うとともに、里の侍たちとも戦う。 彼らは、製鉄で木々をたくさん使って森を収奪するとともに、人間社会においても辺境の人々であるからである。

次に神獣や精霊たちには以下のようなものたちがいる。

ところで、ここに出てくる神獣のシカとイノシシは、今や農作物や森林に被害を与える野生鳥獣の筆頭として忌み嫌われ、 ニホンオオカミは絶滅してしまった。一方で、奈良のシカは親しまれる存在だし、ウリボウは可愛いし、 オオカミの末裔の犬はペットである。こうした動物を物語に登場する神獣に選んだのは、現代の 野生動物と人間の関係を考えさせるためでもあるのかもしれない。

その上で、『もののけ姫』のメインテーマは、自然と人間の間の簡単には解決できない相克である、 という見方を考えてみる。本書の中でもそういう見方が随所に出てくるし、真っ当な見方である。 ただ、問題が一つあって、それ「だけ」と言ってしまうと、そんなの当たり前、「あまりに常識論過ぎては いないだろうか」(p.202) という宇野常寛による批判にも行きつく。しかし、この批判ポイントは、 おそらく宮崎駿はもちろん承知の上である。宮崎は、世界の複雑さに関して、「説明しやすくすればするほど、 その世界は嘘臭くなる。そういう問題に僕は直面して、全部説明するのをやめました。」(p.109) としている。 とすると、この映画で見るべきところは、西の国で発生した呪いが東の国のアシタカヒコに発現してしまうような 「不条理」(pp.99,222) だとか、山の奥に清浄なところがあって「深い森を守っているのだと信じている心」(p.108) だとかをイメージとして強烈に印象付けたところにあるのではないだろうか。

上の点をもう少し別の題材で見てみる。冒頭の福岡伸一の論考 (pp.8-22) では、照葉樹林と縄文文化という日本の基盤と それを破壊しようとする弥生以降の文明との闘いというような捉え方がなされている。福岡による 『もののけ姫』の図式的なまとめ (pp.16-17) は、

自然を支配し、自然から富を奪い取らんとする弥生的な力と、それに抵抗する自然界の生き物たち (もののけ=けもの)との壮絶な闘い、そしてそれをなんとか仲裁しようとする、縄文文化の継承者たる 少年の物語である
となっている。これと、1995 年 4 月の企画書の企画意図 (pp.28-29)
中世の枠組みが崩壊し、近世へ移行する過程の混沌の時代室町期を、二十一世紀にむけての動乱期の今と重ね合わせて、 いかなる時代にも変わらぬ人間の根源となるものを描く。
神獣シシ神をめぐる人間ともののけの戦いを縦糸に、犬神に育てられ人間を憎む阿修羅のような少女と、 死の呪いをかけられた少年の出会いと解放を横糸に織りなす、鮮烈な時代冒険活劇。
とを比較してみると、微妙なずれが読み取れる。福岡のまとめだとこの映画は闘いが中心に見えるが、 企画意図によれば、闘いの部分は「冒険活劇」というエンターテインメント部分で、本当の狙いは 「いかなる時代にも変わらぬ人間の根源となるもの」にあるということである。つまり、人間と自然の関係 という結論の出ない問題を原点に立ち戻って振り返るのが目的で、闘いは映画としてのエンターテインメントという 構図が見えてくる。

上の企画意図で、設定を室町時代にしてあることに関して、網野善彦の解説によれば、 室町時代は「自然に関するおそれよりも人間の富に対する欲望が強くなってくる」(p.251) 時代だそうである。 自然と人間との関係が変わってくる時代を描くことで、別の意味で自然と人間の関係が変わってきている 現代を投影しようとしていることが上記の企画意図からも読み取れる。

なお、『もののけ姫』の着想から完成に至る過程は次のようなものだったようだ (pp.24-42)。

  1. 1980 年、最初の構想。
  2. 1993 年、それまであった構想を絵本にまとめる。
  3. 1994 年 8 月、鈴木敏夫が映画の次回作を活劇『もののけ姫』にすることを提案し、宮崎駿がそれを受ける。
  4. 1995 年、宮崎駿は構想を完全に新しくすることにして、4 月、企画書をまとめる。
  5. 1995 年 6 月、ジブリ内に CG 室が発足。デジタル技術を本格的に導入する。
  6. 1997 年 6 月、初号試写。7 月、公開。

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