古文単語をイラストやマンガで楽しく覚えようという趣向の本。どういう基準かわからないが、 以下の 44 語が選ばれている。例文を古典から取るのではなくて、現代文で作っているのが、なかなかの特徴。 とはいえ、私は現代文だと覚えにくいので、古典から例を拾いつつ覚えてゆくことにした。 とくに和歌は技巧的なので、印象に残りやすい。それと、例文が現代文だと、いつの時代に使われていた意味なのかが わからなくなるという問題がある。例文を拾うのには、ネット情報のほかとくに小学館の日本古典文学全集を参考にした。
単語 | 意味 | 古典の文例 | 現代語訳 |
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ときめく(時めく) | ①時流に乗って栄える、②寵愛を受けて栄える | いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。 (『源氏物語』桐壺) | どの帝の御代でありましたか、女御や更衣などがたくさんお仕えしていた中に、さして身分が高いわけではないのですが、 際立って帝の寵愛を受けている方がいらっしゃいました。 |
あふせ(逢瀬) | 男女が関係を持つために会う機会 | ふるさとの佐保の河水けふもなほかくて逢ふ瀬はうれしかりけり (『後撰集』藤原冬嗣) | 古びた里の佐保川の水は今も昔も変わらない。あなたに会えたのもうれしいなあ。 佐保川のほとりで昔の恋人に会った時に届けた歌。 「あふせ」が川の縁語というテクニックを用いている。 |
たまづさ(玉梓) | ①手紙、②手紙を届ける使者 | 秋風に初雁(はつかり)が音(ね)ぞ聞こゆなる誰(た)がたまづさをかけて来つらむ (『古今和歌集』秋上 207、紀友則) | 秋風が吹いて初雁の鳴き声が聞こえてくる。誰の手紙を持ってきたのだろう。 北方の野蛮人の国に捕われた前漢の蘇武が、南に渡る雁に託して漢の皇帝に手紙を届けたという故事に基づく。 |
ちぎる(契る) | ①約束する、②男女が深い関係を結ぶ、夫婦になる | 契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは (『百人一首』/『後拾遺集』清原元輔) | 互いに涙を流して決して心変わりはしないと約束したのに...。 「末の松山」(宮城県多賀城市)は、津波も越えることは無いと東北大震災の時も話題になった歌枕。 |
ほだす(絆す) | 束縛する | なにがしとかや言ひし世捨人の、「この世のほだし持たらぬ身に、ただ空の名残のみぞ惜しき」と言ひしこそ、誠にさも覚えぬべけれ。 (『徒然草』第20段 なにがしとかや言ひし世捨て人の) | 某とかいう名前の世捨て人が「この世には何も縛られるものは無いけれど、ただ空が見られなくなることだけが名残惜しい」と言ったのは、本当にそうだと思えた。 |
あはれ | 「ああ」という様々な気持ちを表す声 | 秋は夕暮れ。 夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛びいそぐさへあはれなり。 (『枕草子』1 春はあけぼの) | 秋は夕暮れね。夕陽が差して、山の際に近づいているときに、カラスが寝ぐらに帰ろうとして、3、4羽、 2、3羽ずつ集まって急いで飛んでいくっていうのは「ああ」っていう感じ。 |
なれそむ(馴れ初め) | 親しくなり始める、恋仲となる | よそにのみ聞かましものを音羽川渡るとなしにみなれそめけむ (『古今和歌集』恋五 749、藤原兼輔朝臣) | うわさにだけ聞いていれば良かった。どうして恋仲になることなく、親しみ始めることにになってしまったのだろう。 「音羽川」は「聞く」→「音」→「川」→「渡る」とつなぐために用いられており、恋の道を渡る(一線を越える)という意味を掛ける。 「み」は「水」と「見」(or「身」)を掛けており、「水に慣れる」と「逢う」(or「見る」or「親しむ」)の両方を表す。 |
うたかた | 水に浮かぶ泡 | よどみに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし。 (『方丈記』1 ゆく河) | よどんでいる水に浮かぶあぶくは消えてはまた生まれて、そのままの形で長くとどまっているということはない。 |
らうたし(労甚し) | かわいい、いとおしい | をかしげなるちごの、あからさまにいだきて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。 (『枕草子』145 うつくしきもの) | 愛らしい感じの幼い子どもが、ちょっと抱いて遊ばせかわいがっているうちに、しがみついて寝てしまったのは、
超いとおしい。 「らうたし」は、子供や女性を大切にお世話していたわりたい気持ち。「うつくし」は、幼い者、小さい者がかわいい。 |
うるはし(麗し、美し) | ①美しい(奈良時代)、②きちんとしている(平安時代)、③誠実・礼儀正しい | 倭(やまと)は国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる 倭しうるはし (『古事記』倭建命) | ヤマトは住み良い所。幾重にも重なる緑の山々に囲まれているヤマトは美しい。 |
しどけなし | ①だらしない、②くつろいでいる | 暁に帰らむ人は、装束などいみじううるはしう、烏帽子の緒・元結かためずともありなむとこそ覚ゆれ。 いみじくしどけなく、かたくなしく、直衣・狩衣などゆがめたりとも、誰か見知りて笑ひそしりもせむ。 (『枕草子』61 暁に帰らむ人は) | 明け方に帰っていく男が、装束をきっちり着こなし烏帽子の緒や元結を固めたりしないのもアリだと思うのだ。 かなりだらしなく、見苦しく、直衣(のうし)や狩衣が歪んでいたとしても、誰が気づいて笑ったりけなしたりするだろうか。 |
さがなし(性無し) | ①意地が悪い、②口が悪い、③いたずらだ(子供に対して) | 春宮の女御のいとさがなくて、 桐壺の更衣の、あらはにはかなくもてなされにし例もゆゆしう。 (『源氏物語』桐壺) | 東宮のお母上(弘徽殿の女御のこと)は、ひどく意地悪で、桐壺の更衣が、露骨に粗略に扱われた例もあって忌まわしい。 藤壺を入内させようという話があるときに、藤壺の母親がビビって言ったことばである。 |
さかしら(賢ら) | ①利口ぶること、小賢しさ、②お節介 | あな醜(みにく)賢(さかしら)をすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む
(『万葉集』巻3 344、大友旅人) 世の人はさかしらをすと酒飲みぬ吾(あ)れは柿かき喰ひて猿にかも似る(正岡子規) |
ああみっともない。利口ぶって酒を飲まない人を良く見ると猿に似ている。(大友旅人による酒賛歌) 世の人は利口ぶって酒を飲む。俺は柿を食って猿に似ている。(正岡子規の狂歌。病床の子規が禅僧から柿をもらったことへのお礼) |
おとなし(大人し) | ①大人びている、②思慮分別がある、③年配で中心となる | 上人、なほゆかしがりて、おとなしく、物知りぬべき顔したる神官を呼びて、 「この御社の獅子の立てられ様、定めて習ひある事に侍らん。ちと承らばや。」と言はれければ、 「その事に候ふ。さがなき童どもの仕りける、奇怪に候う事なり。」とて、 (『徒然草』第236段 丹波に出雲と云ふ所あり) | (某神社の獅子と狛犬が背中を向けあっていたので)上人は、さらに理由を知りたいと思って、 年配の偉そうで物を知っていそうな神官を呼んで、「この神社の獅子が立てられている様子には、 きっと由緒があることでしょう。ちょっとお聞きしたいものです。」とおっしゃった。すると、 「そのことですけど、いたずらな子供たちがやったことです。けしからんことです。」と言った。 |
まめまめし(忠実忠実し) | ①まじめだ、誠実だ、②実用的だ | 「何をか奉らむ。まめまめしき物は、まさなかりなむ。ゆかしくしたまふなる物を奉らむ。」 とて、『源氏』の五十余巻、櫃に入りながら、『在中将』『とほぎみ』『せり河』『しらら』『あさうづ』 などいふ物語ども、一袋取り入れて、得て帰る心地のうれしさぞいみじきや。 (『更級日記』) | (叔母が筆者に向かって)「何をあげましょうか。実用的なものではあんまり良くないでしょうね。 読みたいと思っていらっしゃると聞いているものをあげましょう。」と言って、『源氏物語』の五十余巻を 櫃に入ったまま、そのほか『在中将』『とほぎみ』『せり河』『しらら』『あさうづ』などの物語を 一袋に入れてもらったのを、もらって帰るうれしさはすごかった。 |
はかばかし(捗捗し、果果し) | ①てきぱきしている、②きわだっている、はっきりしている、③しっかりしている | 父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ古の人の由あるにて、親うち具し、 さしあたりて世のおぼえ華やかなる御方々にもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなし給ひけれど、 とりたててはかばかしき後ろ見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。 (『源氏物語』桐壺) | (桐壺の更衣の)父親の大納言は亡くなっていて、母親の大納言の奥方は古風で由緒ある家柄の人なので、 両親が揃っていて今のところ世評も高いきらびやかな人々にもそれほど劣ることなく、 どんな儀式でもとり計らっておられたのですが、特段しっかりした後見人もいないので、何かあるときは、 やっぱり拠り所が無くて心細い感じでした。 |
さやかなり(清かなり、明かなり) | ①はっきりしている、②音声が高くて澄んでいる、③明るい | 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる (『古今和歌集』秋上 169、藤原敏行朝臣) | (立秋の日に)秋が来たということは目でははっきりとはわからないけれども、 風の音ではっと気が付いた。 |
なほざりなり(等閑なり) | ①いいかげんだ、②あっさりしている Cf.「なおざり」は「何もしないいいかげん」、「おざなり」は「やるけどいいかげん」 |
よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまもなほざりなり。 (『徒然草』第137段 花は盛りに) | 教養のある人は、(何事につけても)むやみに情趣を好んでいる様子にも見えず、(物事を)楽しむ様子もあっさりしている。 |
あてなり(貴なり) | ①高貴だ、②上品だ | ふと心おとりとかするものは、男も女も、言葉の文字いやしう使ひたるこそ、よろづのことよりまさりてわろけれ。 ただ文字一つに、あやしう、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ。 (『枕草子』186 ふと心おとりとかするものは) | 急に幻滅とかするものといえば、男でも女でも、会話の文言を下品に使ったときね。どんなことにもましてよくないわ。 ほんの言葉遣い一つで、ふしぎと上品にも下品にもなるのは、どういうわけかしら。 |
をこがまし(痴がまし、烏滸がまし、尾籠がまし) | ①ばかばかしい、②でしゃばりだ | かくはいへど、仏神(ぶつじん)の奇特(きどく)、権者(ごんじゃ)の伝記、さのみ信ぜざるべきにもあらず。 これは、世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、「よもあらじ」など言ふも詮なければ、 大方はまことしくあひしらひて、偏(ひとえ)に信ぜず、また疑ひ嘲るべからず。 (『徒然草』第73段 世に語り伝ふること) | そうはいっても、仏や神の奇跡、仏が衆生を救うために現れた者の伝記は、そうむやみに疑うべきものではない。 こういう話は、世間のうそを真っ正直に信じるのがばかげているからといって、「ありえない」など言っても仕方ないことなので、 大方は本当のこととして受け取っておいて、一途に信じてはならないし、また疑い嘲ってもいけない。 |
ますらをぶり(益荒男風、丈夫風、大夫風) | 男性的な力強い歌風 | 大和国は丈夫(ますらを)国にして、いにしへはをみなもますらをにならへり、 故(かれ)万葉集の歌はおよそますらをの手ぶり也。山背(やましろ)の国は たをやめ国にして丈夫もたをやめをならひぬ。かれ古今集の歌は もはら手弱女(たをやめ)のすがた也。(賀茂真淵『新学(にひまなび)』) | 大和国は男性的な国で、昔は女も男のまねをした。ゆえに、万葉集の歌は概ね男性的だ。
山背国は女性的な国で、男も女のまねをした。ゆえに、古今集の歌は専ら女性的だ。 賀茂真淵は『万葉集』の男性的で大らかな歌風を「ますらをぶり」と形容して称讃し、 『古今和歌集』以降の技巧的で優雅な歌風を「たをやめぶり」と形容して批判した。 「故(かれ)」は、「ゆえに、だから」の意味。 |
たをやめぶり(手弱女風) | 優美で繊細な女性的な歌風 | つよくかたきを丈夫風(ますらをぶり)とし、のどかにさやかなるを手弱女風(たをやめぶり)と せるも従(うけ)がたし。(香川景樹『新学異見』) | 強く硬い感じを男性的とし、穏やかで清らかな感じを女性的とするのも首肯しがたい。 香川景樹は、賀茂真淵の乱暴な「ますらをぶり」「たをやめぶり」論を批判した。 |
にほふ(丹秀ふ) | ①美しく染まる、美しく照り映える(万葉集の時代の意味)、②香る | 紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎くあらば人妻故(ゆゑ)に我恋ひめやも (『万葉集』巻1 21、天武天皇) | むらさきのように美しく照り映えるあなたを憎いと思っているのなら、人妻と知りながら、 どうして恋しく思ったりするでしょうか。 |
おどろおどろし | ①気味が悪い、②大袈裟だ | この燕の子安貝は、悪しくたばかりて取らせたまふなり。さては、え取らせたまはじ。 麻柱(あななひ)におどろおどろしく二十人の人ののぼりてはべれば、 あれて寄りまうで来ず。 (『竹取物語』石上の中納言と燕の子安貝) | この燕の子安貝をお取りになる作戦は悪うございます。それでは、お取りになることはできません。
足場に仰々しく二十人もの人が登っていますから、燕は離れてしまって、そばに寄ってこないのです。 「麻柱」は、高いところへ上るための足場。「あれて」は「離れて」。 |
つつがなし(恙無し) | 無事である | いかにいます父母/つつがなしや友垣/雨に風につけても/思ひ出づる故郷(ふるさと) (高野辰之『ふるさと』) | お父さんお母さんどうしていますか/友達は無事でいますか/雨が降っても風が吹いても/ 故郷が思い出されます |
ねんごろなり、ねんごろ(懇ろ、念比) Cf. 古い形は「根もころ、ねむごろ」 |
①丁寧だ、親切だ、熱心だ、②親しみ深い、仲が良い様子 | かはづ鳴く六田(むつた)の川の川楊(かはやぎ)のねもころ見れど飽かぬ川かも (『万葉集』巻9 1723、絹) | 蛙の鳴く六田の川べりの川柳の根のように、しっかり見ても見飽きることのないこの川よ。 「ねもころ」は「ねんごろ」の古い形で、ここでは「心をこめて、入念に」の意味の副詞。 「かはづ鳴く六田の川の川楊の」は、「ねもころ」の「根」を導く序詞。 「根もころ」は、もともと「根が絡み合うようにしっかりと」という意味。 六田(現在の奈良県吉野郡大淀町北六田~吉野町六田)は柳が多いことで知られ、 かつて吉野川を渡る「柳の渡し」があった。 作者は「絹」と書かれているが、未詳。 |
やんごとなし Cf. 元の形は「やむごとなし(止む事無し)」 |
①捨ててはおけない、②格別だ、③高貴だ | さて、宇治の里人を召して、こしらへさせられければ、やすらかに結(ゆ)ひて参らせたりけるが、 思ふやうにめぐりて、水を汲み入るる事、めでたかりけり。万(よろづ)にその道を知れる者は やんごとなきものなり。 (『徒然草』第51段 亀山殿の御池に) | そこで、宇治の村人をお呼びになって、お作らせになったところ、やすやすと組立てた水車が 思うように回って水を組み入れるのは見事なものである。万事、専門に通じている人は、たいしたものである。 |
くまなし(隈無し) | ①陰がない、②何でも知っている、③隠し事が無い | 花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨にむかひて月を恋ひ、
たれこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情(なさけ)ふかし。
(『徒然草』第137段 花は盛りに) たれこめて春のゆくへもしらぬまに待ちし桜もうつろひにけり (『古今和歌集』春下 80、藤原因香朝臣) |
花は盛りの時だけを、月は曇りや陰のないものだけを見るべきものであろうか。
雨に向かって月を恋い慕い、簾や帳を下ろして引きこもり春がその後どうなったかを知らないというのも、
またしみじみと情趣深い。 簾や帳を下ろして引きこもって春がその後どうなったかも知らない間に、心待ちにしていた桜も 散ってしまったのだなあ。(体調が悪くて寝込んでいた藤原因香が、花瓶に生けてあった桜が散り始めた のを見て詠んだ歌) |
あながちなり(強ちなり) | ①強引だ、無理矢理だ、②一途だ | 頼朝をばすでに死罪におこなはるべかりしを、故池殿のあながちになげき宣(のたま)ひしあひだに、 流罪に申しなだめたり。しかるに其恩忘れて、当家にむかッて弓をひくにこそあんなれ。 (『平家物語』巻5 早馬) | (平清盛が憤慨して言うには)頼朝をもう少しで死刑にするはずだったのに、亡くなった池禅尼殿が、 強く嘆願なさったので、流罪に減刑したのだ。それなのにその恩を忘れて、平家に向かって弓を引くとはな。 |
せちなり(切なり) Cf. 「せち」は呉音、「せつ」は漢音。 13 世紀ごろ以降は「せつに」と読むことが多いようだ。 |
①ひたすらだ、②大切だ | もしおのれが身数(かず)ならずして権門のかたはらにをる者は、深くよろこぶ事あれども、 おおきに楽しむに能はず。歎き切(せち)なる時も、声をあげて泣く事なし。 (『方丈記』7 世にしたがえば) | もし自分がたいした存在ではなくて、権勢のある家の隣に住んでいるとすると、うれしいことがあっても、 思い切り祝うことができない。ひたすら悲しいときでも、声を上げて泣くのが憚られる。 |
つぶさなり(具さなり、備さなり、悉さなり) | ①全部備わっている様子、②細かく詳しい様子 | ほのほの中にて焼け死ぬる人数を記(しる)いたりければ、大仏殿の二階の上には一千七百余人、 (中略)、つぶさに記(しる)いたりければ、三千五百余人なり。(『平家物語』巻5 奈良炎上) | 炎の中で焼け死んだ人の数を記録しておくと、大仏殿の二階の上には一千七百人余り、(中略)、 全人数を詳しく記録しておくと、三千五百人余りであった。 |
うつつ(現) | ①現実、②正気 | 駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人にあはぬなりけり(『伊勢物語』9 東下り、在原業平) | 駿河の国の宇津の山裾に来てみると、現実にはもちろん、夢の中でもあなたにお会いできないとは...。 「駿河なる宇津の山辺」は、今いる場所の地名を詠み込むと同時に、「うつつ」を導く序詞。当時、 夢で恋人に会えるということは、恋人が自分のことを思ってくれている証拠だと考えられたので、 夢で会えないということは、恋人が自分のことを思ってくれていないのではないか、ということになった。 |
うつせみ(現臣、空蝉) | ①この世の人、②現世、③蝉の抜け殻 | うつせみの世にも似たるか花ざくら咲くと見しまにかつ散りにけり(『古今和歌集』春下 73、よみ人しらず) | はかない人の世によく似ているのは桜。咲いたと思っているうちに、一方では散ってしまっている。 「うつせみの」は、「世」を導く枕詞。「うつせみ」は、もともと「現実の人」の意味だったが、 平安時代には、「空蝉」との連想で現世のはかなさを表現する言葉になっている。 |
つゆ知らず(露知らず) | 全く知らない | 忠義にならでは捨てぬ命。子ゆゑに捨つる親心、推量あれ由良殿と、言ふも涙にむせ返れば。 妻や娘はあるにもあられず。ほんにかうとはつゆ知らず、死におくれたばつかりに。 お命捨つるはあんまりな。(『仮名手本忠臣蔵』九段目 山科の雪転(ゆきこかし)) | [本蔵]「忠義にならなければ捨てはしない命を、子のために捨てる親心を推量してくだされ、由良殿」
と言うのも涙にむせ返るので、妻や娘は居ても立ってもいられない。[戸無瀬]「本当にこんなこととは
少しも知らなかった。私が死におくれたばっかりに、お命を捨てるとはあんまりな。」 本蔵の悲劇の解説参照。 |
もっけ(物怪、勿怪) Cf. 元の形は「もののけ」 |
①不吉なこと、②予期しないこと | この事によりて、様々の物怪(もっけ、もののさとし)ありければ、占卜(うらなは)するに、 異国の軍(いくさ)発(おこり)て来たるべきよし占(うらなは)せ申しければ、(中略)、 調伏(でうぶく)の法を行はしむ。 (『今昔物語集』巻14、 45 依調伏法験(でうぶくのほふのしるしによりて)利仁将軍死語(としひとのしやうぐんしぬること)) | この事によって、様々な異変があったので、占い師に占わせたところ、外国の軍勢が攻め寄せてくるとの 占いになったので、(中略)、調伏法を行わせた。 |
うつろふ(移ろふ) | ①移動する、②色が変わる、③心変わりする、④時が過ぎる | ふりはへていざ故里(ふるさと)の花見むと来しをにほひぞ移ろひにける (『古今和歌集』物名 441、よみ人しらず) | わざわざ「古都の花を見よう」とやってきたのに、花は散ってしまっていた。 詞書が「しをに」(紫苑(しおん)という植物の別名)となっており、歌の中に「しをに」の字が 含まれていることから物名歌に分類されている。「故里」は、旧都、故郷、馴染みの土地の いずれとも解釈できる。この場合、「にほひ」は、花の色艶のこと(上の「にほふ」の項参照)。 「移ろふ」は、花の色が変わることや花が散ることを指す。 |
かこつ(託つ) | ①他のせいにする、②愚痴を言う | そもそも一期(いちご)の月影かたぶきて、余算(よさん)の山の端(は)に近し。たちまちに 三途の闇に向はんとす。何のわざをかかこたむとする。 (『方丈記』13 みずから心に問う) | 月が山の端に入ろうとしているように、私の一生も終わりに近づき、余命いくばくもない。 まもなく三途の闇に向かうことになるだろう。この期に及んで何の愚痴を言ってもしかたがない。 |
ゆかし(懐し) Cf. 元々「行く」が形容詞化したもの |
①見たい、聞きたい、知りたい、②心がひかれる | そも、参りたる人ごとに山へのぼりしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、 神へ参るこそ本意(ほい)なれと思ひて、山までは見ず。 (『徒然草』第52段 仁和寺にある法師) | それにしても、お参りしている人がみんな山に登っていたのは、何事かあったのでしょうか。 ちょっと知りたいなあとは思ったのですが、八幡宮にお参りすることこそが目的なのだからと思って、 山の上までは見ませんでした。 |
あきらむ(明らむ) | ①明らかにする、②気持ちを晴らす、③諦める(江戸時代以降の意味) | ここもとの浅き事は、何事なりともあきらめ申さん。 (『徒然草』第135段 資季大納言(すけすゑのだいなごん)入道とかや聞えける人) | 卑近でつまらないことならば、どんなことだろうと、はっきり説明いたしましょう。 |
いただく(頂く、戴く) | ①頭の上にのせる、②敬い大切に扱う、③頂戴する、④「食べる・飲む」の謙譲語 | 思ふさまなる御容貌(かたち)ありさまを、よそのものに見はててやみなましよと思ふだに 胸つぶれて、石山の仏をも、弁のおもとをも、並べて頂かまほしう思へど。 (『源氏物語』真木柱) | 理想の容姿を持った女を、あやうく他人のものにしてしまうところだったと思うだけでも
胸が痛くなって、石山の仏と弁のおもとを一緒に並べて拝みたい思いではあるけれど。 鬚黒の大将が玉鬘と結ばれて喜んでいる場面。石山寺は、霊験あらたかな観音として有名。 弁のおもとは、二人の仲を取り持った女性らしい。でも、玉鬘にとっては不本意な成り行きであった。 |
はばかる(憚る) | ①差し障りがある、②遠慮する、③はびこる | 憎まれっ子世に憚る(ことわざ) 「憎まれっ子」の代わりに「にくまれ子」、「世に憚る」の代わりに「世に出(いず)る」「世にはびこる」 などと言われることもある。 |
人に憎まれるような者が、世の中では幅を利かせてはびこる。 |
かくる(隠る) | ①隠れる、②(高貴な人が)死ぬ | 六月廿一日、又御二条関白殿、御ぐしのきはに、悪しき御瘡(おんかさ)いでさせ給ひて、 うちふさせ給ひしが、同(おなじき)廿七日御年卅八にて、遂にかくれさせ給ひぬ。 (『平家物語』巻1 願立) | 6 月 21 日、御二条関白(藤原師通)は、髪の生え際に悪いできものができて、臥せっておられたが、 同月 27 日、御年 38 で、とうとうお亡くなりになった。 |
しのびね(忍び音) | ①ひそめた声、②こっそり泣くこと、③陰暦四月のホトトギスの鳴き声 | 卯の花の匂ふ垣根にほととぎす早も来鳴きて忍び音もらす/夏は来ぬ (佐々木信綱『夏は来ぬ』) | 卯の花の匂う垣根にホトトギスが早くも来て忍び音で鳴いている。夏が来た。 和歌の世界でよくある組み合わせを使って初夏を詠んだもの。ホトトギスと卯の花は それぞれ夏の到来を告げる鳥と花で、万葉集の時代からよく組み合わせて詠われる。 そして、平安時代後期になると、ホトトギスは旧暦5月に鳴く鳥ということになって、 旧暦4月には「忍び音」で鳴くという架空の認識が定着した。こうしたことを踏まえた歌である。 [参考 web pages]: |
したり顔 | 得意顔 | 物合せ、何くれといどむ事に勝ちたる、いかでかはうれしからざらむ。 また、われはなど思ひて、したり顔なる人、はかり得たる。 女どちよりも、男はまさりてうれし。(『枕草子』258 うれしきもの) | 物合せゲームとかのいろんな勝負ごとに勝つのがうれしくないなんてこと、ある? また、自分こそはって感じでプライドの高い人の高い鼻をへし折ってやるのもうれしいわ。 女同士のときよりも、男が相手の時はなおさらね。 |