英文法を哲学する

著者佐藤 良明
発行所アルク
刊行2022/01/24、刷:2022/06/17(第4刷)
入手九大生協で購入
読了2023/05/27
参考 web pages著者 twitter

最近、外国語文法に関する本をいくつか読んだ流れがあったので、書店店頭で見かけて読みたくなって読んでみた。 最近では NHK 英語番組でよく見かける大西泰斗など英文法をわかりやすく再構成しておられる方々がいて、 学習者にとってはありがたい。本書もそうした取り組みの一環と見ることができる。

本書で展開される英文法の大きな特徴は2つある。(1) 時制を tense と aspect に分け、時制には現在形と過去形しかない とする。その上で未然 aspect (to 不定詞) を導入する。(2) SVO を英語の文型の基本ととらえるとともに、補語 (C) をかなり広い意味でとらえて、英文は 補語を次々と付加することで伸びてゆくと考える。いずれも、言われてみれば、なるほど自然だと納得できる。 ネイティブスピーカーの感覚にもきっと合致しているのではないだろうか。YouTube で be 動詞は無いし、 am/are/is は been とは同じカテゴリーじゃないと感じていると言っているネイティブスピーカーがいて、 感覚的に近いのだと思う。

本書では、英文法との対比で日本語文法の説明もしてある。日本語文法も世の中では最近バージョンアップされているようだ。 それに関して、中学校で習う日本語の学校文法が現在でも私が中学生だったときと全く変わっていないのが困ったことだと思う。 今の学校文法のままだと、外国人に日本語を教えるのにもあまり適していないし、日本人が作文能力を高めたり、 外国語学習をするときの対比をしたりするのにも適していない部分がある。学校文法は、日本の古典文法を学ぶための ステップとしては意味があるとは思うけれども、それ以外の用途には不適切だと感じる。

以下、章を追って見てゆく。

第1章は、法と法助動詞の話。法は英語で mood と言うのだが、日常語の mood とは語源が違って、mode と語源が 同じなのだそうである (p.41)。そう言われると法の意味が納得できる。直説法ではなく「直説モード」、 仮定法(本書では「仮想法」とよぶ。p.40) ではなく「仮想モード」と言われた方がわかりやすく感じる。

本書では、法助動詞の will は基本的には「意志」を表現するものであり、英語に未来形は無いという立場を取る (1-5 ~ 1-7 節)。これは歴史的に見てもそうであり、「予測」や「習性」といった役割は後から派生してきたものである。 これも will が形からして現在形であることから納得できる。

第2章は、英語と日本語の構造の違いの解説である。英語の基本が SVO であることの重要性は、私もかねてから感じていたが、 ここで私が勉強になったのは、日本語の構造のとらえ方の方である。日本語の構造は、まず人や物を助詞とともにステージに上げて、 それらを述語でまとめ、最後に締めの助詞・助動詞(「終辞」)が来る。「終辞」をこれまであんまり意識したことが無かったが、 私が英語環境に行ったとき、何か足りない感じがしたのが「終辞」だったことを思い出した。日本語だと「終辞」で相手との 関係性を作っていくわけだが、英語にはそんなものがないので、相手との距離の取り方がよくわからなくなるのだ。

本書によれば、日本語は「〈うち〉を居所とする者が、相手との関係を慮りながら、内面を表出させるような言葉を連ねる」 (p.92)。それに対して、英語などのヨーロッパ語は「万物を、おもての〈空間〉に解き放って、その相互作用を語る」(p.92)。 これだけ書くと難しげだが、上の「終辞」の問題とか、例として挙げられている川端康成『雪国』冒頭の英訳 (pp.84--87) などを 考えていくと確かにそうだと思える。

第3章では、いわゆる5文型を否定して、英語の文の構造を改めてとらえ直す。英語の文を SVO パターン (do 動詞) と、 ものごとのありさまを表す SVC パターン (be 動詞) の2つに分ける。以下の説明でわかる通り、C(補語)をとらえ直すのがポイントである。

第4章では、文が伸びてゆくしくみが説明される。とくに、前述のように C (補語) を広い意味でとらえると、 C を次々にくっつけていくことで文が伸びる (4-6)。分詞構文がその代表的な例になる。たとえば、 Jill is happy. の後にその理由を述べるのに、Jill is happy being with Jack. とか Jill is happoy with Jack by her side. とかいう感じで広い意味での C を付けることができる。C は文から be 動詞を除いたものである (4-5)。上述の例では、 being with Jack は Jill is being with Jack. の Jill is を除いたものという意味で C だし、 with Jack by her side は Jack is by her side の is を除いて with をくっつけたという意味で C である。

第5章では、時制を整理する。英語の tense には現在と過去しかないとして、完了形とか進行形は aspect であるとする。 aspect には、「無し」、未然 (to do)、継続 (doing)、完了 (done)、継続完了 (been doing) の5つがあるとする。 「無し」以外で使われる助動詞の be と have は、それぞれ「いる」と「ある」である。とくに、be going to は、 be to、be ready to などとひとくくりで、現在 tense 未然 aspect の仲間である。

第6章は、言語の起源やら英語と日本語の成り立ちの違いなどに関するいくつかの考察。