ローティの名前くらいは知っていたが、どういう哲学者かは知らなかった。
本解説で、ローティが、哲学者が陥りがちな「尖り過ぎ」を排してバランスを重視する哲学者だということが分かり、
そのうちゆっくり著書を読んでみたいという気になった。liberal を「残酷さを減らす」という意味だとしている
ことも気に入った。自民党 ( = Liberal Democratic Party ) の議員や支持者が自分の党の名前に liberal が
入っていることを忘れているような発言をよくする今日この頃、益々重要なことである。もちろん、liberal は
多義的な言葉なので取り扱い注意ではある。いずれにせよ、ローティが、まさに現代の問題を取り上げている哲学者だということが分かった。
残酷さを減らすのに共感をはぐくむことが重要だ、という考えに類するものは、たしか以前にコンラート・ローレンツの著書
(どの本だったか忘れた)で読んだような気がする。戦争を減らすには、外国人と友達になることだというような
文脈だったと思う。ローレンツは 1903 年生まれ、ローティは 1931 年生まれと一世代違うけれど、どちらも
第二次世界大戦を経験した世代だから、似たような結論に至るのは不思議ではない。
講師は、実に明快にローティの解説をしている。さらに親切なことに
ご自身の note で
番組のフォローをしているので、理解がもっと深まる。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 近代哲学を葬り去った男
リチャード・ローティ (1931-2007)
- 『アメリカ 未完のプロジェクト』(1998) で、その後起きるトランプ現象を予言したとされる。
- 1931 年、ニューヨーク生まれ。
- 1946 年、15 歳でシカゴ大学に進学。
- 1979 年、アメリカ哲学会東部会長を務める。
- 1979 年、『哲学と自然の鏡』出版。哲学を否定したので、哲学の主流派から追われる。
- 1982 年、バージニア大学人文学特別教授着任。
- 1989 年、『偶然性・アイロニー・連帯』出版。哲学は何をすべきかを示した。
『哲学と自然の鏡』
- 鏡は、すでに定まっているものをありのままに映し出すもの。
- これまでの哲学者は、ありのままの真実を映す鏡が、私たち人間にもともと備わっていると考えていた。
そして、いつか正確に世界を映し出せるようになると信じてきた。哲学者の使命は、永遠不変の真理を見つけ出すことだった。
- ローティは、伝統的な考え方を哲学者の思い込みだとした。ローティは、人間に本質があるといった考え方自体を切り捨てた。
- 哲学の問いは時代とともに変わってきた。古代においては、万物の起源など。中世においては、神と信仰など。
近代においては、人間が真なる知識を獲得できるかどうか、といったこと。現代においては、論理を駆使する分析哲学など。
- デカルトは、方法的懐疑によって心の存在は疑いえないとした。しかし、感覚についての概念は、
脳科学の言葉で置き換えることができる。どちらが正しいとも言えない。どちらでも困らない。
デカルトが心という概念を作ったのではないのか。
新たな哲学の使命
- 哲学の使命は「人類の会話」を守ること。
- 哲学に特権的地位は無い。
- 「机」が原子からできているからといって、「机」という言葉が無意味になるわけではない。
- 「パワハラ」という言葉が普及すると、私たちの善悪の概念が変わる。言葉は、人間や社会を変える。
- では、そのように大事な言葉を守るにはどうしたら良いか。どの言葉が正しいなどと断定してはいけない。
さまざまな言葉が共存している状態を守らなければならない。
『偶然性・アイロニー・連帯』
- 第一部「偶然性」、第二部「アイロニズムと理論」、第三部「残酷さと連帯」
- テーマ「異なった人たちとどうやって共存し、会話を続けていくことができるか?」
第一部の「偶然性」というのは、私たちも今の社会の在り方も偶然だという認識を持つべきだということ。
本質を探すという発想からは縁を切るべき。
第2回 「公私混同」はなぜ悪い?
ローティの主張のまとめ
- 人間や社会は、具体的な姿形をとったボキャブラリーである。
- 言葉遣いを身に付けることで、人格が形成される。
アイロニスト ironist
- 人間は誰しも final vocabulary を持っている。final vocabulary とは、自らの行為・信念・生活を
正当化するために使う語彙で、それ以上言い換えることが難しい語彙。
それは人によって変わる。
- ironist は、自分の final vocabulary が絶対のものだとは思っていない。
- ローティーは、「本当に正しいかどうかはいつでも変わりうる」と考える人を ironist と呼び、高く評価した。
- 次の問題は、個人と公共的な社会の関係である。
公共的正義と私的な関心
- Why is it in one's interest to be just?
- 公共的な正義と私的な関心の間の折り合いをどうやって付けるのか。
- ローティは、自己創造と人間の連帯は互いに共約不可能であることを前提とした。
- 「バザールとクラブ」の比喩。バザールは公共空間、クラブは私的空間。建前と本音とも言える。
それぞれに価値がある。「混ぜるな危険」
- たとえば、性的な広告は、公共空間では控えるべきだろうが、私的な場ではあっても良いだろう。
- 公共空間と私的空間を分けるのは難しい。とくに政治家。
- ローティの考え方では、本音と公共的な振る舞い(建前)は矛盾しているかもしれないけれど、共存していて良い。
つまり、本音と建て前は使い分けたほうが良い。
ローティの生い立ちと思想
- ローティの両親は、社会民主主義者だった。それで、ローティは社会正義に目覚めた。
- 一方、ローティは自生する蘭を愛でるのが好きだった。が、これは社会に役立たないことだった。
- ローティの思想の根っこには、公共的な社会正義と私的な趣味の矛盾の克服があった。
- ローティは、liberal ironist を理想とした。liberal とは、社会の「残酷さ」を減らすことが重要だと
考える人のこと。ironist とは、自己の偶然性を認識し、自分の考えが改訂されることもあると考えている人のこと。
現代の課題:間違ったことを喋れる場所をどうやって作るか?私的な空間やボキャブラリーをどう確保するか?
第3回 言語は虐殺さえ引き起こす
言語の危険性
- 言葉遣いによって社会が変わる。こうした問題を議論することを、ローティは「文化政治」と呼んだ。
「文化政治」とは、どのような言葉を使うべきかをめぐってなされる議論を典型とする。
- 言葉遣いがもたらすモヤモヤ感を言語化するのが哲学の唯一の使命だとローティは言う。
- 言葉遣いには社会的規範やら歴史的ステレオタイプが付いて回る。
- ローティの孫弟子のリン・ティレルによる分析によれば、ルワンダ虐殺を後押ししたのが「ゴキブリ」という言葉遣いだった。
植民地支配によって「ツチ」と「フツ」が線引きされ、独立後「ツチはゴキブリだ」という言説が浸透し、
さらに「ゴキブリを駆除しよう」という呼び掛けが虐殺を生んだ。
- 虐殺に至る言葉遣いの特徴。(1) われわれとやつらの線引き (2) 本質主義 (3) 社会的に定着している考えを利用
(4) 行動を喚起する。
- ボスニア紛争において、セルビア人によるイスラム系のボシュニャク人の虐殺や強姦が行われた。
セルビア人はボシュニャク人を人間でないと思っていた。人間でないから人権がないとされる。
「人権」概念だけでは人権蹂躙を防止できない。
- アメリカ第3代大統領のトマス・ジェファソンは基本的人権を提唱していたにもかかわらず、
黒人奴隷を虐待していた。ジェファソンは、奴隷を人間ではないと思っていた。
- 連帯は、小さな断片を手掛かりにして構築される。
第4回 共感によって「われわれ」を拡張せよ!
文学で感覚を高める
- 残酷さを減らすためには、犠牲者への共感が必要。
- しかし、「犠牲者の言葉」は存在しない。犠牲者はあまりにも苦しみ過ぎているから。
- 他者が残酷さを描く必要がある。リベラルな小説家、詩人、ジャーナリストが言葉をその与えてくれるだろう。
- そうしたやりかたで共感をはぐくむことをローティは「感情教育」と呼んだ。そのことによって、
「私たちのような人たち」の範囲を広げることができる。
- ローティは、文学が公共的な目的のために役立つとしている。
- ハリエット・ストウ『アンクル・トムの小屋』は、奴隷解放に役立った。
- 理論的な分析は、現状の必然性を考えるものなので、ある意味で残酷。
自分の内側にある残酷さに目を向ける文学
- 自分の内側にある残酷さとは、他人への無関心。
- ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』は、他者への無関心を典型的に描いている。
- 主人公のハンバートはロリータという少女に恋をする。ハンバートは、少女の母親と結婚。
しかし、目的は娘のロリータだった。母親が事故で亡くなると、ハンバートはロリータと二人きりの旅をする。
- ハンバートは、カスビームという町の食料品店に出かける。ローティが注目したのは、カスビームの床屋での出来事。
床屋は亡くなった野球選手の息子の話をするのだが、ハンバートはまるで関心を持たない。
- 読者も読み飛ばしそうな部分だが、よく考えると、読者も自分も関心が無いことは聞き流しちゃうことがあるよな、
と気付ける場面である。教訓は、人々が言っていることに気を留めよ、ということ。
われわれの拡張
- アメリカ社会は分断を深めている。
- ローティは、"Achieving Our Country" で、トランプ現象を予言していた。
当時、アメリカは、IT 産業に舵を切って、グローバリゼーションを推進していた。
その結果、多くの移民が流入し、白人労働者が失業に追い込まれた。
ローティは、白人労働者の怒りが社会を分断するだろうと予言した。
- 連帯のためには「われわれの一員」の範囲を拡大することである。
- 相手を黙らせたりやり込めたりする言葉遣いが問題。ずっと話し合うことが大切。
- かといって、対立する両者の言い分を対等に聞くのではなくて、残酷さを減らすことが最も重要。
- 正しさを追い求めず、バランスを取り続けることが必要。絶対主義にも相対主義にも陥らない。