有吉佐和子スペシャル

著者Соколова-山下 聖美(きよみ)
シリーズNHK 100分de名著 2024 年 12 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2024/12/01(発売:2024/11/25)
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読了2024/12/26

有吉佐和子作品のタイトルはいくつか知っていたが、読んだことはない。 有吉佐和子は昭和6年生まれだから、私の親と同世代である。

親と言えば、私の親も認知症なので、『恍惚の人』の解説は興味深かった。 認知症はゆっくり進むので、小説のように劇的な事件があって初めて気付くということはないけれど、 でも注意深く見ていないと急に来たと感じることになる。 私の母の場合は、ちょっと離れたところに住んでいたので、数か月ぶりに会って、 料理が出来なくなっていることに気付いたのが、介護の始まりだった。

『華岡青洲の妻』では嫁と姑の間の秘められた激しい戦い、『青い壺』では市井の人々の 小さな幸せが描かれるということで、有吉佐和子が本当に多彩な題材を扱った作家だったのだと分かった。

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 埋もれた「女たちの人生」を掘り起こす―『華岡青洲の妻』

有吉佐和子

『華岡青洲の妻』の物語の進行と解説

主人公は、世界初の全身麻酔による外科手術に成功した外科医の華岡青洲の妻の加恵で、嫁姑問題がテーマ。

物語の進行解説
  • 加恵は、医師華岡直道の妻の於継(おつぎ)に請われて、その息子の雲平(のちの青洲)と結婚する。
  • 雲平は京都に遊学中だったので、別居状態で結婚生活が始まる。於継との関係は良好だった。
  • 3年経って雲平が帰ってきた。その時から於継の態度が変わった。加恵と於継は敵対関係になった。
  • 加恵と於継の間には目立った衝突は無いが、亀裂が深まってゆく。
  • 加恵が妊娠すると、於継は贅沢な食べ物を勧めるようになる。加恵は於継に「あなたのためではなくお腹の子のため」と言われる。
  • 女の子が生まれると、加恵は於継に「この次には男の子オ産んで頂かして、え」と言われる。
  • 於継の言葉の端々から「あなたではなく家のため」というメッセージが伝わってくる。
  • 家制度の下では、世継ぎの男を産むことが大切。そこで、於継は加恵にマウンティングをしている。
  • 一方で、於継に老いが忍び寄っていることを加恵は見逃さない。
  • 於継は、自分が雲平の麻酔の実験台になることを申し出る。加恵も競うように自分が実験台になることを申し出る。
  • 青洲と加恵の一人娘の小弁が死に、加恵は再び麻酔の実験台になることを申し出る。
  • 加恵は、実験の後遺症で眼が痛むようになり、やがて失明する。
  • 於継が死に、加恵は雲平とかめという二人の子を産む。
  • 青洲の妹の小陸(こりく)に癌が出来ていて、手の施しようがなかった。
  • 小陸は病床で、於継と加恵の間の敵対関係には最初から気付いていて怖ろしかったと加恵に告げる。
  • 於継と加恵は家の呪縛の下で自分が実験台になることを申し出る。
  • 小陸の大きな視点は、有吉佐和子の視点であるのかもしれない。
  • 加恵は68歳で亡くなり、青洲はその6年後に死ぬ。
  • 華岡青洲の墓は、妻や母親の墓よりも随分と大きい。
  • 墓の大きさの記述から、偉人を支えた声なき者たちの人生を忘れるなという作家のメッセージを読み取ることができる。

第2回 「老い」を直視できない人々―『恍惚の人』①

『恍惚の人』の物語の進行と解説

物語の進行解説
  • ある冬の日の仕事帰り、昭子は舅の茂造がこちらに向かってくるのに出くわした。様子がおかしい。
  • 一緒に家に帰ると、茂造は腹が減ったと言う。昭子が離れに行ってみると、姑が死んでいた。
  • 茂造は、妻が死んでいることを理解できなかった。
  • 昭子は、茂造の介護をせざるを得なくなった。
  • 昭子は、ベテランの邦文タイピスト。夫の信利は商社マン。
  • 茂造を離れから母屋に引き取ることになった。
  • その夜、茂造は小便をしたがったが、母屋の洋式トイレを嫌がるので、離れに連れて行こうとしたが、 間に合わず、茂造は庭で小便をしてしまった。
  • 悲しみの中にも笑いが書かれている。
  • 昭子による介護は昭和の時代を反映している。介護は嫁が担うことが当然とされた。男たちにとって介護は他人事。
  • 小説には女性たちの心の叫びが詰まっている。『恍惚の人』は愚痴文学。
  • 昭子には不満が一杯。
  • 世代の「断絶」ということも書かれている。
  • 著者は、女性たちの不満の声を数多く描いている。
  • 世代間のギャップも描かれている。息子の敏(さとし)は「パパも、ママも、こんなに長生きしないでね」と言い放つ。
  • 茂造は、登場人物たちの人間性を浮き彫りにしていく装置になっている。

第3回 老いてなお光を放つ尊厳―『恍惚の人』②

『恍惚の人』の物語の進行と解説

物語の進行解説
  • ある夜、茂造が昭子の布団の上に乗って、「昭子さんがいない」と呻いていた。
  • 茂造の介護のために、昭子の生活リズムが乱れてしまう。
  • 息子の敏は「老人ホームに入れちゃえばいいじゃないか」と言う。
  • 昭子は、敬老会館に相談に行く。すると、感心なお嫁さんだと言われる。
  • 老人ホームについては、夫の信利が前向きではなかったので、話が立ち消えになってしまう。
  • 当時は、介護は家で行うのが当然とされていた。
  • 昭子は、老人福祉指導主事(女性)に相談をする。しかし、お爺さんはお幸せだと言われて、昭子の悩みはわかってくれない。
  • 昭子は、老人ホームのパンフレットをもらう。
  • 老人指導主事は、老人ホームはどこも満員で、家でお過ごしになる方が幸せだと言う。 彼女は、介護のために誰かが犠牲になるのは仕方がないとも言った。
  • 老人ホームのパンフレットを見ると、当時は今よりも老人ホームの数がはるかに少なく、入れる条件も限定的だったことが分かる。
  • 当時の高齢者福祉行政がいかに未発達だったかが分かる。この小説は、高齢者福祉行政の進歩に大きな影響を与えた。
  • 茂造がお風呂で溺れて、死にかける。
  • 学生結婚をした若者に離れを貸すことにした。格安にする代わりに、週3日、1万円で茂造を見てもらうことにした。
  • 学生夫婦は、山岸とエミ。エミと茂造は相性が良かった。エミは、茂造のオムツも取り替えてくれた。
  • エミは、自然に茂造に接している。
  • 茂造は、室内で排泄をするようになる。一方で、花や小鳥に対して無心の笑顔を見せるようになる。
  • 昭子は、茂造をできるだけ生かそうと心に決める。
  • 認知症が悪化する一方で、生の尊厳も描かれている。
  • 有吉は、小説の中で「老醜」という言葉を使っていない。
  • 昭子の中には、自分のせいで死んじゃったらどうしようという気持ちと、一方で命にひれ伏すような気高い感覚が同居している。
  • 茂造は、あっけなく亡くなる。敏は「ママ、もうちょっと生かしといてもよかったね」と言う。
  • ラストシーンで、昭子は、ホオジロの鳥籠を抱きしめて泣く。
  • ラストシーンの解釈は、読者にゆだねられている。

第4回 人生の皮肉を斜めから見つめる―『青い壺』

ゲストに原田 ひ香(ひか、作家)を迎える。

『青い壺』は 13 の連作短編集。一つの壺が、さまざまな人々のもとを巡っていく。 小さな幸せがいろいろ描かれている。

『青い壺』の物語の進行と解説

物語の進行解説
第1話
  • 主人公は、牧田省造という陶芸家。地道に創作活動をする傍ら、焼き物に「古色」を付ける仕事も請け負っている。 「古色」を付けるとは、新しい物をヴィンテージ物に見せる加工。
  • 省造はある日、見事な出来栄えの青い壺を作った。
  • 道具屋の安原がやってきた。青い壺に目を付け、古色を付けて譲ってほしいと言う。
  • 妻の治子は、青い壺をデパートに人間に渡した。
  • 青い壺ができたときは、省造夫婦は良い仕事ができたと幸せを味わう。
  • 治子の機転で、青い壺は古色を付けられるのを免れた。
第5話
  • キャリアウーマンの千代子が久しぶりに実家に戻ると、母のキヨは緑内障で目が見えなくなっていた。
  • 千代子は、キヨを自分の家に引き取った。女二人の生活は快適だった。
  • キヨの片目は白内障だということが分かり、手術をして視力が回復した。
  • 千代子がキヨに東京では高齢者の医療費が無料だと伝えると、キヨがそれでは申し訳ないと言うので、 千代子は青い壺を医者に譲ることにする。
  • 女の人が一人で家を買えるようになったし、社会保障も進んできた時代になっていることが分かる。 有吉は、そのことを素直に称讃している。
第9話
  • 主人公の弓香は、裕福な「大奥さま」。半世紀前に女学校を卒業している。
  • 弓香は、女学校の同窓会で京都旅行をする。忙しい旅行なので疲れ果てる。食事も貧弱だった。
  • 3日目、東寺の縁日に行く。弓香は、骨董屋で青い壺に出会う。
  • おばあさんたちの珍道中が面白い。
  • 『青い壺』が男性読者が多い「文藝春秋」に連載されたというのも面白い。
第12話
  • 森シメは、大病院の掃除婦。患者からもらった花を使って、花びら入りの枕を作るのが趣味。
  • ある日、シメは、青い壺に活けられた枯れかけたバラを片付ける。家で、その花びらで枕を作った。 その枕で寝ると、バラの良い香りがした。
  • シメの小さな幸せが描かれている。
  • 青い壺は、有吉自身かもしれない。