殺人は容易だ

著者Agatha Christie
訳者高橋 豊
シリーズクリスティー文庫
発行所早川書房
電子書籍
電子書籍刊行2012/04/10
電子書籍底本刊行2004/03
原題Murder is Easy
原出版社イギリス版 Collins Crime Club; アメリカ版 Dodd, Mead and Company
原著刊行1939
入手電子書籍書店 amazon で購入
読了2026/03/12
参考 web pages Wikipedia「殺人は容易だ」
Wikipedia「Murder Is Easy」
Wikipedia「Murder Is Easy (TV series)」

BBC のドラマ版 (2023 年、監督 Meenu Gaur、脚本 Siân Ejiwunmi-Le Berre)が NHK で放映されたので、元の小説版を読んでみようと思った。

田舎の村で起きる連続殺人事件である。主人公 Luke Fitzwilliam は、元警察官で、 正義感あふれるがあまり鋭くない探偵の役割をする。Luke が見当違いの推理をずっとしていて、 最後にどんでん返しが起きて犯人が分かるという仕掛けになっている。 実は、主人公の恋人となる Bridget Conway の方が先に犯人にたどり着く。 つまり、主人公の Luke がワトソン役、副主人公の Bridget がホームズ役になる。 とはいえ、ホームズ役というよりは、女性の人間を見る目の鋭さで犯人を当てるのだから、 Miss Marple 的である。

ネタバレ気味に書いておくと、読んでいて、犯人は女性じゃないかと私は最初から薄々感じていた。 なぜかと言うと、最初に犯人を推測した Miss Pinkerton は犯人が男だとも女だとも言っていないのに、 主人公の Luke が、犯人は男だとずっと思い込んでいたからである。 これは、クリスティが読者をミスリードしているなという感じがした。しかし、そうだとすると、 犯行の動機が全く分からないし、男どもの話が延々と続けられる理由も分からない。 それで、一見無駄な部分が多い小説に見える。ところが、最後に犯人の動機が明らかにされると、 それは気狂いじみているけど、それなりの論理があり、男どもの人間模様にも意味があったことが 分かるのだ(もちろん目くらましの部分も多いのだが)。

一般に、連続殺人事件という物語は、動機が難しい。無差別殺人は推理小説にならないし、 多くの無関係そうな人を殺す理由などそうそうあるわけではない。この小説では、 Lord Whitfield と Honoria Waynflete の二人の特異な性格と関係を使った綱渡りで その問題を解決しているところがすごい。

あらすじと英語・翻訳・文化的背景メモ

以下、ページ番号は、kindle 版クリスティー文庫 (全 337 ページ) に基づく。ネタバレあり。 英語の解読に AI の ChatGPT や Gemini も時々使った。AI は時々自信ありげに明らかに間違ったことを 言うこともあるけど、英語の能力が常人よりも優れていることは間違いがない。

1 旅の道連れ A Fellow Traveller

海外植民地で警察官をしていた Luke Fitzwilliam がイギリスに帰ってきた。 ロンドンに行く汽車の中で一人の老婦人 Miss Pinkerton と同じコンパートメントになったので、 彼女の話を聞くことになった。彼女は Wychwood-under-Ashe で連続殺人が起きているから、 そのことをスコットランドヤードに言いに行くという。そして、Dr. Humbleby が狙われているという。 彼女は、誰かの目つき (The look on a person's face) からそれが分かると言う。

He had drawn a horse in the Club sweep (p.11)
Gemini (AI) に教えてもらったところ、draw a horse は、宝くじ式の馬券を引くことで、 the Club sweep というときの sweep は sweepstake と同じことで、宝くじ方式の賭けを指す。 宝くじ式の馬券というのは、くじ引きでランダムに馬を選んで買う馬券のことである。 したがって、和訳は、「彼はクラブの宝くじ式の馬券を一枚買っていた。」となる。 高橋訳の「彼はクラブ扱いの一頭の馬を買っていた」では意味がはっきりしない。
The wrong is done, past all recall-—weep we never so bitterly we can never bring back the dead past -—Quoth the raven ‘Nevermore’-—The moving finger writes; and having writ moves on, etc., etc., and so on and so forth. (p.14)
これは Luke が、自分の失態を隠すため、いろいろインテリぶって引用をすることで、ポーターを煙に巻いて 言っている台詞である。あるいは、自嘲しつつ、単に気分を紛らわすために言っているているだけかもしれない。 これらの断片は、すべて「もはや取り返しがつかない」という意味のことを言っている。
  1. The wrong is done, past all recall (高橋訳:過ちがおかされ、取り消すべくもない)は、出所不明。 ChatGPT (AI) によると、ミルトン風にクリスティーが創作したのだろうとのこと。
  2. weep we never ~ the dead past は The Real Chrisparkle によれば、聖書のエレミア書 22:10 ( Revised Standard Version では、Weep not for him who is dead, nor bemoan him; but weep bitterly for him who goes away, for he shall return no more to see his native land.)を思わせる。
  3. Quoth the Raven "Nevermore" は、 エドガー・アラン・ポーの『大鴉』の中で何度も繰り返される一節である。
  4. The moving finger writes; and having writ moves on は ウマル・ハイヤームの『ルバイヤート』からの引用(Gemini(AI) 訳では、「動く指は書き続ける。そして一度書いたなら、 もう二度と戻ることはない。」)である。
高橋訳では、クリスティ文庫の方針に従って(だと思うが)訳注を入れていないので、ポーの『大鴉』を除いて、 それ以外の3つが引用もしくは引用風の部分だということがよくわからなくなっている。
Fenny Clayton, Wychwood-under-Ashe (p.15)
どちらも架空の地名。ただし、Luke が大陸から来てロンドンに向かっているとすると、 ロンドンより南ということになる
Mayang Straits (p.18)
これも架空の地名。マラッカ海峡、マレー半島を連想させる。Luke が赴任していた土地である。 6章で、Luke は自分のことを「退職して東洋から帰ってきた元警察官」(高橋訳)と言っているので、 東洋であることは確かである。

2 死亡記事 Obituary Notice

Luke は、ロンドンで旧友の Jimmy Lorrimer の家に滞在する。 Luke は、新聞記事で Miss Pinkerton がひき逃げされて死亡したことを知る。 次いで、一週間後、やはり新聞記事で Dr. Humbleby 急死したことを知る。 そこで、Luke は調査をしてみようと決意する。Jimmy の従姉妹の Bridget Conway が Wychwood-under-Ashe に住んでいるということだったので、そこに寄寓させてもらうことにする。

Probably trusted to a Belisha Beacon (p.25)
「おそらくベリーシャ式交通信号を信用しすぎたんだろうよ」(拙訳)。 trust to A は「A を当てにする、A を頼りにする」(ジーニアス英和大辞典電子版)。 Belisha Beacon は横断歩道にある点滅信号。導入当時の運輸大臣 Leslie Hore-Belisha の名前からできた語である。1934 年に導入されたということは、小説が書かれた当時は、 導入されてから 5 年以内の新しい道路設備だったことになる。
Fiddle de dee, fiddle de dee, the fly has married the bumblebee (p.26)
これはイギリスの童謡で、 YouTube で歌を聴くことができる。 小説では、Luke が Dr. Humbleby の名前から bumblebee を連想して歌ってしまっている。

3 ほうきの柄を持たぬ魔女 Witch Without Broomstick

Luke はアッシュ館(Ashe Manor)に行って、美しい Bridget Conway に迎えてもらった。Lord Whitfield と Bridget の叔母の Mrs. Anstruther にも会った。Mrs. Anstruther は園芸好きで、その話ばかりしていた。 Lord Whitfield は、自分が貧乏な靴屋の息子で、そこから這い上がって現在の地位を得たことを誇っていた。 Lord Whitfield は、上水道の問題で Dr. Humbleby と争っていたことがわかった。 彼は、Dr. Humbleby は敗血症で死んだと言った。

Georgian (p.39)
イギリスの建物の建築様式には Georgian, Victorian, Edwardian という具合に王様の名前が付けられている。 このうち Georgian は、George 1世から4世(と William 4世)の治世下の建築である。なお、「ジョージ王朝時代の様式」(高橋訳)と訳されているが、 このころの王朝名はハノーヴァー朝である。とはいえ、ハノーヴァー朝にはヴィクトリア女王まで 入ってしまうので、「ハノーヴァー朝時代」とは言わない。
Nevinson's Witch (p.39)
ネット検索すると、この絵が出てくる。An Inexperienced Witch ということで、 まだ未熟な魔女が風に煽られている絵である。
boiled gooseberry eyes (p.41)
Lord Whitfield の眼が boiled gooseberry eyes であると書かれているが、 boiled gooseberry の写真を見ても、どういう眼を想定していたのかよく分からない。
rock rose (p.43)
ハンニチバナ科ゴジアオイ属 (Cistus)の植物。ロックガーデンでよく使われて、 白やピンク系統のきれいな花を咲かせるようである。高温多湿に弱いらしく、日本ではあまり栽培されない。 道理でこの植物名は聞いたことが無い。

4 ルーク、捜査を開始する Luke Makes A Beginning

翌朝、Luke は行動を開始する。まずは、牧師のインタビューから始めようと考えた。 葬式を担当しているだろうし、死者の名簿も持っているだろうからだ。Bridget も同行して、 案内してくれることになった。

Luke は、行動を開始する前に Bridget と Lord Whitfield から最近死んだ人のことを聞き出した:

Luke は Bridget とともに牧師の Alfred Wake を訪れる。そこで聞き出したこと:

rector (p.51), vicar (p.58)
英国教会では、教区司祭のことを rector と vicar という。伝統的には、rector は 10 分の 1 税 (tithes) を収入としていた者で、vicar は tithes を受けていた個人・団体から 俸給を得て rector の職務を代行していた者。vicar の語源は「代理人」である。 (以上、ジーニアス英和大辞典電子版)
parson (p.52)
英国教会では、教区司祭のうち、教区のすべての財産に対する所有権を持っている者 (Wikipedia -- Parson)。
battlement (p.57)
Wikipedia -- 胸壁 に図付きで説明がある。高橋訳では、「塔上狭間胸壁」と言葉を補っており、さらに 英語では Looking back at the battlements を「塔上狭間胸壁をふり返って見上げながら」と 塔の上にあることを強調しているのが面白い。英語に素直に即していえば、battlement は 塔上にある必要はなく、「見上げて」とは書かれていない。
the story of Jonah (p.60)
Wikipedia -- ヨナ書 の記述を参考にすると、ここは、敵国アッシリアのニネヴェに神の言葉を伝えに行ったヨナを 「運命を変えるよそ者」を代表する人として表現していることがわかる。
"Tommy's faults may have been mainly due to high spirits." "He was a disgusting bully," said Bridget. (p.65)
「牧師は、「トミーは元気過ぎたのがいけなかったのかもしれませんね」と言った。「あら、 あの子はそばに近寄りたくないくらいのいじめっ子でしたわ。」とブリジェットが口を挟んだ。」(拙訳)。 牧師が、Tommy の欠点を穏やかにやや遠回しに high spirits(陽気で元気があり過ぎる)なところが 原因だったのかもしれないと評しているのに対し、Bridget が直截に a disgusting bully (唾棄すべきいじめっ子)と言っている対照が面白い。高橋訳の「「トミーの過失は、彼が上っ調子に なりすぎるところに原因があったのでしょう」「いやな子でしたわ」とブリジェットはいった。」では ちょっとその対比が薄れているように思う。

5 ミス・ウェインフリートを訪ねて Visit To Miss Waynflete

Luke は、牧師と別れた後、Bridget に Amy のことを訊いた。Amy は頭は切れた (sharp) が、 お手伝いとしては最も非効率的 (inefficient) だったそうだ。彼らは、道で少し事務弁護士 (solicitor) の Mr. Abbot と話した。Mr. Abbot は、Dr. Humbleby は頑固な保守主義者 (diehard) だとけなした。 上水道の問題で、Mr. Abbot は反対派の Dr. Humbleby と大論争していた。

次に、Bridget は、Luke を Miss Waynflete のところに案内する。彼女は、図書館の隣の家にいた。 Luke は Miss Waynflete から Amy Gibbs のことを聞いた。Amy はちやほやされるのが好きな女性だった。 Amy は Jim Harvey と婚約していた。彼女の死因は、蓚酸 (oxalic acid) だとのことだった。 Miss Waynflete によれば、Amy は自殺するような女ではなかった。 Miss Waynflete は Miss Pinkerton の猫を飼っていた。Miss Waynflete は、Lord Whitfield が作った 図書館で週2日仕事をしている。

Luke と Bridget は、Miss Waynflete の家を退出して帰路についた。途中で骨董屋に寄った。 骨董屋を経営しているのは Mr. Ellsworthy という上品な青年だった。Luke は、あまり良い印象を持たなかった。 その後、道でブルドッグを連れた Horton 少佐に挨拶した。Bridget によれば、彼の奥さんも急性胃炎で 1年前に亡くなったそうだ。Bridget によれば、Horton の奥さんは皆から嫌われていた。

diehard (p.72)
頭の固い保守主義者。Wikipedia -- Die hard (phrase) によると、元々は、Albuera の戦い (1811 年) に陸軍中佐 William Inglis が負傷にもめげず部下を鼓吹した言葉 "Die hard 57th, die hard!" に基づくとされる。というわけで、名詞としては、「死ぬまで戦う人」という意味になる。 のちに、政治的な場面で、反対にもめげず、意見を変えない人、グループへの忠誠を守る人、といった意味で 使われるようになった ( OED)。とくに伝統的立場に固執する人を指す。
satinwood (p.75)
サテン(繻子織)のような光沢のある木材ということで、1つの樹種を指しているわけではない。 代表的な樹種としては、ミカン科の East Indian Satinwood (Chloroxylon swietenia、インド・スリランカ産) と West Indian Satinwood (Zanthoxylum flavum、カリブ地方産) がある。
oxalic acid (p.78)
蓚酸。化学式 HOOC-COOH。蓚酸それ自体は無色の結晶だが、染料の材料の一つとして利用されることもあるようだ。 いろいろな植物に蓚酸塩として含まれる。「蓚酸」の「蓚」はタデ科のスイバだし、「oxalic acid」の oxalis はカタバミ科のカタバミである。 その他、ホウレンソウ(アカザ科)やお茶(ツバキ科)などにも含まれる。単体の蓚酸にはさまざまな 毒性がある。蓚酸カルシウムは人体内で結石になる。
slipware (pp.82,83)
スリップウエアは、泥漿状の化粧土で装飾され、低火度焼成された陶器。 [参考: うつわのおはなし ~益子焼・濱田庄司の世界に魅せられて(後編)~ by ひいな in note]
beaten pewter (p.83)
pewter(しろめ)は、錫を主成分とする合金。beaten とは、金鎚で叩いた 鎚目が 入っているということ。

6 ハット・ペイント Hat Paint

Luke は、Bridget に問い詰められて、自分の正体とここに来た目的を明かす。それに応えて、 Bridget も Amy Gibbs の死を不審に思っていたと言う。赤毛の女が赤い hat paint を使う筈がないと言う。 Bridget は、Luke に Harry Carter は川に落ちて溺れ死んだのだと教える。Luke は Bridget と意気投合する。

You don't cross your fences till you get to them. (p.91)
これは、「実際に問題に直面するまでは、心配しても仕方がない。」という意味の諺らしい。 ネット検索をすると、fence ではなく bridge を使っている例が多く、たとえば Don't cross your bridges before you come to them. という形で出てくる。 意味は「取り越し苦労はするな。」とのことである。今の文脈では、Luke が「それについて あまり深くは考えませんでした。」と言ったのに対して、Bridget が「そうでしょうよ。 取り越し苦労はするな、って言いますものね。」と返している。高橋訳の「柵に行き当たるまでは、 それを乗り越えられるはずがありませんからね」では意味が通じない。
Girton (p.97)
Girton College は、イギリスで初めて女性のために作られたカレッジで、 1948 年以降は正式に Cambridge University に所属し、1979 年以降は男女共学になった。 小説出版時 (1939 年) にはまだ Cambridge University の一部にはなっていない。
Anybody who can believe six impossible things before breakfast wins hands down at this game. (p.99)
「結局、朝食前に六つのあり得ないことを信ずることができるような人が、こういうゲームでは楽々と 勝つわけですね」(高橋訳)。ChatGPT (AI) によれば、この six impossible things before breakfast は、 『鏡の国のアリス』の白の女王の言葉から来ている決まり文句で、「常識にとらわれない発想、矛盾を受け入れる思考力」 などといった意味である。to win hands down は「楽々と勝つ」(ジーニアス英和大辞典電子版)という意味。 ここでは Miss Pinkerton の直感が優れていたということを表現している。

7 可能性 Possibilities

Luke は、紙に容疑者と被害者の名前とこれまでわかったことをまとめてみる。 容疑者としては、Dr. Thomas、Abbot 弁護士、Horton 少佐、Mr. Ellsworthy、Wake 牧師らを 挙げてみた。その後、その紙を燃やした。

This job isn't going to be easy (p.108)
「この仕事は容易じゃないぞ」(高橋訳)。この言葉は本章の末尾に置かれていて、 Miss Pinkerton の台詞「殺人はとても容易なんですよ It's very easy to kill」(高橋訳, p.23) 並びに小説タイトルの「殺人は容易だ Murder Is Easy」と呼応している。

8 ドクター・トーマス Dr. Thomas

Luke は、自分の膝の不調を口実にして Dr. Thomas の話を聞きに行く。Luke は社会の不適格者を 抹殺しても良いようなことを言ってみせるが、Dr. Thomas は「ぼくの仕事は不適格者を適格者に することです。(My job is to make the unfit fit.)」(高橋訳, p.114)と言ってそれには乗らない。 そのほかにもいろいろ鎌をかけてみるが、Dr. Thomas は全く乗ってくれない。結局のところ、 Dr. Thomas は大人だった。「あの医師の微笑は、子供の賢さをおもしろがっている大人のそれだった。 (The doctor's smile had been that of a grown-up amused by the cleverness of a child.)」 (高橋訳, p.119)

the Witch of Endor (p.110)
エンドルの魔女 は、聖書の 『サムエル記 上』28:3-25 に出てくる魔女で、サウルの目の前でサムエルの霊を召喚する。
general practice (p.117)
イギリスにおける 一次診療。高橋訳では「一般診療」と訳されているが「総合診療」の方が適切かもしれない。 1980 年代以降なら「家庭医療」と訳すべきものらしい。
Kreuzhammer on Inferiority and Crime (p.118)
クロイツハマーの著書『劣等性と犯罪』。架空の書物らしい。高橋訳では書名は「劣等感と犯罪」と 訳してあるが、「劣等性」とでもしたほうが、優生学っぽくって文脈上は良いのではないだろうか。

9 ピアス夫人は語る Mrs. Pierce Talks

Luke は、街でタバコや新聞を売っている Mrs. Pierce の話を聞きに行く。 8 人子供がいたが、Emma Jane と Tommy が亡くなったと言う。 Tommy は、Mr. Abbot の机の上に女性からの手紙があるのを見たので、Mr. Abbot から激怒されたと言う。 Harry Carter も溺死の一週間前に Mr. Abbot と激しい口論をしたと言う。 ということで、Harry Carter、Tommy Pierce、Dr. Humbleby の3人は、死ぬ前に Mr. Abbot と 喧嘩していたことが分かった。

Luke が歩いていると、Bridget と Ellsworthy が一緒に歩いているのを見かけた。

High spirits, sir, that was Tommy’s trouble. (p.122)
「要するにトミーは元気がよすぎたのがいけなかったのです。」(高橋訳)。 p.65 の Wake 牧師に引き続いて、ここでは Pierce 夫人が Tommy の high spirits(元気が良すぎたこと)が いけなかったと語っている。ここでは、Pierce 夫人が我が子を擁護してそのように表現している。
him and Dr. Humbleby was daggers drawn (p.125)
「彼とハンブルビー先生は一触即発の状態になっていたんですよ」(高橋訳)。 ここは文法的に正しくは、He and Dr. Humbleby were at daggers drawn. となるべきである。 ChatGPT (AI) の分析によると、him と was は文法的には誤りで、at の省略はやや口語的だが、 日常的には通じる。ChatGPT (AI) によると、この言葉遣いから、Mrs. Pierce は、 「地方の労働者階級か下中流階級出身で、教育は初等レベルまで。村社会の噂話に通じるおしゃべりな女性。」 であると想定できるそうである。実際そのような役回りの登場人物である。
gentry (p.126)
イギリスでは ジェントリは、上流階級の中の下層。高橋訳では「紳士階級」としているが、「地主階級」と訳されることもある。 本小説では Mr. Abbot がジェントリだということになっている。

10 ローズ・ハンブルビー Rose Humbleby

Rose Humbleby が Luke に声を掛ける。話すうちに、Miss Pinkerton が Rose に Dr. Humbleby の身に 危険が迫っていると言っていたこと、Tommy Pierce が Mr. Ellsworthy が行った 奇怪な儀式に参加していたことなどが分かった。

Rose が去った後、Mr. Ellsworthy がやってきて Luke に挨拶した。その後、Luke は「魔女の草原」で Bridget と会って話をする。

second sight (p.134)
予知能力や透視能力のこと。したがって、She was one of those people who have second sight. は「彼女は予知能力がある人の一人だった」(拙訳)となる。高橋訳の「第二の目」は直訳で意味も分かるが、 熟語なので「予知能力」と訳してしまった方が良さそうである。
He had a surplice and a red cassock. (p.135)
ネット上にちょうどcassock の上に surplice を羽織った少年少女の写真があった。 Tommy Pierce はこのような姿だったのだろう。
Mens sana in corpore sano (p.139)
「健全な精神は健全な肉体に宿る」と普通訳されているし(高橋訳もそう)、 この小説ではそう訳されるべきである。しかし、この文句の原典のニュアンスはそうではないようである。 元のラテン語の文は、Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.で、 その文法的な解説が ここにある。それによると、その意味は「健全な精神が健全な肉体にあるように祈られるべきである。」 ということで、元々の原典の文脈では、人間はあれこれ分不相応な欲望を持つが、願い事は謙虚に 「身も心も健康でありますように」という祈りであるべきだ、ということだそうだ。
leper's squint (p.139)
leper は癩病(ハンセン病)患者のことである。leper's squint は、中世の教会で、 中に入れなかった癩病患者が小さな窓の外から礼拝を見ていたというその窓のことを指す ( Merriam-Webster)。小説の文脈では、Ellsworthy が、変人になれば 人生を新たな魅惑的な角度から見ることができるようになると言ったのに対して、 Luke が皮肉を込めて「日陰者の見方ってわけですね」という感じで返していると解される。 高橋訳では「熱病に冒された者がやぶにらみの目で見るようにですか」となっているが、誤りである。
nameless orgies (p.145)
chatGPT (AI) によれば、この場合 nameless は「あまりに異様で口にするのも憚られる」という意味である。 したがって、Luke の台詞 Do you mean what are called nameless orgies? は 「口にするのも憚られるような異様でオカルトっぽい儀式ってことかい?」という感じになる。 高橋訳の「いわゆる儀式とは名ばかりのどんちゃん騒ぎですか」ではちょっと違う。
The devil looks after his own. (p.148)
いろいろなネット情報から判断すると、「悪い奴に限って得をする。」という感じの意味の諺のようだ。 ここでは、Luke が Bridget の身の安全を心配したのに対して、「心配しないで。あたし、悪運が強いんだから」 (拙訳)と言っていると解される。高橋訳の「悪魔だって、自分の身を大事にするでしょうからね」では 直訳過ぎて意味が通じない。

11 ホートン少佐の家庭生活 Domestic Life of Major Horton

Luke は、銀行支店長の Mr. Jones の話を聞きに行く。Mr. Jones は常識人だった。 Horton 少佐と Abbot 弁護士が、ダービーの日に Wychwood にいなかったことが分かった。

Luke は自動車修理工場に行って、Amy Gibbs の婚約者だった Jim Harvey に会う。 Jim はダービーの日には仕事が忙しくて出掛けていないことを確認した。

Luke は道で Horton 少佐に会うと、少佐の家に招かれた。少佐は夫人の尻に敷かれていたという 話だったが、少佐は夫人の Lydia を尊敬していて、その死を嘆いてでいた。少佐は、 Dr. Humbleby が気に入らず、Dr. Thomas の方を好ましく思っていた。少佐は Mr. Ellsworthy を 嫌っていたが、夫人は Mr. Ellsworthy が好きで、彼の秘伝薬を飲んでいた。Abbot 弁護士が 少佐や Dr. Humbleby と喧嘩をしていたことも教えてくれた。

lily of the valley (p.155)
スズラン (Convallaria majalis) のこと。高橋訳では、わざわざドイツスズランとしてある。 ヨーロッパのスズランを日本のものとは別種もしくは変種とする場合は、 ドイツスズランと いうようである。
Major horton shook his head darkly (p.155)
shake one's head は首を横に振ることで、nod one's head は首を縦に振ること。 shake one's head は、否定の返答、忠告・警告、悲嘆・当惑・不服などを表す(ジーニアス英和大辞典電子版)。 今の場合は、妻を喪った悲嘆を表している。
nostrum (p.161)
秘伝薬、いんちき薬。語源は、ラテン語の nostrum remedium (私たちの治療薬)である ( etymonline)。nostrum は、所有代名詞「私たちの」の主格・対格の中性形である。 なお、主格の男性形は noster、女性形は nostra である(Wikipedia -- ラテン語の格変化)。つまり、nostrum は、 もともとは所有形容詞だったものが薬のことを表すことになってしまったという変な単語である。

12 恋のさやあて Passage of Arms

テニス・パーティーが行われた。参加者は、Lord Whitfield、Bridget Conway、Luke、Rose Humblebly、 Mr. Abbot、Dr. Thomas、Horton 少佐、Hetty Jones(銀行支店長の娘)の8人だった。

Luke と Bridget のペアと Lord Whitfield と Rose Humbleby の試合で、Bridget が Lord Whitfield に わざと負けたので、Luke は Bridget を菜園に誘ってそれをなじる。Luke は Bridget が Lord Whitfield と 結婚しようとしていることを非難し、Luke は Bridget に愛の告白をする。

Rose Humbleby が帰ろうとすると、Luke は彼女を送って行く。Luke は、彼女が Dr. Thomas と婚約して いることを確認する。その一方で、Dr. Humbleby が Dr. Thomas を嫌っていたことを教えてもらう。 ダービーの日、Dr. Thomas は難産の患者を世話するために Ashewold に一日中行っていたことが分かる。

Luke は Rose の家で Humbleby 夫人に会う。彼女は、「不正がはびこっている (There's a lot of wickedness)」 と言う。

passage of arms (p.163)
章タイトル。高橋訳の「恋のさやあて」はなかなか気が利いている。a passage of [at] arms は 「殴り合い、言い合い」という意味の熟語(ジーニアス英和大辞典電子版)。passage には、 「交換」という意味があり、この場合、闘士が打撃を与え合うという意味になる (OED)。 小説の章タイトルとしては、Luke と Bridget の言い合いを指しているから、平凡に訳すと 「言い合い」になるが、「さやあて」は passage of arms の元の意味を残している感じがあって、 良い訳だと思う。
Hadn't you better trot out the old clichés --- say that I'm selling myself for money --- that's always a good one, I think! (p.168)
Bridget の捨て台詞。ChatGPT (AI) に訳させてみたら上手だったので、写しておく。 「どうせなら、いつもの決まり文句でも持ち出したら?『私はお金のために身を売る女だ』ってね。 そういうの、いつだって便利な非難の文句でしょう?」(Chat GPT 訳)。ポイントは2つ。 (1) trot out は、元々「馬を見せびらかす」という意味だが、「決まり文句を得意げに持ち出す」 という意味に転じたもの。(2) a good one の one は cliché を指しており、「いつだって使える 良い決まり文句なんでしょう?」と皮肉を込めて言っている。
I do not like thee, Dr. Fell, the reason why I cannot tell (p.177)
ChatGPT (AI) に訊いたところ、これは詩人 Thomas Brown (1663-1704) が 即興でラテン語から訳したと言われているエピグラムである。Brown が Oxford の Christ Church の 学長の John Fell に怒られた時、このラテン語を訳せば罰を減じてやると言われて訳したもの。 相手の名前 Fell を入れて上手に韻を踏んでいるので、有名になった。童謡にもなっている ( Wikipedia -- I do not like thee, Doctor Fell)。

13 ミス・ウェインフリートは語る Miss Waynflete Talks

Luke は、ここ Wychwood-under-Ashe に来た目的を隠すのを止めることにした。 まず、Miss Honoria Waynflete を訪ねて、自分は私立探偵で、Amy Gibbs の死を調べに来たのだと言った。 Amy は Lord Whitfield のところに行く前に Horton 夫妻の家にいたことが分かる。 Luke は、Amy の部屋に忍び込むのがたやすいことを実地で確認した。 Honoria は、Horton 少佐が妻を殺したということはあり得ないと思っていることも分かる。 Miss Waynflete は、誰かを疑っているらしいが、それが誰かを頑なに言おうとしない。 Miss Waynflete は、かつて Lord Whitfield と婚約していたことも分かる。

somebody was trying to get her out of the way (p.191)
Miss Waynflete の台詞の一部で、「だれかが彼女を"始末しよう"としていた」(高橋訳)。文字通りの意味は、 「何者かが彼女を邪魔にならないところに移動させようとしていた」とか「何者かが彼女を排除しようとしていた」 だが、ここでは「何者かが彼女を殺そうとしていた」ということを婉曲に言ったもの(ChatGPT (AI))。
She didn't suspect her husband of trying to do her in. (p.191)
上の Miss Waynflete の台詞を受けて Luke が言った台詞で 「彼女は自分の夫が彼女を殺そうとしているとは、思わなかったでしょうな」(高橋訳)。 ここでは、「殺す」に to do sb in という熟語が使われている。 ChatGPT (AI) と OED によれば、これは 20 世紀初頭頃から使われ出した slang で、もともと 「打ち負かす、やっつける」というような意味で使われ始め、やがて意味が強くなって「殺す」という 意味になってきたもの。Gemini(AI) と Stack Exchange 回答とジーニアス英和大辞典電子版によれば、 Cockney slang としては to do sb だけでも「やっつける、殺(や)る」という意味があり、 それに in が加わって身体内部に食い込んで致命傷を負わせるようなニュアンスが加わっていると見ることができる。

14 ルークの黙想 Meditations Of Luke

Luke は、Amy Gibbs の叔母の Mrs. Church に会う。彼女は感じの悪い女だった。 Amy についての Mrs. Church の証言:

さらに、Mr. Ellsworthy の店は、ダービーがあった水曜日は半休であったことを知った。

Luke は、容疑者 Dr. Thomas, Mr. Abbot, Major Horton, Mr. Ellsworthy の四人だと考え、 それぞれの嫌疑について、頭の中で反芻した。

They go their own way. And often they live to regret it. (p.199)
「彼女らは自分勝手なことをするんです。そしてやがてそうしたことを後悔するんです」(拙訳)。 to live to do は、「(その結果、後になって)生きているうちに~する」(ジーニアス英和大辞典電子版、 ChatGPT(AI))という意味。
according to Cocker (p.215)
「正確に、確実に」(ジーニアス英和大辞典電子版)という意味の熟語。 Edward Cocker (1631-75) という人が書いた算術の教科書『Cocker's Arithmetick』(1677) が 非常に有名で長い間読まれたので、この熟語ができたそうだ(word histories)。 本文中では、Horton 少佐が Tommy を殺したとするなら、犯行は単純 (simple) で直截 (straightforward) で 確実 (according to Cocker) だと Luke が考えている。

15 運転手のふとどきな行為 Improper Conduct Of A Chauffeur

Luke は、Seven Stars のバーに行ったが、あまり話す人がいないので、店を出て、ある 橋のところまで行くと、男がここで Harry Carter が死んだのだと教えてくれた。

Luke は、図書館の Tommy Pierce が墜落した場所に行ってみた。ここで人を突き落とすのは 簡単そうだった。Luke は Miss Honoria Waynflete に会ってちょっと話をし、その後散歩をした。 Ashe 館のところまで来ると、Lord Whitfield が運転手の Rivers を叱りつけていた。 Rivers は、無断で Lord Whitfield の車を使って女の子とドライブをしていたらしい。

Honoria がその場を去ると、Lord Whitfield は、自分はかつて Honoria と婚約していたと Luke に語る。 Honoria は貴族の出だった。Lord Whitfield が Honoria が飼っていたカナリヤを殺してしまったせいで 結婚は破談になったということだった。

Didn't mince his words, Harry didn't. (p.219)
not mince (one's) words は「相手の気持ちなどお構いなく直接的な言い方をする」(OALD) ということなので、 「ハリーは思ったことをズバズバ言っていたよ。」(拙訳)となる。
sleeping sickness (p.222)
「眠り病=アフリカ睡眠病」は、ツェツェバエが媒介する原虫トリパノソーマが引き起こす感染症。
tec (p.223)
detective (探偵) が略されて slang になったもの。 高橋訳では「デカ」だが、イメージ的にはむしろシャーロック・ホームズ的私立探偵であろう。
cock of the walk (p.228)
「威張り散らす男」「天下人ぶるやつ」(COD、ChatGPT (AI)) を表す慣用句。

16 パイナップル The Pineapple

Bridget がやってきた。今夜、「魔女の草原」で Mr. Ellsworthy が奇怪な催しをするらしいとのことだった。

夜、Luke は、Mr. Ellsworthy の家に忍び込んだ。Tommy Pierce、Amy Gibbs とのつながりを示すものを いくつか見つけた。帰ってきた Ellsworthy を物陰から見ると、彼の手が血に染まっていた。 Luke はこっそり家を出た。

Luke が Ashe 館に戻ろうとすると、Bridget が外で待っていた。Bridget は Lord Whitfield との 婚約を破棄して Luke と結婚すると言う。二人はキスをした。そんな話をしていると、 近くに運転手の Rivers が倒れているのを目にした。彼は撲殺されていた。 Luke はその血を見て、犯人は Ellsworthy だと確信した。

He drew a deep breath.(p.240)
「彼はふかぶかと息を吸って吐いた」(高橋)。類似表現:
  • draw breath 呼吸する
  • draw a breath 一息つく
  • draw a deep breath 深呼吸する
  • draw one's first [last] breath 生まれる [死ぬ]
draw ではなくて take を使っても同様の意味になるが、draw の方がやや古風で小説的である。 (以上、ジーニアス英和大辞典電子版と ChatGPT (AI) による)
Raiding our Mr. Ellsworthy! (p.241)
「我らがエルズワージー君の家を捜索してきたんだ」(拙訳)。raid は、 「…を急襲する、…に侵入する、(警察が)…を手入れする」(ジーニアス英和大辞典電子版)

17 ホイットフィールド卿は語る Lord Whitfield Talks

Luke は、Dr. Thomas に Ellsworthy が犯人だろうと言う。しかし、Dr. Thomas は 信じてくれないので、Luke は腹を立てる。

Luke は Ashe Manor に戻ると、Bridget と話をする。その晩、Luke は Lord Whitfield の 話を聞く。彼は、人は悪いことをすると必ず天罰を受けると言う。実際、自分の敵や自分を中傷した者は 皆死んだという。Lord Whitfield が言うには、「Tommy Pierce は、私の真似をして死んだ。 Harry Carter は、私の悪口を言って死んだ。Amy Gibbs は、私に悪態をついて死んだ。 Dr. Humbleby は、水道計画のことで私に反対して死んだ。Horton 夫人は、私に無礼なことをして死んだ。」 Luke は、犯人は Lord Whitfield だったのだと確信した。

Do right by your Creator and your Creator will do right by you! (p.256)
「まあ創造主様に義理を尽くしておけば、創造主様もこちらに義理を尽くしてくれるさ」(ChatGPT (AI) 訳)。 ChatGPT (AI) によれば、これは昔からある格言ではない。do right by someone は、「~に対して 義理を尽くす」という意味で、世俗的な響きがある。神 (God、Lord) と言わずに創造主 (Creator) と 言っているのは芝居がかっているし、さらに your Creator と言っていることでちょっとユーモラスになっている。
Remember the children that mocked Elisha --- how the bears came out and devoured them. (p.256)
これは、旧約聖書の「 列王記下 2:23-2:24」にある話である。預言者エリシャを嘲った子供たちは、熊に食い殺された。

18 ロンドンでの会談 Conference in London

Luke は、Billy Bones (Sir William Ossington) に大量殺人事件の報告をする。 警察には、Lavinia Pinkerton を轢いた車のナンバーが FZX4498 で、Lord Whitfield の ものだという報告が入っていたが、運転手にアリバイがあるということで、警察はそれを信じていなかった。 Luke はそれを聞いて、ますます Lord Whitfield が犯人だと確信した。

Luke は、Wychwood-under-Ashe に戻ると、Miss Honoria Waynflete に Lord Whitfield との 婚約を以前破棄した理由を確かめた。すると、Gordon Whitfield が Honoria が飼っていたカナリアを 殺したのが原因だったという。Luke が Lord Whitfield が犯人だと言うと、 Honoria は、Bridget を海外に逃がすことを勧める。

Crime in Mayang isn't on a wholesale basis. (p.259)
「メイヤンでは、犯罪が大量に起こるようなことはありません」(Chat GPT (AI) 訳)。 表現のポイントが2つ:
  • wholesale は、元々「卸売りの」という意味だが、比喩的に「(悪いことが)大規模な、無差別な、 見境のない」(ジーニアス英和大辞典電子版)という意味で使われている。
  • on a ... basis は「~方式で」の意味だが、ChatGPT によれば、20 世紀前半では、会話でも 理屈っぽい響きを出すのによく使われたそうだ。
It might be as well if she went. (p.269)
「彼女はここを離れた方が良さそうだ」(Chat GPT (AI) 訳)。 この場合 as well は、「適切な、道理にかなっている」(ジーニアス英和大辞典電子版)の意味で、 直訳すれば「彼女が去るとすれば、それも良いかもしれない」となる。 ChatGPT によれば、イギリス式の婉曲表現である。

19 破棄された婚約 Broken Engagement

Luke が Ashe Manor に行くと、Bridget は婚約破棄のことを Lord Whitfield に もう言ってしまったという。Luke は Lord Whitfield に会って話をする。 Miss Waynflete がやって来て、Lord Whitfield にムーア人のナイフを見せてもらう。 Lord Whitfield が部屋を出ると、Miss Waynflete は Bridget に自分の家に数日滞在することを勧める。 Luke は Lord Whitfield が殺人犯だと Bridget に言う。

I feel such a rotten little gold digger. (p.271)
「自分がなんだか卑しい金目当ての女みたいに思えてしまうの。」(ChaGPT (AI) 訳)。
  • gold digger は「男を自分の魅力で引き付けて金を得る女」(OALD)、「金目当ての女」(ChatGPT) のこと。
  • feel が連結動詞として使われ、しかも名詞を補語にしている。Gemini によれば、I feel like such a rotten little gold digger. のように feel like を使う方が自然で無難である。しかし、口語的には like を 省略することもありうるというのが、Gemini と ChatGPT の共通した意見である。 I feel like I am such a rotten little gold digger. とするのが現代では一般的だが、 原文が直感的なのに比べて、説明的な感じになる (Gemini)。I feel myself to be such a rotten little gold digger. とすると、フォーマルで硬い感じになり、会話としては大袈裟になる (Gemini, ChatGPT)。
Moor (n.), Moorish (adj.) (p.276)
ムーア人とは、北アフリカやイベリア半島のイスラム教徒のこと。ベルベル系の人やアラブ系の人がいる。

20 あたしたちはその渦中に We're In It -- Together

Bridget は Gordon (Lord Whitfield) が犯人だとは信じようとしない。彼は、 虫も殺せないような男だと言う。しかし、Luke はこれまでの経緯を話して、 Gordon が犯人だと Bridget を説得する。Bridget は Miss Waynflete の招待を受けることにする。

(Gordon is) rather pathetic really. (p.282)
「彼は根はやさしい男なのよ」(高橋訳)。高橋訳が上手だと思う。直訳だと「彼は本当はどっちかといえば 感傷的なの」とでもなるだろうが、文脈的には「根はやさしい」の方が相応しい。
The look on a person's face (p.289)
「人の目つきが…」(高橋訳)。p.21 にも出てくるこの小説のキーワードである。 高橋訳だと「目つき」になっているけれど、原文はむしろ表情全体である。
by Jove (p.289)
「じつはね」(高橋訳)。OALD によれば、やや古いイギリスの口語で、驚きや強調を表すのに用いる。 Jove は Jupiter(ユピテル)のことで、by God と言うのが不敬とされたので、その代わりの婉曲表現 (minced oath) として用いられたのが由来。

21 なぜ手袋をして野を行くのか? "O Why Do You Walk Throught The Fields In Gloves?"

Luke は Bridget を Miss Waynflete の家に送って行く。 その後、Luke は Bridget の荷物を取りに Ashe Manor に戻ることにする。 Miss Waynflete は Bridget に中国茶を勧める。Bridget は中国茶が苦手だったので、 Miss Waynflete が席を外した隙に茶を捨てる。二人が話をしていると、 Luke から電話がかかってきて、Battle 警視が来て打ち合わせをするので荷物を取りに行くのは 遅れるということだった。

Miss Waynflete と Bridget は散歩に出かける。木陰で一休みすると、Bridget は眠くなった。 Bridget は Miss Waynflete の様子がおかしいと気付いて、本当はそれほど眠くはなかったが、 眠そうに装った。Miss Waynflete は手袋をした手でムーア人のナイフを取り出し、 自分の犯罪についてペラペラ喋り出した。そして、ナイフで Bridget を刺そうとしたとき、 Bridget は Honoria Waynflete を突き飛ばした。が、Honoria の狂気の方が勝った。 Bridget は Luke の名前を叫んだ。

Broadmoor Hospital (p.294)
ブロードムア病院は、 Berkshire 州 Crowthorne にある高度警備精神病院。凶悪犯罪を犯した精神病患者が入れられる。
lion's den (p.297)
「危険な場所」(ジーニアス英和大辞典電子版)を意味する成句。
Lapsang Souchong (p.298)
正山小種、立山小種は、中国の紅茶の一種。ラプサン・スーチョンは、立山小種の広東語読み。
O why do you walk through the fields in gloves / O fat white woman whom nobody loves? (pp.301-302)
これは Frances Cornford (a.k.a. Frances Crofts Darwin) の詩 “To a Fat Lady Seen from a Train”(1910 年) からの引用。 Honoria Waynflete が手袋をしているという怪しさを強調している。

22 ハンブルビー夫人は語る Mrs. Humbleby Speaks

Luke は Battle 警視と話をして、少し安心した。彼は、道で Mrs. Humblebly と会い、 Bridget が Honoria Waynflete の家にいると言うと、Mrs. Humbleby は驚いて Honoria は邪悪な女だと言う。

一人になると、Luke は今朝 Miss Waynflete が見せた表情を思い出し、それこそが Miss Pinkerton が言っていた殺人者の表情だったことに気付いた。Luke は Miss Waynflete の 家に戻って、Honoria と Bridget が散歩に出かけたと聞くと、必死で追った。 Bridget の叫び声が聞こえた。Luke は狂人を取り押さえた。

her face had been quite different, the lips drawn back from the teeth and a queer, almost gloating look in her eyes. (p.321)
「彼女の顔ががらりと変わり、唇がぐっと後ろへ引かれて歯をむき出し、目がほくそえんでいた。」(高橋訳)。 Luke が Miss Pinkerton の一瞬の表情を思い出し、Honoria Waynflete が犯人かもしれないと気付く場面である。 gloat が「ほくそ笑む」「にんまり笑う」という意味の単語である。

23 新たな出発点 New Beginning

Lord Whitfield が真相を知る。そして、Honoria のカナリヤを殺したのは、Honoria 自身で、 だから Honoria との婚約を破棄したのだと語る。

Bridget は、Miss Waynflete を疑っていた。それは、Gordon Whitfield が虫一匹殺せない男だと 知っていたからだった。それで、Miss Waynflete の招待を受けていたのだった。

Luke と Bridget は、これから二人で生きていくことにする。

Gone right over the edge. (p.331)
Luke が Battle 警視に Honoria の様子を聞いた時の答え。ChatGPT も Gemini も 「すっかり正気を失っています。」という意味の訳を出してくる。高橋訳の 「限界を超えてしまいました。」でははっきりしない。
till I drop by the wayside (p.332)
「路傍に倒れるまで」(高橋訳)。ChatGPT (AI) によると、by the wayside は、 新約聖書の「種まきのたとえ」に出てくる表現で、たとえば、Matthew 13:4, KJV では 「And when he sowed, some seeds fell by the wayside, and the fowls came and devoured them up. (種をまいていると、あるものは道ばたに落ち、鳥が来て食べてしまった。)」 となっている。

BBC テレビドラマ版と原作との相違点

原作との主な違いをまとめておく。

  1. [登場人物] ドラマ版ではよくあることだが、登場人物を減らしてある。複雑化を避けるためだろう。 主人公を黒人にしてあるのは、多様性への配慮もあるのだろう。
    • ドラマ版では 主人公を黒人にして、名前を Luke Obiako Fitzwilliam としてある。 つまり、アフリカの名前 Obiako をミドルネームにしている。それで、Luke は、 人種差別の目線で見られる中、何とか真相を突き止めようとする正義漢として描かれている。 そのことで、ドラマ全体に緊張感が与えられており、原作の単調さが軽減されている。
    • 原作の Luke は元警察官だが、ドラマ版では、政府機関で働くためにナイジェリアから渡ってきた 賢い若者ということになっている。つまり、捜査のようなことに関しては全くの素人である。
    • 原作の Dr. Humbleby と牧師の Alfred Wake がドラマ版では合体していて、 合体したキャラクターの Humbleby 牧師が出てくる。
    • Dr. Thomas は、原作ではちょっと冷淡なところがある常識人として登場するが、 ドラマ版では、不適格者は抹殺して良いという優生思想の持ち主として描かれる。 そこで、彼が第一に一番怪しい人になる。
    • 原作では、Abbot 弁護士、Dr. Thomas、Horton 少佐、Mr. Ellsworthy に同じくらい 嫌疑がかかるようになっている。ドラマ版では Abbot 弁護士と Mr. Ellsworthy は 出てきておらず、そのためもあって、Dr. Thomas に疑いが集中する。ドラマ版では、 Horton 少佐は常に Luke の味方として描かれている。
    • その Dr. Thomas が殺されると、今度は疑いは Lord Whitfield にかかる。
    • Amy の叔母は、原作では Church 夫人だが、ドラマ版では Carter 夫人。
  2. [殺人のタイミング] 原作では、連続殺人事件がほぼ終わってから、Luke は捜査を始めるが、 それでは Luke が関係者に話を聞きまわっている場面が長く続きすぎて単調になるので、 ドラマ版では、いくつかの殺人が現在進行形で起こるようにしてある。 これは、クリスティ作品のドラマ化でよくあることである。 ドラマ版では、Horton 夫人、Harry Carter と Tommy Pierce の殺害は過去のことだが、 Lavinia Pinkerton、Amy Gibbs、Humbleby 牧師の殺害は、Luke のすぐ近くで現在進行形で起こる。
    • Lavinia Pinkerton の事故死は、原作では Luke は新聞記事で知るが、ドラマ版では Luke が馬券を買っているすぐ近くで起こる。
    • Amy Gibbs の死は、原作では過去の話だが、ドラマ版では、Luke が宿にいるとき、 Honoria Waynflete の叫び声を聞いて駆け付けてみると死んでいたという話になっている。
    • 原作では、Dr. Humbleby の死は、Luke は新聞記事で知る。ドラマ版では、 Humbleby 牧師は、Luke たちとテニスをしている最中に倒れて死ぬ。
    • ドラマでは、Dr. Thomas も殺される。原作では死なない。
    • 原作では、Luke が捜査をしている間に死ぬのは、Lord Whitfield の運転手の Rivers だけである。
  3. [終わり方] 終わり方もいろいろ異なる点がある。
    • 原作では、Luke は Humbleby 夫人に Miss Waynflete が危険人物だと聞かされてはじめて Bridget が危ない状況にいることに気付く。ドラマ版では Luke が Lord Whitfield を追い詰めている時に、 「Gordon / Meet me by Ashe Woods / Bridget」と書かれたメモを見て Bridget が危ない状況にいることに気付く。
    • 原作では、Luke が真犯人に気付く一つのきっかけは、犯人が一瞬見せる奇怪な表情なのだが、 ドラマ版では、それを再現するのは難しいからだと思うが、取り入れられていない。
    • 原作は、Luke が Bridget と結ばれることを予期させて終わる。ドラマ版では、Luke は 母国ナイジェリアの独立運動に身を投じるために帰国する。

BBC テレビドラマ版のあらすじ