持病で短期入院をしたのを機に、一気読みした。が、入院後忙しくて、それから1か月以上経ってから これを書いているので、記憶が定かでない。なので、短くまとめるに留める。
本書では、『八犬伝』のあらすじを解説するとともに、 小説全体が日本社会のメタファーになっているという自説を披露している。 その説とは、里見家が徳川家の、神余家が皇室のメタファーであるとするものである。 さらに、管領連合軍は、外国を意味しているものとしている。以下で感想を述べる通り、 「管領軍=外国、安房=日本」はありうるかもしれないが、「里見=徳川、神余=皇室」は 論拠が弱いように感じた。
以下、著者が上のメタファーを証拠づけることとして挙げている事柄とそれに対する感想を いくつかまとめておく:
- 里見家は、神余(じんよ=かみのあまり=かなまり)家の内紛に乗じて安房の領主となった。
このことは、日本の本来の国王が天皇であり、徳川家は天下の大権を預かっているという水戸学の
理論に対応している。(pp.26-27,31,93-94)
さらに、神余家(皇室のメタファー)の後継者の上甘理弘世(かんあまり ひろよ)が廃人だという設定が、 徳川家(=里見家)が将軍として天下を治めていられる(=安房の領主でいられる)理由である。(pp.93-95) 。
[吉田感想] 八犬伝刊行当時の天皇(光格-仁孝)は学識がむしろ高いし、 水戸学の信者が「天皇が廃人」というメタファーは使わないだろうと思うので、私はこの解釈には抵抗を感じる。 - 金碗(かなまり)大輔が富山に伏姫を救いに行くことが、山幸彦が豊玉姫の出産を見てしまうことに対応している。
金碗大輔は伏姫を八房から救おうとして、八房だけでなく伏姫も殺してしまう。このとき八つの玉が
飛び出て、八犬士を象徴的に出産する。一方、山幸彦は、禁忌を破って豊玉姫の産屋を覗いて、
豊玉姫が八尋和邇(やひろわに)であることを見てしまう。
その子が鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)であり、神武天皇の父親である。
そのことから、八犬士は天皇のメタファーであると考える。(pp.36-37,120)
[吉田感想] この対応関係は少し弱い感じがする。伏姫が実は異形の者だったという筋書ならメタファーとしてわかるが、 夫が犬の八房という設定なので、ちょっと対応が悪い。 - 犬江親兵衛が水練を学んでいなかったのは、日本に海軍力が無かったことの比喩である。(pp.114,119)
- 管領連合の山内顕定軍が戦車を使っているのは、それが外国軍のメタファーだからである。 (p.122)
- 私戦であるはずの里見家と管領連合軍との戦いの後、朝廷が里見家に褒美を与えている。これは
管領連合軍=外国と考えることではじめて理解できる。 (p.123)
[吉田感想] 神余家を皇室のメタファーとするなら、神余家(もしくは金碗家)から褒美が出ないと おかしいのではないかという気がする。
著者は、馬琴を、「紫式部、大江健三郎と並ぶ日本三大文学者」の一人だとしているほどの馬琴好きで、 つまりは『八犬伝』好きである。著者は、私よりも3,4歳年上のようで、私と同様、 NHK の人形劇『新八犬伝』に夢中になったとのことである。それが八犬伝好きになるきっかけだったようで、 そのため、本書では『新八犬伝』の解説にも1章を割いて、原作との相違点が解説されている。 私は、もはや『新八犬伝』の筋書は忘れているが、今でも『新八犬伝』のテーマソングを歌えるし、 そのおかげで「仁義礼智忠信孝悌」を覚えた。