『教行信証』は名前しか知らなかったので、この番組で勉強させてもらった。
他力の思想というのは、安易なぬるま湯のような感じも一見するのだが、
正しく受け取れば、常に自省をして謙虚に自分と他者のために祈る生き方の勧めである。
その他力の念仏の正しさを経典を丁寧に読んで独自の解釈をすることによって論証していっているのが
親鸞の『教行信証』である。現代的に言えば、自由意志をどちらかといえば否定する考えに基づいて、
それでも皆が幸せに生きられる道の宗教的追求ということになるだろう。
われわれは思ったように善行を積めないのだから、自由意志などそんなにないと思うべきである。
そこで、阿弥陀仏の導きのままに行動すべきなのである。そうして初めて何とか善く生きることができるはずだ。
そして、生きることは苦難の連続なのだから、浄土を目指して祈るのが幸福への道なのだ。
謙虚さが全くなくて考えが浅い人が総理大臣をやっている今、現総理と親鸞のコントラストに愕然とする。
今必要とされている総理大臣は、謙虚に物事をよく考える人であるだろうに。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 逆境の中で鍛えられた思想
『教行信証』基本情報
- 『教行信証』は、親鸞が知恩報徳の思いで書いた。知恩報徳とは、仏や先人たちの恩・徳に報いること。
知恩とは、サンスクリット語のクリタジュニャの訳語で、先人がしてくださったことをしっかり受け止めること。
- 法然 (1133-1212) が「専修(せんじゅ)念仏」を説いたのだが、多くの批判を浴びた。
『教行信証』は、それらの批判に対する論駁の書である。
浄土と阿弥陀仏と浄土仏教
- 仏教には、仏や菩薩がたくさんいる。それぞれの仏は、自らが救い主である世界を持っている。
仏や菩薩がいる世界を浄土と呼ぶ。極楽浄土にいるのが阿弥陀仏である。阿弥陀仏は、法蔵菩薩という名の
修行者だったとき、命あるすべての者を救うために48の誓いを立てた。
- 阿弥陀仏の誓いのうち、最も重要なのが第十八願で、「至心信楽の願」とも呼ばれる。
第十八願は、心からこの願いを信じて念仏を称(とな)える者を極楽浄土へ往生させるというもの。
- 浄土仏教は、阿弥陀仏への帰依とその救済を説いた。大乗仏教では、他者の救済にも努める「菩薩の道」を重視する。
- 7 世紀に、中国の僧・善導が独創的な念仏道を打ち立てる。「一心に専ら阿弥陀仏の名号を念じよ」という
「称名念仏」である。法然は、これを受けて、ひたすら「南無阿弥陀仏」を口に出して称(とな)える
「専修(せんじゅ)念仏」を説いた。
- 法然を、仏教の教えからこぼれ落ちる人も救済しようとした。それで、さまざまな仏典を何度も読んで
救済のヒントを探した。当時は、社会の変革期だったし、12 世紀は災害の世紀でもあったので、限界状況に
あった人々が数多くいた。法然は、そういった人々も救われるべきだと考えた。
親鸞の生涯
- 親鸞は自分のことをほとんど書き残さなかったので、その人物像は謎に包まれている。
- 親鸞は、京都の下級貴族の家に生まれ、9 歳で仏門に入り、比叡山で学んだ。
- 29歳で、親鸞は比叡山を去り、京都の六角堂で百日参籠(さんろう)を行った。
このときの夢のお告げをきっかけに、法然門下となる。
- 元久2(1205)年、法然の主著『選択(せんじゃく)集』の書写を許される。
- 元久2(1205)年、興福寺の僧侶たちが、専修念仏の禁止を訴える文書を朝廷に提出した。
- 承元元(1207)年、後鳥羽上皇が法然一門に専修念仏の停止を命じる(承元の法難)。法然一門のうち4人が死罪となる。
親鸞は越後の国府に流される。親鸞は僧籍を剝奪され、藤井善信(よしざね)という俗名を与えられる。
親鸞自身は、藤井善信の名前を使わず、愚禿(ぐとく)親鸞と名乗った。親鸞は、このときから非僧非俗の立場を取った。
- 『教行信証』は、50歳くらいから書き始めて30年以上書き続けた。
『教行信証』の構成
『教行信証』は全6巻から成る。総序という前書きがあり、(1) 教巻 (2) 行巻 (3) 信巻 (4) 証巻
(5) 真仏土巻(しんぶつどかん) (6) 化身土巻(けしんどかん)で構成される。
総序
- 阿弥陀仏の教えは、凡夫を救う大きな船である。
- 王舎城の悲劇の話。野心家だった釈尊の弟子である提婆達多(だいばだった)は教団の乗っ取りを画策していた。
同じころ、マガタ国の王子の阿闍世(あじゃせ)は、父の頻婆娑羅(びんばしゃら)王が長生きしていることに焦りを
感じていた。そこで、提婆達多は阿闍世に、頻婆娑羅王の殺害を助けるから、自分を教団トップにしてくれと頼む。
阿闍世は、父王を幽閉する。阿闍世は、父王に食べ物を運んでいた母の韋提希(いだいけ)も捕える。
頻婆娑羅王は死ぬ。韋提希は釈尊に助けを求める。韋提希は救済される。阿闍世は、父王を死なせたことを悔いて、
原因不明の病に罹る。阿闍世も釈尊に救いを求めたところ、釈尊は病を治した。
- 親鸞は、悪人をも救済する釈尊に惹かれる。親鸞によれば、提婆達多も阿闍世も「権化(ごんけ)の仁(にん)」、
すなわち私たちを救うために人間の姿を借りてこの世にあらわれた仏や菩薩なのである。
教巻
- 『無量寿経』が真実の教えだと書かれている。「無量寿」は、阿弥陀仏の別名で、
落語の「寿限無」はそれをひっくり返してある。『無量寿経』は、法蔵菩薩が四十八願を立てて、
世自在王仏の元で修業をして阿弥陀仏になる物語である。
- 第十八願が親鸞の教えの軸になる。「たとひわれ仏(ぶつ)を得たらんに、十方(じっぽう)の衆生、
心を至し信楽(しんぎょう)してわが国に生(うま)れんと欲(おも)ひて、乃至(ないし)十念せん。
もし生れざれば、正覚(しょうがく)を取らじと。ただ五逆と誹謗正法(ひほうしょうぼう)を除く。」
意味:もし私が仏になるのであれば、人々が心から念仏を称えてくれれば、極楽浄土に生まれ変わる。
もしそうならないのだったら、もう私は悟りを開きません。
第2回 「自分の都合」と向き合う
行巻
- 『教行信証』における「行」とは、「南無阿弥陀仏」と口に称えること(念仏)、ならびに
「南無阿弥陀仏」という仏の名前そのもの。
- 仏様が完成させた「行」である「南無阿弥陀仏」が私のところに届く。仏が私を導く。
- 念仏は、平安時代後期までは、観想念仏が主流であった。それは、仏の姿や浄土の様子を心の中に思い浮かべて
浄土への往生を願うことである。それに対して、法然や親鸞は、誰もができる「称名念仏」こそが大切だと説いた。
- 真実の行は、阿弥陀仏の名前を称えることで、この行にはすべての善や功徳が備わっている。
- 大行は、他力の行、すなわち仏の行。大信は、仏から私に届く信心。
- 親鸞によれば、念仏は自分で行うものではなく、阿弥陀仏の願いが私に届いて働き、仏が私の上にあらわれたもの。
- 法蔵菩薩の第十七願:私が仏になった時、全ての世界の数限りない仏がたが、悉く私の名号を褒め讃えないようなら、
私は決して悟りを開くまい。
- 親鸞は、第十七願を、念仏は阿弥陀仏の意思で行われると解釈する。
- 受け身になって、阿弥陀仏の他力にまかせる。
- 「南無(なも)」というのは、帰命(きみょう)のことで、帰命とは、私を招き喚(よ)び続けておられる
如来の本願の仰せである。
- 「発願回向(ほつがんえこう)」とは、阿弥陀仏が私たちに往生の行を与えてくださる大いなる慈悲の心である。
- 「即是其行(そくぜごぎょう)」とは、衆生を救うために選び取られた本願の行である。
- 親鸞は、徹底的に仏を主語にして、経典を解釈していく。
- 「三選の文(もん)」は法然の『選択集(せんじゃくしゅう)』からの唯一の引用。
聖道門(しょうどうもん)よりも浄土門を選べ。雑行(ぞうぎょう)を捨てて正行(しょうぎょう)を選べ。
助業(じょごう)は放っておいて専ら正定業(しょうじょうごう)を選べ。
正定業とは、仏の名号を称えることである。称名する者は、阿弥陀仏の本願によって必ず往生できる。
- 聖道門は自力の道、浄土門は他力の道。正行は、読誦(どくじゅ)、観察、礼拝、称名、讃歎供養。雑行は
その他の善行。正定業は称名。助業はそれ以外の正行。
- 弱者や愚者は、ただ称名をすれば良い。
正信偈(しょうしんげ)
- 無量寿如来に帰命(きみょう)し、不可思議光に南無(なも)したてまつる。
- [解釈] 帰命も南無も同じ意味。無量寿如来も不可思議光も阿弥陀仏のこと。
- 弥陀仏の本願念仏は、邪見・憍慢の悪衆生、信楽(しんぎょう)受持すること、はなはだもって難し。
難の中の難これに過ぎたるはなし。
- [解釈] 自分を捨てられない人間が教えを受け止めることは難しい。
- 印度西天(さいてん)の論家(ろんげ)、中夏(ちゅうか)・日域(じちいき)の高僧、大聖(だいしょう)興世(こうせ)の
正意(しょうい)を顕し、如来の本誓(ほんぜい)、機に応ぜることを明かす。
- [解釈] インドから中国、日本へと高僧たちが受け継いできた教えに対する敬意。
彼らは、釈尊が私たちの前に現れた意味と、阿弥陀仏の本願は私たちのために立てられたことを明らかにした。
第3回 「実存的改読」がもたらすもの
信巻
- それおもんみれば、信楽(しんぎょう)を獲得(ぎゃくとく)することは、
如来選択(せんじゃく)の願心より発起す。
- [解釈] よく考えてみると、真実の信心を得るということは、阿弥陀如来の願いの心から
起こったものである。信楽=阿弥陀仏の願いをそのまま受け入れる心。
- 第十八願(至心信楽の本願):至心は、仏の真実の心が私に届けられたもの。
信楽は、仏が送る信心の喜びを受け入れる心。欲生は、仏が私を浄土に招き入れようとする心。
- 第十八願は、普通に読むと私が主語だが、親鸞は主語を仏だと読み直した。
- 第十八願には、但し書きがあり、五逆の罪を犯したものと、正しい法を誹謗する者を除いてある。
善導や法然は、これを抑止のため(抑止門 おくしもん)にために書かれているものだとした。
親鸞は、悪人であっても救われるということを、「王舎城の悲劇」を根拠として立証した。
阿闍世や提婆達多も救われる。
- 二河白道(にがびゃくどう)のたとえ。絶体絶命の状況で、釈尊と阿弥陀仏に導かれて細い道を進む。
人知を超えるものに耳を傾けて、娑婆から浄土に行くのに、細い道を行く。
証巻
- 証とは悟りであり、涅槃である。涅槃=煩悩が消えた状態。悟りの世界。
- 現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)が親鸞の教えの特徴。
正定聚(しょうじょうじゅ)とは、仏となる身と定まった悟りの境地や人々のこと。
親鸞は、他力の信心を得た時点で(すなわち現世で)、間違いなく浄土に往生できる身となると説いた。
- 浄土に行くと決まったら、決まったからこそ知恩報徳の暮らしをする。
普通に誠実に暮らすことが仏道になる。
- 近江商人は「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」をモットーとした。
誰もが幸せになる商売をするのが、「三方よし」の精神だった。
その背景には、門徒としての信仰があった。たとえば、伊藤忠を創業した伊藤忠兵衛は、熱心な
真宗門徒だった。
- 大坂の船場も、浄土真宗の北御堂(きたみどう)と南御堂(みなみみどう)の周りにできた町だった。
- 司馬遼太郎は、『街道をゆく』の中で、「おかげさまで」は浄土真宗の人たちの挨拶から生まれて、
近江商人が広めたと書いている。
- 「還相回向(げんそうえこう)」とは、阿弥陀仏の力で浄土に往生した者が、再び菩薩となって
この世に還ってきて全ての人々を救済すること。
- 一般的な仏教における「回向(えこう)」とは、自分が積んだ善行や功徳を他者に振り向けること。
- 『教行信証』における回向には「往相回向(おうそうえこう)」と「還相回向(げんそうえこう)」がある。
「往相回向」は、阿弥陀仏のはたらきで、全ての人が浄土に往生すること。
「還相回向」は、衆生を教え導くという証に含まれるはたらきを他力によって恵まれること。
- このような還相回向の概念のルーツは曇鸞にあるもののさほど重視されておらず、
親鸞が重要概念として構築したものである。親鸞は、死をも超えて仏道が続くと考えた。
第4回 誰一人取りこぼさない救済原理
真仏土巻(しんぶつどかん)
- 真仏土巻には、阿弥陀如来と真実の浄土について書かれている。
- 『観無量寿経』に「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」という言葉がある。
これは、阿弥陀仏は決して見捨てることなく救い取るということである。
阿弥陀仏は、誰も見捨てることがない。
- 『無量寿経』にある第十二願は光明無量の願、第十三願は寿命無量の願。
光は空間を、命は時間を表し、阿弥陀仏が時空を超越した存在であることを示している。
- 生きとし生けるものは六道を輪廻する。根本的な解決は、出家して輪廻から解脱し、
涅槃に達することである。仏教における生の本質は苦しみだから、二度と生まれ変わらないことを目指す。
- 浄土は、出家と在家の区別なく行くことができる。その意味では、涅槃と天とをつなぐ
第三領域のような性格を持っている。さらに、親鸞は、浄土からこの世に菩薩として戻り、
人々を救うことができる(還相回向、げんそうえこう)と説いた。
化身土巻(けしんどかん)
- 化身土巻には、前半には仮の教え、後半には仏教以外の宗教について書かれている。
- 化身土とは、人々を真の浄土に導くための方便としての仮の浄土である。
「方便」は、サンスクリット語ではウパーヤといって、「近づく・到達する」という意味。
したがって、真の到達点に近付くための中間点という意味である。
- 「三願転入の文(もん)」には親鸞の人生がうかがえる。
「三願」とは、第十九願(修行や善を実践して往生する要門)、第二十願(自力の念仏による功徳で往生する真門)、
第十八願(他力の念仏によって往生する弘願、ぐがん)のことである。親鸞の生涯と対応させると、
要門は比叡山での修行、真門は念仏の実践、弘願は他力念仏の道への転入ということになる。
要門、真門という方便を経て、他力の道に導かれた。
- 仏教を信じる者は「偽の教え」(仏教以外の宗教)に惑わされてはいけない。
- 三帰依とは、仏・法・僧をよりどころとして信奉すること。
- 富山の薬売りは、置き薬を行う。これは、相手を信頼するという門徒の商業倫理から発達したと
言われている。
後序(ごじょ)
- 『教行信証』が書かれた意図や経緯が記されている。
- 当時の仏教界や朝廷への批判も書かれている。承元の法難で、法然や親鸞が処罰されたのが
不当であったと書いている。
親鸞の手紙
- 念仏を御心にいれてつねに申して、念仏そしらん人びと此世、後の世までの事をいのりあはせたまふべく候
- よくよく念仏誹(そし)らん人をたすかれと思召して念仏しあはせたまふべく候
- 他力念仏を批判する人のためにも祈りましょう、ということ。