「内部観測と現象論的計算」 講師: 郡司ベギオ幸夫 (神戸大 理 地球惑星科学科) 要旨: 対象と観測者を分離せず、対象内部からの描像を打ちたてようという科学的試み に、内部観測や内在物理学と呼ばれるものがある。内からの描像というスローガ ン自体、社会科学において目新しいものではない。しかし、観測者の行為がその まま対象の一部であるという様相は、往々にして一切の確定、記述の不可能性を 暴き出し、理論の可能性さえ排除してしまう。ここから導かれるのは、二義的な 解釈としてしか定立し得ない理論の弱さである。 これに対して内部観測は、内にあって行為としか名状し難い過程と、確定とを接 合する、理論的転回を示唆する。ここでは、確定によって、確定された対象に担 われる志向性の生成が問題とされる。しかしその理論は、或る種の不可能性を内 在するがゆえに極めて困難である。内部観測の理論的展開を、ここでは、現象と しての計算という観点で示そうと思う。 「計算する計算機」の定義を確定しようとするなら、その電源に関して無限退行 を帰結するだろう。これに抗して、「計算する計算機」を例えば, 計算機と部屋 のコンセントまでのコードで確定したとする。この場合、戸外で停電が起これば、 たちどころに定義矛盾に陥る。確定=近似は、現象の重要な属性を失うから。し かし逆に、確定によって、確定されたものが「能力」を担ったと考えることがで きる。かかる「計算する計算機」の定義は、「計算しない能力」さえ担う、とい うように。世界内対象の或る確定(外延化)によって、外部が隠蔽され(それは 内部を隠蔽することでもある)、そこから或る志向性(操作としての全体概念) が生成する。このような様相に対し、我々は、何ら方法を持ち合わせていないわ けではない。例えば、無限集合の濃度を比較しようとするとき、要素を指定する という操作が隠蔽(=禁止)され、対応関係の数え上げといった別な操作が生成 し、これを経由して加算無限は定義される。ここに集合内部の操作から、集合間 の操作が生成し、翻って集合内部を再定義する過程が認められる。この種の、 「パラドクスを射程に置きながら、これに逢着せず、進行する過程」を考えるな ら、相対的な内と外との相互作用には、すべからく内包と外延との齟齬が存在す る。 本講義では、内包と外延との齟齬を、例示しながら、縮小写像を用いて関数と状 態を相互作用させるモデル,動的概念束を用いたモデル、非対称情報同相射とし ての相互作用モデル、などを解説し、空間/時間の未分化な原生相から空間と時 間との関係がどのように出現するか、世界内存在と有限の生(死)の関係などを 議論する.