第 1 章 地球惑星科学とはどのような学問か?

1-1 学ぶ意味、科学を学ぶ意味

[板書] 君たちは勉強しないといけない
まず、名古屋大学に入学した君たちへ。入学おめでとう、そしてご愁傷様。 なぜご愁傷様と言ったかといえば、それは君たちにたっぷり勉強してもらうことを望んでいるためだ。 大学に対する最大の誤解があって、それは大学に入ったらあんまり勉強しなくて良いというものだ。 そんなのは全くの嘘であって、大学では高校よりも高度なことを教えるのだから、当然のことながら、 よりたくさん勉強してもらわないと理解できるわけがない。このことはまずしっかりと頭においてほしい。 それが五月病を予防する第一歩である。

では、なぜ勉強しないといけないかを見るために次の写真を見ていただこう。 これはケニアの田舎の写真。日本とだいぶん違いますよね? 余談だが、私は先週ケニアに行っていた。ケニアでは、ちょっと働くと、日給 1000 円くらい。日本では、時給が 1000 円くらい。 この違いを生んでいるものが何かをよく考えてほしい。ひとりひとりの能力の差は ケニアの人と日本人とで違わない。でも、総体としてはこんなにも違う。 (この違いの原因は何か?学生に尋ねる) この違いの原因が、ひとことで言えば文化であり文明である、と私は思う。 (余談:皆さんもぜひ発展途上国に一度行ってみて考えてみてください。 もちろん、アフリカは奴隷貿易と植民地とグローバル化で痛めつけられていて かわいそうな歴史があることも確かだが。) その文化や文明を支えるのが、君たちを含むいわゆる知的エリートだ、と私は思う。 (もちろん論理的に飛躍しているが、その飛躍は追い追い詰めてゆく、ということで) (知的エリートという言葉を差別と取る人がいるかもしれないが、これは違う。 自給自足ではない世の中は役割分担で動いているので、単に役割を示しているに過ぎない。 君たちは「頭が良いから」名古屋大学に入ったのではない。「ある程度の知的能力があり、 それを生かす社会的役割を果たすことを決心したから」名古屋大学に入ったのだ。) そのために君たちは勉強しないといけない、と私は思う。

ところで、現代というのは不思議な時代で、かくも文明が発達している中で、 知的好奇心というものが急速に失われている。いわゆる「理科離れ」がその典型である。 さっきの光景をもう一度見てみよう。 またケニアの田舎。建物はボロくて、ゆがんでいる。が、この建物ならば自分でも 建てられるだろう。人々は牛を追っている。この牛は自分たちの食用にもできるだろう。 一方で、日本はどうだろう。建物を自分では立てられないし、どう建てたらよいかわからない。 人々は、携帯電話を持っている。が、携帯電話が通話できる仕組みは誰も知らない。 人々はスーパーで牛肉を買う。でも、この牛がどこでどうやって育てられたか誰も知らない。 (これは誇張しすぎで、ケニアでも携帯電話が使われていることを付け加えておく) 言いたいことは、文明が発達しすぎると、まわりで起こっていること、普段使っているものが 理解を越えるものばかりになってきていて、それを理解しようとさえ思わなくなってしまった。 これが理科離れということだろうと思う。これで良いのだろうか? (ケニアのほうが、まわりにあるものが等身大で良い、と言うこともできる。 実際、そういうのが好きでケニアに移住した人もいる。何が幸せかは人それぞれ。) 日本人の誰もが携帯電話を理解しなくなったら、作れもしなくなる。と、ゆくゆくは ケニアへの道を転落する。私としては、ある程度以上の知的エリートは、たとえば 携帯電話の原理くらいは知っていないといけないと思う。 そういうことが、君たちが学ばねばならぬ理由ではないかと思う。

要するに言いたいことは: 勉強してくださいね。同時に、勉強する意味も常に考えてくださいね。 答えは自分なりに見つけてくださいね。それが、名古屋大学に入るくらいの知的エリートの義務だと思う。

1-2 教養とは?

次に、教養とは何か?を考えてみたい。教養を考える上で啓発的な本として、
[板書] 立花隆「東大生はバカになったか―知的亡国論+現代教養論」(文藝春秋)
というのがある。この本、もしくはこれの元となった記事は、大学にも影響を与えていて、 最近教養が見直されるようになってきたきっかけのひとつである。

この本で、教養を定義しているところを見ると

[板書] 教養=人類社会の遺産相続
これは、さっきから言っている、文化あるいは文明を受け継ぐ、ということだ。
[板書] 文化、文明の継承
そして、大学の役割には、さらに、
[板書] 専門教育と研究=遺産をさらに豊かにする、文化の創造
もある。この2本柱が大学の使命だ。これらを常に行っておかないと文明が滅びる。 文明は、継承が遮断されると滅びる。たとえば、イラクを考えよう。 バグダッドは8−9世紀頃はアッバース朝の元で最盛期を迎え、世界の文明の中心だった。 ところが、13世紀にモンゴルの侵攻で陥落して以来、文明が滅びて、今のように アメリカに負けるようになった。

とくに、なぜ教養が必要かということに対し、立花氏が言っていることは、 社会を動かすのは、教養のあるジェネラリストだからだ、ということだ。 組織のトップというのは、いろいろなことが一通りわかっていないといけない。 技術も経営も営業も全部わからないといけない。そのためには、 人文科学、社会科学、自然科学すべてを一応一通り知らなければならない。 なぜかというと、そういう知的エリートの社会の中での役割は判断だからだ。 日本は、そういったこと、とくに自然科学が重視されない。そこで、アメリカに負ける、 というわけだ。

さらに、教養には「テクネー」と「エピステーメー」がある、と立花氏は言う。

  「テクネー」 体験的に覚える  話す、書く、議論する、外国語を使う etc
    「エピステーメー」 知識として覚える
一応、ここの共通教育としては
  「テクネー」 基礎セミナー
    「エピステーメー」 講義
という対応だが、そうきっちりわけられるわけでもない。本講義でも、質問をすれば、 議論をする能力が身につく。こんな大人数の中で質問するのは大変ですが、努力をすれば、 それは大事な能力が身についたことになる。それから、レポートを書いてくれれば、 評価をして改善点を教えてあげる。これによって、論理的に書く能力を身につけることができる。 やる気のある方はどうぞ。

それと、それに関して言えば、大学というのは「テクネー」を身につけるところで、 基礎的な勉強は「大学らしくない」という人が時々いますが、これもちがう。 良かれ悪しかれ、19−20世紀に科学は非常に発達してしまった。 これの基礎を学ぶだけでも、高校だけではぜんぜん足りない。大学でも基礎的な知識も 学ぶ必要がある。とくに自然科学はそう。知的エリートには科学的知識が必要で、 それを身に着けるには、忍耐が必要です。しかし、それを身につけると、世の中が 良く見えるようになるので、それを楽しみにしてがんばってください。 能動的に努力をすることはもちろん大事だが、基礎固めもしっかり。

学んで思はざれば則ち罔(くら)く、思うて学ばざれば則ち殆(あや)うし

1-3 地球惑星科学の位置づけ

以上を踏まえた上で、なぜ地球惑星科学を学ぶのかを考えよう。

先にシラバスを説明したときのように、2つの側面で考えてほしい。

[板書]  役に立たない=生きてゆく意味
        役に立つ=生きてゆく知恵

まず、前者について:

われわれが生きていく上で重要な問いは

[板書]    われわれはどこから来たのか
          われわれは何者か
          われわれはどこへ行くのか
である。[ゴーギャンの絵を見せる] これは別にゴーギャンの発明ではなくて、人間が昔から 問いつづけてきたことである。それを解明する学問のひとつが地球惑星科学だ、と言いたい。

それは、われわれを取り巻くものを考えてみるとわかる。われわれは、宇宙の中の太陽系の中の 地球の上に住んでいる。学問と対応させると、天文学が広い宇宙を探り、太陽系の中を 地球惑星科学が探る。そういうわれわれの住処のキャラクタリゼーション、その時間変化を 探るのが地球惑星科学だ。生物と地球がどう進化してきて、いまどういう状態にあるのか、 そして、今後どうなるのか、あるいはどうするのか、こういったことを地球惑星科学は扱う。

[板書] 上の図
地球の上で、われわれは社会を作っているから、そこに人文社会系の諸学問が関係していて、 そしてわれわれは生物なので、われわれの内側の世界や社会を研究するのに生物学という学問があり、 逆にわれわれが世界をどう認知するかを知るために、広い意味での認知科学や脳科学がある。

そういった諸学問が複合して、上の根源的な問いに答えることになる。 そのように地球惑星科学を認識してほしい。

次に後者について:

[板書] 人間社会と自然環境の対峙の図
われわれ人類は、自然環境と対峙している。そのインターフェースのところで、 自然からいろいろ恩恵を受けたり災害を受けたりする。それが役に立つ地球科学の部分だ。 たとえば、君たちは将来ダムを造ることに携わるかもしれない。そのときに、 それが良いかどうかの判断は、ジェネラリストとしての判断だ。経済のことも自然のことも 考えないといけない。その自然の側の判断の材料として、地球科学や生態学などを 知っていることが非常に重要。

1-4 地球惑星科学の視点

余談:(第2回講義の)最初に忘れないように言っておくと、参考テレビ番組
  NHK スペシャル「地球大進化 46 億年・人類への旅」
  4/17(土) 21:00 「生命の星 大衝突からの始まり」
おもしろいんじゃないかと思うのでテレビがある人は見てね。

ちょっと高校の教科書が近くにあったので眺めてみた。それを見ると、高校の教科書は けっこう偉くて、表面的な内容から言うと、この講義で話すこととそう変わらなかったりする。 しかし、大きい違いがある。高校の教科書は羅列的。それは、指導要領などで○○は教えては いけない、なんていう制約があるからだ。ところが、実際の世界(宇宙)は、すべて 因果関係で緊密につながっているので、決して羅列的なものではない。そのチェインの部分を この講義では重視してゆきたい。

そういう意味で、地球科学の全体を眺めてみよう。必ずしもひとつの座標軸で あらわされるものではない。いくつかの座標軸を想定しよう。

(1) 地球の歴史と進化をたどる
    チェインがはっきりわかるのは、時間を追って見ることだ。そうすると、因果が
    はっきり見える。そういう意味で、この講義も次章ではビッグバンから始める。
    こういう見方は地球科学や天文学に独特。
    ところで、高校の教科書は必ずしもビッグバンから始まらない。
        宇宙の形成→銀河の形成→太陽系の形成→地球の形成
        地球の進化、生物の進化

(2) 地球と惑星を空間スケールと時間スケールで認識する
    空間スケール:宇宙→銀河→太陽系→地球→地球の層構造
                  大気の大循環→温帯低気圧→雲→雲粒→エアロゾル
    時間スケール:大陸が移動する時間→地震が起こる間隔→津波が到達する時間
                  →地震が始まってから終わるまでの時間

(3) 輪廻あるいは作用のバランスをたどる
    論理の流れ:地球から熱が出る⇔マントル対流が起こる⇔プレートが動く
    物質の輪廻:炭素 大気→植物→動物→大気

(4) 身近な現象の原因をたどる
    急な崖→断層→地震→プレート運動
    豪雨→梅雨前線→モンスーン→ヒマラヤ山脈

(5) 地球科学を役に立てる
    火山噴火→過去の噴火を調べる→未来の予想→ハザードマップ→防災対策
    地球の形の理解→地図を作るための技術に必要な知識→地図
このように、いろいろなことがらは密接に関連している。中学高校の教科書のように 羅列的なものでは決してない。このような関連がわかってくると、地球惑星科学が おもしろくなる。この講義はそういう点に注意をするので、わかって欲しい。 試験やレポートもそういう点に着目したいと思っている。