理系教養・地球惑星の科学レポート

吉田茂生 教官                 060402881

理学部 渡邉ゆか

バージェス頁岩の奇妙奇天烈生物

 

どちらが前か後ろか、または上か下かさえはっきり分からないようなハルキゲニア、五つの目と大きなノズルを持つオパビニア、クラゲやエビの一種だろうと考えられていた別々の生物が統合されて予想図が完成したアノマロカリス…。どれも現生する生物からは考えられないような特徴を持つ。バージェス頁岩におけるこのような異質性は実に不可解で、興味をそそるものである。地球の歴史と共に歩んできた生物進化の過程の一部であるこのバージェス頁岩の生物について考察していく。

 

 〔1〕バージェス頁岩とは

バージェス頁岩はカナダの西部に位置し、20世紀のはじめごろウォルコットという古生物学者によって発見された動物群で、約5億3000万年前の化石を残している。なぜこのバージェス頁岩が注目されているかといえば、約5億7000万年前の先カンブリア時代と古生代の境界の後に起こった“カンブリア紀の爆発”と呼ばれる生物の多様化が集中して起こり、硬い殻を持った多細胞生物が地球上に姿を現した直後で、しかも容赦ない絶滅が多くの生物種を滅ぼす前の時期に当たるからである。つまりは、爆発的進化によって登場した動物がすべて揃っていたのだ。

 ウォルコットの後も1960年代後半から70年代にかけて、ケンブリッジ大学のウィッテントンと、彼の元で大学院生をしていたサイモン・コンウェイ・モリスとデレク・ブリッグスらによって詳細な研究がなされ、カンブリア紀の生態系の多様性やそれぞれの動物の進化の過程など、様々な発見があった。

 通常化石は硬い部分だけが残り、軟体性の部分はなくなってしまう。しかしバージェス頁岩では三葉虫の足や貝の中身のような軟体性部分まできれいに保存されており、動物の構造を詳しく知ることができる。ではなぜ軟体性部分まで化石に残ったかというと、バージェス頁岩は海底の崖が崩れて生じる泥流によって生物が一瞬にして埋まり、その埋まった場所が生物の住んでいた場所より深く、光の届かない酸素の少ない場所だったため、生物の遺骸が他の生物によって分解されずに残ったからだと考えられている。

  〔2〕生物の進化とバージェス頁岩の意義

 この動物群が発見されるまで、生物進化の歴史は、生命は限定された単純なものからスタートして、どんどん改良されていくうちに多様化していったと考えられてきた。しかしこの発見により、従来の逆円錐型に描かれた系統図はむしろ逆であり、たくさんの形態が爆発的に増えた後、大量絶滅の中運命的に生き残った少数のモデルがその仲間を増やしながら現在まで至っているということが分かった。生物の進化の歴史とは、まさに悲運多数死によるものだったのだ。そしてバージェス頁岩は子孫を残していけなかった様々なモデルが存在することを示してくれたのだ。また、そこでは生態系も機能していたことが分かってきている。

  

 では、バージェス頁岩で発見された生物のうち、特に興味をそそられた数種について実際に調べてみる。

 

  〔3〕オパビニア

 オパビニアは、生物は“単純なものから複雑なものへ”という考え方から節足動物であるとされてきたが、後の研究によって類縁関係の分からない生物であると判定された。その外見は奇妙なもので、次に順を追って紹介する。

@     目が5個ある

A     前頭部にノズルがあり、それは伸縮自在の吻でも触覚が合わさってできたものでもない

B     消化管はほぼ全体長にわたってからだの中心を貫く一本の管であるが、頭部ではU字型に曲がり、その先端は後方を向いて口となっている

C     胴には15の体節があり、各体節の側面には一対の葉状突起がある

D     先端のものを除き、個々の葉状突起の背面つけ根付近にはオール状の鰓がある

E     胴の最後の3つの体節は三対の葉片状の薄板が外側向きについて“尾”のようになっている

 前頭部のノズルは曲げたときにちょうど口に届く長さとなっている。これより、オパビニアはノズルの先端でエサを捕まえ、口まで運んで食べていたのではないかと推定される。また、そのからだの構造からして、おそらく遊泳生物だったのだろう。

  〔4〕アノマロカリス

 アノマロカリスとは“奇妙なエビ”という意味を持っている。アノマロカリスは普通の化石動物群に混ざって保存されるほど硬い器官をそなえている数少ないバージェス産軟体性動物のひとつであり、バージェス頁岩が発見される前にすでに命名されていた。この器官は実際はカンブリア紀最大の動物の摂食用付属肢のひとつであると分かっているが、かつては節足動物の体の後部であろうと考えられてきた。

 アノマロカリスは別々に解釈されていたいくつかの動物が統合して、ひとつの巨大生物であることが分かった。摂食器官にはもうひとつ、その誤った解釈とは、シドユネイアの一部と考えられた接触付属肢F、ぺちゃんこになったナマコのラグガニア、真ん中に穴が開いているクラゲのペユトイアである。これらが同じ化石から発見されたことによって、完全なアノマロカリスの姿が浮かび上がることになった。元来のアノマロカリスは第一の種(アノマロカリス・カナデンシス)、付属肢Fは第二の種(アノマロカリス・ナトルスティ)の摂食器官、ラグガニアはアノマロカリスの胴体、ペユトイアは口であったのだ。
 アノマロカリスの構造においては、
@     全長は約60cmにもなり、カンブリア紀の動物としてはずば抜けた大きさ
A     長楕円形の頭部の側面後方には短い柄を持つ一対の大きな目
B     腹面には一対の摂食用付属肢
C     その後方には小環状の口
D     さらにその後方には著しく重なり合った三対の葉状体がついている
E     頭部後方の胴部は11の葉状体に分かれている。おそらくこの葉状体を連続的に波打たせて泳いだ

 アノマロカリスの口はかなり特徴的である。その口はどうやら開いたままだったようであり、すぼめることで噛み砕いていたと思われる。円形の口は全体的に開き、獲物を全方向から噛む。かまれた獲物は壺状に戻る歯に押されて奥に送られ、そして前の歯が開いた時には食道の壁から伸びたらしきその奥の3列の歯によって再び捕らえられる。アノマロカリスはこのような恐るべき武器を装着した巨大生物であった。しかし、この特徴は現在どんな節足動物も持ち合わせてはいない。カンブリアで栄えた後、絶滅の道を歩んでしまったようだ。

  〔5〕ハルキゲニア

 ハルキゲニアとは、“幻覚が生んだ動物”という意味である。どっちが上でどっちが下か、どっちが前でどっちが後ろかさえはっきりせず、現在では以前考えられていたものとは上下が逆であろうとされている。また、肢と思われるものの先が向いている方向から、その先にある膨らんだ部分が頭ではないかとすることができる。

その構造は、

@     体長は約2.5cm

A     左右相称形で一群の反復構造になっている

このことは通常の動物と一緒であるが、それ以上はまったくもってよく分からない生物なのである。ハルキゲニアにおいて、“頭”とは便宜上のものである。

B “頭”は円筒状の細長い胴に付着する

C 胴には節足動物の付属肢のような関節は無い七対のとげ

D 胴のその反対側には七対の肢と思われる触手

F     その触手の後ろに三対の短い触手

G     胴の後端部は次第に細くなり下向きに曲がっている

 この仲間は他の動物と一緒に化石で発見されることが多く、死体を食べる動物だった、または他の動物と共生関係にあったのではないかといわれているが、その歩き方や食生活など、その生体は詳しいことは分かっていない。

 ところで、ハルキゲニアに関する面白い説がある。それはハルキゲニアはそれ自体でひとつの生物なのではなく、まだ見つかっていない大きな生物の複雑な付属肢なのかもしれないといったものだ。その姿形がとてつもなく異様であること以外の根拠として、“頭”とされる部分の先が、見つかっているどの化石でも輪郭がはっきりしないことが挙げられる。保存状態が悪いためか、約30個あまり見つかっている標本のどれからも細かい構造は判定できない。そこで、実はそれは頭なのではなく単にちぎれやすい部分で、その箇所で本体から離れて化石になった付属肢のひとつではないかという考え方ができるというわけである。

 私はたとえハルキゲニア自身の不思議さの魅力が半減しようと、この意見を推したい。なぜなら、この仮説が最も説得力があると思われるからだ。ハルキゲニアの構造や生活の想像図はどれも偏見に頼っているものが多く、また、ハルキゲニアの化石やその想像図を見れば、どのように歩いていたか、消化管はどうなっていたのか、など推定するのは大変困難なほど特殊な形であることがわかる。とくにその“頭”の部分だ。本当にそれが頭で正しいのか、膨らんだその部分に何かついていなかったかなど、詳しいことは分かっていない。胴の部分は化石で見つかっているのに、頭の部分だけ残らないのは不自然ではないだろうか。そこで、もしハルキゲニアという一個体と考えられていた生物が何かほかの生物の付属品であったとすると、なんだかうまく行きそうな気がしないだろうか。

そうすれば不自然な形、はっきり残らない頭といった不可思議なことが解決してしまう。それに、アノマロカリスの前例がある。さえないエビの化石だったアノマロカリスが、クラゲやナマコの一種と考えられていた化石と一緒になって、バージェス最大の巨大生物が浮かび上がることとなったのだ。また同じようなことがハルキゲニアで起こってもおかしくない。なにしろ、ハルキゲニアは“他の生物と一緒に発見される”ことが多いらしい。もしかしたら、いずれ巨大生物の一部としてのハルキゲニアの想像図が描かれる日が来るのかもしれない。

 

これまで、バージェス頁岩のうちの、極めて“妙ちくりん”で、“奇妙奇天烈”なオパビニア、アノマロカリス、ハルキゲニアの三種を取り上げてきた。しかしバージェス頁岩で発見される生物はこういったものばかりというわけではないし、だからこそ歴史的に意味がある。最後に、カンブリアから現在へとつながってきた生物の歴史について考えてみよう。

 

 〔6〕大量絶滅とその後の世界

ここに、ピカイアいう生物を紹介しておかなければならない。これは現生するナメクジウオに似た、バージェス頁岩の中では派手さもない、目立たない存在である。しかしこのピカイアは生命の歴史において大変大きな意味を持つ。なぜなら、バージェス頁岩で見つかっている生物のうちで唯一、背面に沿って走る、後に脊椎へと進化した脊索とジグザグ模様をなす筋節を持った脊索動物であったからだ。現在、他のカンブリア紀の脊索動物として、中国の澄江化石層からカサイミラス、ミロクンミンギアといった四種類(うち一種類は十分に脊索動物にはなっていない半索動物との異論もある)が発見されているが、ピカイアとの関係は分かっていない。

 ピカイアの構造は、

@     体長約4cm

A     体はたてに平べったい

B     体は先が細くなり、頭には一対の触角

といった、別段奇妙でもない、いたって普通の生物である。脊索を支えに筋肉を収縮させ、左右に体をくねらせるという、現在の魚に似た泳ぎ方をしていたとされる。

 カンブリア紀の生物の大部分は大量絶滅に巻き込まれるように絶滅し、子孫を残すことは無かった。しかし、そのような状況の中、このピカイアは生き残って子孫を残している。このようなカンブリア紀の脊索動物がその後魚類へと進化し、両生類、爬虫類、鳥類、そして哺乳類といった様々な種を生んでいったとされているのである。

 なぜピカイアは大量絶滅を乗り越えられたのか、それはいまだに謎に包まれている。ピカイアは特別生存に優れていたわけではなく、むしろ身を守る武器を持たない比較的弱い生物でアノマロカリスに捕食されていただろうとされている。弱そうなピカイアが生き残り、他の生存能力について申し分ない生物がたくさん絶滅していったことを考えると、ただ偶然性に依存していたのかもしれない。

 〔7〕生物の辿った道

カンブリア紀における研究によって、カンブリア紀の爆発後には現生する生物を含むすべてのからだの基本的構造のデザインが揃っていたと考えられるようになった。つまり、“実験的”に数々のパターンを生み出し、大量絶滅を乗り越えた少数のグループが基本的な構造は保持したまま今の世界を作り出しているということである。

現生生物は種の数は多いが、門のレベルや基本パターンで見るとどれも似通っている。これはかつてそういった生物が生き残ってきた証拠であり、もし地球の歴史をもう一度カンブリア紀からやり直したら、再び同じ経路を辿ることはまず無いだろう。何も、ピカイアが生き残ることもなかったのだ。そうすれば今脊椎動物はいないかもしれない。アノマロカリスが生き延びていたら円形で二重の恐ろしい歯を持った獰猛な生物が存在しただろう。オパビニアだったらどうだろうか。おそらく、目を五つもつ生物が当たり前になっている。もっと先の世界でもいい、例えば恐竜が地上を支配していた時代に隕石が降ってこなかったら今頃哺乳類でなく爬虫類が栄えていたのだろう。ごく小さな逃げ回るだけだった哺乳類が栄えるなど、当時どうして想像できただろうか。

 

このように進化の歴史を振り返ってみると、今人類が存在することはとてつもない奇跡であることがわかった。そして、それぞれの生物がいろいろな生きるための戦略を駆使しながら現在に至ることを実感させられた。途方も無い生命の旅を考えていくと、なぜ今の世界があるのか、などとは考えても仕方の無いようにさえ思えてくる。結果的に、今この生態系が成り立っている、それしか分からないのだから。現に、もし今後また大量絶滅が起こったら、次の世界を支配するのはどんな生物の子孫であるのか我々には予想もつかないだろう。

また、バージェス頁岩はその異質性と奇妙さにより全くもってワクワクさせられるものであり、それゆえに関心をあおるものであるが、それ以外にも重要な発見がたくさんあったのだと気づかされた。

しかし何にせよ、やはりここで挙げたオパビニア、アノマロカリス、ハルキゲニア、そしてウィワクシア、マルレラ、オドントグリフスのような他の生物を含め、その姿が奇妙奇天烈でわけの分からない生物がたくさん見つかり、しかもそれらの生物の大半ははるか昔に絶滅してしまい、その名残も生きては見ることのできないというあたかも幻想的な事実がバージェス頁岩の魅力であり、面白さであるのだろう。

 

≪参考文献≫

『ワンダフル・ライフ ―バージェス頁岩と生物進化の物語―』

            スティーウ゛ン・ジェイ・グールド 〔早川書房〕(2000)

『進化の大爆発 −動物のルーツを探る』

            大森昌衛 〔新日本出版社〕(2000)

 

http://www.gnhm.gr.jp/archives/inpaku/cambrian/cambrian.html

                       カンブリア紀の大事件

http://www.museum.fm/index.htm

                       インターネット自然史博物館