Chapter 7 熱力学の基礎のまとめ

 

いったん熱力学を勉強してしまった後では、教科書とは逆の論理(天下り式)で熱力学を再構成してしまった方がおぼえやすくて簡単である。その方法を説明する。以下に示すものは論理的には必ずしも完全ではないが(たとえば準静的過程をきちんと定義していない)、ポイントを押さえるという意味で、完全にするより煩雑にならないことを重視している。

 

 

7-1. 基礎となる前提

 

前提1:平衡状態とよばれる状態が存在し、その状態に応じて一意的に値が

決まる変数を状態変数と呼ぶ。通常の流体では、2つの状態変数で

平衡状態を定めることができる。

 

前提2:内部エネルギー、エントロピー、体積という示強性の状態変数が

存在する。

体積はものの大きさとして定義される。

その他の量の意味付けは、あとで熱力学第1法則、第2法則が出てきた

時点で行う。

 

前提3: は完全な熱力学関数である。

 

前提4:温度と圧力

によって定義される。

すなわち、

である。

これらの量の意味付けは、あとで行う。

 

前提5:温度は正の量である。したがって、内部エネルギー

エントロピーの単調増加関数である。

 

 

7-2. 熱力学第1法則、第2法則

 

前提6:エネルギーは保存する。内部エネルギーは、微視的な分子や原子の

力学的エネルギーの総和である。平衡状態では変化しない。

 

熱力学第1法則:エネルギーの移動の仕方として、熱と仕事がある。

そこで、

と書くことができる。

 

熱力学第2法則:

(1) 温度の環境で熱が入ってくると、エントロピーが入る。

(2) エントロピーは流体の内部で非負の量発生する。

  可逆過程では発生しない。

この法則がエントロピーの意味を与える。

 

(注意)熱力学の第1法則と第2法則の性格の違い

 

第1法則はエネルギー保存則で、これは平衡だろうが非平衡だろうが

いつでも成り立つ。上の式の形では、始状態と終状態は平衡を仮定して

いるが、エネルギー保存則自体にはそのような制約さえも無い。

 

第2法則は、2つの平衡状態の間の関係である。途中は非平衡であってよく、

途中に非平衡な過程が入ると正の量発生する。始状態と終状態が非平衡な

場合に用いることができるかどうかは微妙な問題で、少なくとも

初等的講義の範囲外である。非平衡な状態では、そもそも温度やエントロピー

を定義できるかどうかがわからない(場合による)。注意をすれば使える

(たとえば、「対流」のときの議論のように)。

 

圧力の意味付け:

断熱準静的に体積を変化させる。第1法則、第2法則より

前提4から

したがって、

そこで、圧力は、同じ仕事の出入りに対して、体積の変化しにくさを

表す量だということがわかる。

また、ピストンを押し引きして体積をじわじわ変化させることを考えると、

圧力はピストンにかかかる単位面積の力であるという意味があることが

わかる。

 

温度の意味付け:

体積を変えず準静的にエントロピーを変化させる。第2法則より

だけの熱が系に入っているはずである。そこで、温度は、同じ熱の

出入りに対して、エントロピーの変化しにくさを表す量だということが

わかる。

その他の意味付けはあとで 7-5. で行う。

 

 

7-3. 熱力学関数(熱力学ポテンシャル)

 

ヘルムホルツ自由エネルギーを導いたような変換はたくさんできる。それらをまとめてゆく

 

4つの熱力学関数(熱力学ポテンシャル)

(1) 内部エネルギー

完全な熱力学関数

(2) ヘルムホルツの自由エネルギー

完全な熱力学関数

(3) エンタルピー

完全な熱力学関数

(4) ギブスの自由エネルギー

完全な熱力学関数

 

そのほかに、エントロピーをの関数と考えることも理論上よくある

完全な熱力学関数

 

マックスウェルの関係式

より

より

より

より

 

Gibbs-Helmholtz の式

 

 

7-4. 変化の方向

 

第2法則から、ものごとの変化の方向がわかる。

ただし、起こりうるということと実際に起こるということとは異なることに

注意する。第2法則が示しているのは起こる方向だけである。

 

(1) 断熱変化

熱力学第2法則によりエントロピーが増える方向に変化が進む

(2) 等温変化

熱力学第1法則

熱力学第2法則

より

(最小仕事の原理)

とくに

(2a) サイクル過程では

(ケルビンの原理)

流体は仕事をすることはできない(仕事をされることはできる)

(2b) 仕事がなされないとき

(2c) 仕事が準静的等圧体積変化のみの場合

ゆえ、

 

 

7-5. 平衡条件

 

2つの流体が可動透熱壁で接しているものとする。全体は動かない断熱壁で覆われているとする。これから示したいことは

すなわち、平衡な2つの流体の温度と圧力は等しいということである(これは、温度と圧力が平衡の指標となることを示している)。

 

まず、力の釣り合いから

となることは明らかである。

 

次に、2つの流体の間の壁が動かない透熱壁だとする。少しの熱が流体AからBに流れたとする。このとき、

流体Aが失うエントロピーは

流体Bが得るエントロピーは

である。その合計で全体のエントロピーの増加は

である。もしならならとすればとなり、そのように熱が流れてしまって変化が起こる。つまりそのような状態は平衡状態ではない。このことから次のことがわかる。

 

定理1:平衡状態では

定理2:熱は温度が高い方から低い方に流れる

 

 

7-6. 平衡状態の安定性

 

ここは、教科書第7章の内容に相当する。帰結は直観的には当たり前のことである。

 

外界の温度が、圧力がであるような系を考える。系が外界から少し熱をもらい、体積が変化したとする。平衡状態ではこのような変化が自発的に起こってはならない。このことを平衡状態の安定性とよぶ。そのための条件を求めよう。

 

熱力学第1法則より

熱力学第2法則より、この変化が自発的に起こらないためには

二つの式からを消去して

である。

 

一方で、の微分形から、体積と内部エネルギーの微小変化に対しその1次まででは

である。したがって、

がいかなるに対しても成り立たなければならない。したがって、

である。これは、7-5. の平衡条件を再確認したに過ぎない。

 

問題はこれから。体積と内部エネルギーの微小変化の2次まで考えると、エントロピーの変化は

である。安定性のためには

でなければならない。これが、いかなるに対しても成り立つため条件は

である。

 

第1の不等式の意味

なので、

が帰結する。

 

定理3:(定積)熱容量は正である。

[意味] 熱を与えると温度が上がる。

 

定理4:内部エネルギーは温度の単調増加関数である。

 

第2の不等式の意味

これらの式を用いると、結局

が帰結する。

 

定理5:(等温)圧縮率は正である。

[意味] 押せば体積が縮む。

 

さらに、ヘルムホルツの自由エネルギーの微分形式が

と書けるから、これは

であることも意味する。そこで、

 

定理6:ヘルムホルツの自由エネルギーは圧力の単調増加関数である。