番外編:熱力学の歴史

last update: 2009/10/14
主として、以下のまとめ:
山本義隆 (2008-2009) 熱学思想の史的展開 全3巻(ちくま学芸文庫 ヤ 18 1-3)

熱素説以前の時代 (18 世紀初頭まで)

アリストテレス自然学が支配した時代
「熱(温)」「冷(寒)」「乾」「湿」の4つは、それ以上還元が出来ない要素である。 自然は定量化できない。
Galileo や Descartes の機械論(17世紀前半)
熱は、物質の内部の部分の運動や大きさや形や配列などに帰着できるはず。 しかし、そう言いながら、Galileo は<火の粒子>なるものを想定している。
Boyle (1627-1691)
機械論者で、熱を微小な粒子の運動であると解釈する。 空気は、いろいろな「発散気」の複合体であると考える。
Boyle の法則(17世紀後半)
1646 年、Blaise Pascal が、大気圧の存在を明らかにした。 1660 年、Boyle は、空気に弾性があることを示した。その起源は、空気の粒子自身が 持っている弾性にあるのだと考えた。ところが、それ以前に、Richard Towneley と Henry Power が同様の実験をやっていることがわかったので、 ボイルは改めて実験をやり直して、1662 年に今で言う Boyle の法則を書いた論文を出した。 これは、歴史的には、2つの量の間の定量法則を初めて見つけたという意味で価値が高い。 しかし、実験を実際にやったのは助手の Hooke であると見られる。Hooke は、気体運動論に 近い考えを持っていた。しかし、Newton は Boyle の法則の起源を、空気粒子の間の 静的な斥力に求め、この考えがその後しばらく支配的になった。
Newton (1642-1727) とその影響
Newton の考え方の2つの側面をみてゆく。
Newcomen (1664-1729) の蒸気機関
初期の蒸気機関の発明で有名な Newcomen は、Newton と同時代の人である。 成功した蒸気機関を 1712 年に発明した。 Desaguliers は、Newcomen の蒸気機関に注目していた。

熱素説の形成 (18 世紀中葉―後期)

Herman Boerhaave (1668-1738) の<火の物質>
オランダの Boerhaave は優秀な教育者で、著書の「化学」(1732) は、18 世紀を通じて 権威があった。そこにおいては、通常物質と<火>の二元論が展開されている。 通常物質は、不活性で引力で特徴づけられる。<火>は、運動しており斥力で特徴づけられる。 重要だったのは、保存と平衡の概念が取り入れられていたことだ。<火>は 量的に保存されると考える。また、<火>は均一に分布するようになると考えた (今で言えば、温度が均一になると言わなければならない。今から見れば、 量と質を混同しているのだが、ともかく平衡の概念の萌芽である)。
スコットランド学派
18 世紀から 18 世紀後期には、スコットランドで学問が盛んになった。
Lavoisier (1743-1794) の<火>(熱素 calorique)
Lavoisier は、スコットランド学派とは独立にほぼ同時に、 Cleghorn の<火>と同様の<火>(熱素)の考え方に到達した。 酸素の発見と一括りのものとして出てきたために、影響力も大きかった。 <火>には、自由状態と結合状態があると仮定された。<火>は、自由状態でのみ 温度計に作用する。相変化の時、<火>の一部が結合状態になる。それが潜熱である。 <火>は斥力の担い手であり、それゆえに、<火>を多く含むにつれ、 固体→液体→気体と体積と流動性が増す。 金属の燃焼によって、<純粋空気>(酸素に相当)からは<火>が放出されて、 <純粋空気の基>が金属と結合する。 そこで、金属灰は元の金属よりも重くなる。一方で、自由になった<火>は熱と光を生む。

熱量学の確立 (18世紀末―19世紀初頭)

熱量保存則
Lavoisier は、数理物理学者 Pierre-Simon Laplace (1749-1827) と共同で 「熱についての論考」(1783-84) を著し、熱量学を定量化した。Laplace は、 熱を物質と考えるか運動と考えるかについては中立であったものの、ここでは 熱物質論に近い立場を取っている。熱に関する原理として、二人は、一般的な 熱量保存則を提唱した。熱には、自由熱と結合熱がある。自由熱は、混合の際には保存される。 自由熱と結合熱の間の変換が潜熱である。潜熱が吸収される逆の過程では同じだけの潜熱が 放出される。さらに進んで、熱量は状態量である、という主張に至った。とくに、 一定温度で加熱すると体積が膨らむという現象も、潜熱が吸収されたと解釈する。 そんなわけで、熱関数 Q に関して
dQ = CV dθ + ΛD dV
という関係があるとしていることになる。第2項が膨張に伴う潜熱である。 もちろん、今から見ると、これでは断熱自由膨張と断熱準静的膨張が 同じであるということになって間違いではある。が、熱力学第1法則が発見されるまでは、 これが解析的熱量学の基礎方程式となった。とはいえ、今の熱力学でも、 内部エネルギー U に対して
dU = CV dθ + [T(∂P/∂T)V - P] dV
なので、もし熱が
δQ = dU + P dV
と書けるのならば(力学的には準静的)、
δQ = CV dθ + T(∂P/∂T)V dV
となるわけで、正しい関係に近い部分もある(もちろん今では熱は状態量ではない)。
気体の状態方程式の確立;フランス科学の開花

熱力学の確立

ときひとできごと
18 世紀 ニューコメン、ウォットら 蒸気機関の実用化と改良
1824 年 サヂ・カルノー カルノー・サイクルの発明:父親ラザールの水柱機関の効率の理論に ヒントを得て、熱機関の効率の問題を考察した。その結果として、 最大効率の熱機関としてのカルノー・サイクルを発案した。 カルノーは熱素説を取っていたために、今から見れば熱の本質を とらえ損なっているが、可逆性・不可逆性という論点を出したことが 本質的に重要。
1842 年 マイヤー エネルギー保存則:マイヤーは医師であった。 発想の原点は、体内では栄養物の酸化が発熱と仕事の両方を もたらしていることに気付いたことにあった。 そこから、熱と仕事の間に何かの等価関係があるのではないかと 考えるようになった。
1847 年 ジュール 熱の仕事当量の測定:電磁モーターの改良に取り組んでいるときに、 電流に熱作用があることを見出した。そこで、仕事と熱を直接 結びつけることに思い至り、仕事と熱の変換係数を測定した。
1848 年 ケルビン 絶対温度:カルノーの仕事を詳しく検討して、絶対温度の概念を提案。
1850 年 クラウジウス 熱力学の第一法則、第二法則の定式化
1854 年 クラウジウス クラウジウスの不等式:熱機関が一巡するとき Q/T < 0
1865 年 クラウジウス エントロピー概念の発明:ΔS > Q/T
1882 年 ヘルムホルツ 自由エネルギー概念の導入
1902-1904 年 アインシュタイン 統計熱力学の構築:統計三部作
1905-1909 年 アインシュタイン 輻射の統計熱力学、固体の統計熱力学: 光量子論を提案し、それを輻射に応用してプランクの式の理論的に 首尾一貫した導出に成功。固体の比熱の低温での振る舞いを正しく導出。

参考文献