マントルの粘性

original:2000/04/13
HTML 化:2001/08/02
last update:2005/07/30

TPW(True Polar Wander) and Jl-dot

以下 [本1] の Section 4.4, 4.7, 4.8, 5.1, 5.2, 7.1, 7.2 によるまとめ。 4.4 の元の論文は [科学論文1] である。 また、[科学論文2] も別のグループのもので詳しい議論がなされているらしい。 4.7, 4.8 の元の論文は [科学論文3] である。 (私は、これらの論文 1,2,3 は読んでいない)

postglacial rebound の結果として TPW が起こったり、J2 や 高次の Jl が変化したりする。 その大きさはマントルの粘性に依るので、逆に現在の TPW や Jl-dot の観測値によってマントルの粘性を制約することができる。 しかし、以下の (4), (5) で説明するように根本的な問題もあって、本当に 制約できているのかどうかわからない。

高次の Jl は後回しにして、初めはTPW と J2 を考えよう。 TPW も J2 のどちらも波数2の変形に関係するので、 粘性の詳しい構造はわからないが、逆にマントルの平均的な粘性を決めるのには 良い方法だと考えられる。

TPW は McCarthy and Luzum (1996) GJI 125 623-629 の値を用いる。 J2-dot には Yoder et al (1983) Nature 303 757-762, Devoti et al (1997) Ann.Geophysicae 15(I) C126 の値 ( -2.5 ± 0.7 )×10-11/yr を用いる。 マントルの密度と弾性率は PREM のものを用いる。 マントルの粘性構造は2層とする。

(1) 上部マントルの粘性を 1021 Pa s (Haskell の値) に固定し、 上部マントル・下部マントル境界の深さと下部マントルの粘性を求めるとする場合、 境界の深さは 670 km より深い方が良いという結論が得られる。たとえば、

境界の深さ下部マントルの粘性
1471 km4 × 1021Pa s
の程度である。

(2) 上部マントル・下部マントル境界の深さを 670 km に固定し、 上部マントルと下部マントルの粘性を求めるとすると、上部マントルの粘性は 1021 Pa s (Haskell の値) より小さい方が良いという結論が得られる。 たとえば、

上部マントルの粘性下部マントルの粘性
1020 Pa s3 × 1021 Pa s
2×1020 Pa s4 × 1021 Pa s
の程度である。

(3) Jl-dot (l=3-6) も考えると、postglacial rebound だけでは consisntent に説明できず、現在進行中の質量再配分(南極、グリーンランドの 氷の融解)も考えないうまくいかない。Jl-dot (l=2-6) を consistent に説明できるように、氷床の融解速度とマントルの粘性を決めてみると

南極氷床の融解速度グリーンランドの融解速度 下部マントルの粘性
250 Gt/yr0 Gt/yr6 × 1021Pa s
250 Gt/yr144 Gt/yr3 × 1022Pa s
くらいで TPW も Jl-dot もだいたい合う。上部マントルの粘性は 1020-21 Pa s の程度ならばどの値でも良く、あまり拘束できない。 現在進行中の氷床の融解を考えない場合よりも大きな粘性が得られる。 ただし、そもそも SLR から得られる Jl-dot (l=3-6) の見積もり自体、 研究者によってだいぶん異なるので、上の見積もりがどの程度正しいか よくわからない。

(4) しかし、上のような決め方には根本的な問題がある可能性がある。 410 km や 660 km の不連続は上では化学境界だとしていたが、それが相変化 だとすると、境界の変位による復元力が弱まって、緩和時間が非常に長くなる。 さらにそれ以外の場所の密度成層も adiabatic だとすると復元力がなくなって 緩和がさらに遅くなる。そのようにして計算すると、マントルの粘性を どのように変えても、そもそも TPW の計算値が観測値の 0.9 deg/Myr を 下回ってしまう。ただ、この計算では南極やグリーンランドの氷床の現在の 融解を考えていないので、それを考えると改善するかもしれない。

(5) さらに tectonic forcings (たとえば造山運動やスラブの沈降) も TPW に 結構大きな寄与があり、TPW が postglacial rebound のために起こるという 仮定にもかなり問題がある。

情報源

[本1] Roberto Sabadini and Bert Vermeersen (2004) Global Dynamics of the Earth (Modern Approaches in Geophysics 20) -- Applications of Normal Mode Relaxation Theory to Solid-Earth Geophysics, Kluwer Academic Publishers

[科学論文1] Vermeersen, L.L.A., Fournier, A. and Sabadini, R. (1997) Changes in rotation induced by Pleistocene ice masses with stratified analytical Earth models, J. Geophys. Res., 102, 27689-27702.

[科学論文2] Mitrovica, J.X. and Milne, G.A. (1998) Glaciation-induced perturbations in the Earth's rotation: A new appraisal, J. Geophys. Res., 103, 985-1005.

[科学論文3] Sabarini, R., Marotta, A.M., De Franco, R. and Vermeersen, L.L.A. (2002) Style of density stratification in the mantle and true polar wander induced by ice loading, J. Geophys. Res., 107 (B10), B2258.


ローカル海水準、重力

Peltier (1998)

Peltier, W.R. (1998)
The inverse problem for mantle viscosity,
Inverse Problems, 14, 441-478.
Introduction のところでのレビュー:
Fennoscandia からわかること
Laurentia からわかること
ここで引用されている文献:

Okuno & Nakada (2001)

次の文献では、Laurentide, Fennoscandia の氷床の postglacial rebound による海水準、重力変動を用いてマントルの粘性を決めている。 海の load として Milne et al (1999) GJI 139, 464-482 の新しい 以前より正確な定式化を用いているところがポイント。
Okuno, J.-I. and Nakada, M. (2001)
Effects of water load on geophysical signals due to glacial rebound
and implications for mantle viscosity,
Earth Planets Space, 53, 1121-1135
結果:
Fennoscandia からわかること
上部マントルの粘性 (3-10)×1020 Pa s
下部マントルの粘性 決まらない(Fennoscandia は小さいので、 下部マントルの粘性が多少変わっても、海水準や重力にあまり影響がない)
Laurentide からわかること
上部マントルの粘性 (4-10)×1020 Pa s
下部マントルの粘性 >1022 Pa s (海水準変動からは、1022-23 Pa s という高粘性と (1-2)×1021 Pa s という低粘性の両方の解が許される ことになるが、重力のフリーエア異常が大きいことから、高粘性の解が 選ばれる)

Tamisiea, Mitrovica, & Davis (2007)

次の文献では GRACE (Gravity Recovery and Climate Experiment) 衛星による 北米 Laurentide の重力の時間変化のデータを用いて 上部マントルと下部マントルの粘性を決めている。
Tamisea, M.E., Mitrovica, J.X., and Davis, J.L. (2007)
GRACE Gravity Data Constrain Ancient Ice Geometries and Continental
Dynamics over Laurentia,
Science, 316, 881-883
結果:
上部マントルの粘性 (3-10)×1020 Pa s (最適値は 8×1020 Pa s)
下部マントルの粘性 (2.5-4)×1021 Pa s (最適値は 3×1021 Pa s)

実は、下部マントルの粘性が > 5×1022 Pa s の解もある。 ただし、この著者たちは Peltier (1998) や Mitrovica and Forte (1997) を 引用することでそれを棄却している。しかし、奥野@東大地震研(私信 June 2007) によれば、この選択は現在では主流ではなく、ふつうは 1022 Pa s よりも大きい方の解を選ぶとのこと。

この著者たちは、フリーエア異常で postglacial rebound の残りとして 説明できない分は、マントル対流による引きずりが原因だとしている。 ただし、奥野(私信)によれば、下部マントルの粘性として 1022 Pa s を超えるものを選んでも、フリーエア異常の すべてを説明することはできず、いずれにせよマントル対流の 引きずりを考える必要があるだろうとのこと。