熱力学第2法則

last update: 2005/02/11
朝永振一郎(1979)「物理学とは何だろうか 上」(岩波新書 黄85)の 第2章のサマリー

カルノーサイクルと熱力学第2法則

カルノーサイクルの考え方を整理する。

カルノー自身は熱素説を取っていたが、このために誤りをおかしている 部分もある。それは、熱素が保存されるという暗黙の仮定が入って しまうからである。今から見れば、保存されるのはエネルギーである。 熱エネルギーは保存されない。エネルギー保存則が確立されて以後、 カルノーの考え方を装いを新たにして復活させたのはクラウジウスである。 以下の説明は、カルノーが種を蒔き、クラウジウスが確立した考え方の サマリーである。

問題:熱機関の熱効率の限界はどのようにして決まるのか?

熱力学の第1法則は前提としよう。

第1法則:仕事と熱と合わせた形でエネルギーが保存する。
それから、「可逆機関」を作れることも前提とする。具体的にはカルノー機関で良い。 要するにロス無く熱を仕事に変えたり、逆に仕事を熱に変えたりできる機関である。 中身はどうでもよくて、可逆であることがポイントである。

カルノー機関ならば次のようにして作ることができる。まず、前提として 次のようなことは考えておく(論理的には、以下の前提1は 第2法則を先取りしている)。

前提1:温度差がある2つのものを接すると熱エネルギーのロスが生じる。
前提2:温度差がなくても体積や形の変化があれば熱が移動できる。
前提3:物質を断熱的に膨張させると温度が下がる。断熱的に圧縮すると温度が上がる。
すると、ロスのない熱機関(カルノーサイクル)は次のようにして作れる。 部品は、ピストン付きシリンダ、高温(T=Th)熱浴、低温(T=Tl)熱浴である。
  1. T=Thのシリンダを高温熱浴にくっつけてじわじわと体積を増やす。 熱は熱浴からシリンダに移行し、ピストンは外に仕事をする。
  2. 断熱的に膨張させてT=Tlにする。
  3. T=Tlのシリンダを低温熱浴にくっつけてじわじわと体積を減らす。 熱はシリンダから熱浴に移行し、ピストンは外から仕事をされる。
  4. 断熱的に圧縮してT=Thにする。
このようにすると熱が無駄無く動力に変換できる。またこのサイクルは逆に回せる ことが重要な点である。

次に第2法則を前提とする。

第2法則a:他に何の変化も残さずに熱は低温熱浴から高温熱浴へ移ることはできない。
第2法則a は次の形にも言い換えられる。
第2法則b:循環的な過程によって、1つの物体から熱を取り出しそれを等量の仕事に変えることはできない。
(証明a→b)対偶を証明する。b でなければ、熱を直に仕事に変えることができる。 そのような機関を高温熱浴(低温熱浴でも良い)につなぐ。それから その機関がした仕事で可逆サイクルを逆回しにして低温熱浴から 高温熱浴に熱を運ぶ。すると低温熱浴から高温熱浴に他に何も変化を残さずに 熱が移ったことになり a に反する。
(証明b→a)対偶を証明する。a でなければ、低温熱浴から高温熱浴に熱を ただ移すことができる。その熱で可逆機関を動かす。すると低温熱浴から 熱を奪って仕事に変える機関ができる。

この上で、カルノーサイクルは最高の効率を持つことを証明する。 それは熱浴の温度にのみ依存し、用いた物質や熱機関の構造に依存しない。 証明は、カルノーサイクルより効率の良い機関(超能機関)が存在すると 仮定してみるところから始まる。

(証明1)超能機関を1サイクル運転し、その後、した仕事を全部使って カルノー逆サイクルを運転する。すると、超能機関はカルノーサイクルより 少ない熱で仕事をしているはずだから、結局最後の状態を見ると、低温熱浴から 高温熱浴へ他に何も変化を残さずに熱が移ったことになる。これは第二法則a に 反する。

(証明2)超能機関を1サイクル運転し、その後、低温熱浴に移った熱を ちょうど逆に戻すだけカルノー逆サイクルを運転する。すると、超能機関は カルノーサイクルより多くの仕事をしているはずだから、結局最後の状態を 見ると、高温熱浴から熱を取り出して低温熱浴なしで仕事に変えたことになる。 これは第二法則b に反する。

熱力学第2法則と絶対温度の定義

熱機関の効率は一般に
η=W/Qh=(Qh-Ql)/Qh=1-Ql/Qh
で表される(Qhは高温熱源から取り出した熱、Qlは低温熱源に捨てた熱)。 カルノー機関ではこれが温度だけで表される必要がある。
Ql/Qh=F(Th,Tl)
この関数形はいかにあるべきか?

低温熱浴よりさらに低温の熱浴(T=T0)を考える。 T=ThとT=Tlの熱浴の間にカルノー機関をつなぎ、 さらにT=TlとT=T0の熱浴の間にカルノー機関をつないだものは、 T=ThとT=T0の熱浴の間に直にカルノー機関をつないだものと効率は同じはずである。 そこで、

F(Th,T0)=F(Th,Tl)・F(Tl,T0)
となる。すなわち、
F(Th,Tl)=F(Th,T0)/F(Tl,T0)
ここで T0 を適当な一定の値に固定し、
F(T,T0)=1/f(T)
と書くと
F(Th,Tl)=f(Tl)/f(Th)
となる。ここで
f(T)=T
としたものが絶対温度である。つまり、熱効率を元にして温度を決めることが できた。ただし、これでは比例定数の任意性があるので目盛は決めることができない。 その任意性を利用して、普通に使われる絶対温度は、摂氏温度に単に定数を足した もので良く近似できるように目盛を取ってある。

こう定義するならば、絶対零度とは、低温熱浴をその温度にしておくと、 熱効率が1になるような温度である。

熱力学第2法則の数学的表現

熱力学第2法則の数学的表現を求めよう。カルノーサイクルでは
Ql/Qh=Tl/Th
が成立する。これを書き換えれば
Qh/Th-Ql/Tl=0
である。カルノーサイクルより低い効率の機関では
Qh/Th-Ql/Tl<0
となる。そこで、熱機関のサイクルに対し熱力学の第2法則は
Qh/Th-Ql/Tl<=0
と表現できる。

熱力学第2法則とエントロピー

熱浴をたくさん用意し適当に熱機関をつなげる。熱浴から熱機関に流れる熱を Qi とすると、熱力学第2法則は
∑Qi/Ti<=0
と表現できる。ここで、エントロピーなる量があると仮定し、 Qi/Ti を熱浴から熱機関に流れるエントロピーであるとする。 さらにエントロピーは熱機関内の作業物質の状態を表現する状態量であると 仮定する。状態量なら熱機関を1サイクル戻ってくると元と同じ値に なっているはずだから、上の式の等号が成立していないならば、 内部でエントロピーが発生したことになる。すなわち
∑Qi/Ti+N=(内部の状態のエントロピー変化)=0
である。ここで、N は内部で発生したエントロピーである。そして 熱力学第2法則は
N>=0
となることを主張している。

情報源

[本] 朝永振一郎(1979)「物理学とは何だろうか 上」(岩波新書 黄85)