過去のお言葉集


世界は仕事の上に成り立っていたし、今なおそうである。雰囲気の上ではない。 世界は、仕事によってのみ、慎ましい、恒常的な仕事によってのみ維持されている。
トマーシュ・マサリク 我々の今日の危機
「ディシデント(反体制派、異論派)」を「慎ましい仕事」を断念した人びととして非難することは馬鹿げている。 「ディシデントであること」は、マサリクの「慎ましい仕事」の代わりとなる選択肢ではなく、 多くの場合、逆に想定されうる唯一の結果なのである。
ヴァーツラフ・ハヴェル 力なき者たちの力

一の谷の 軍(いくさ)破れ
討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ
暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか 青葉の笛

更くる夜半(よわ)に 門(かど)を敲(たた)き
わが師に託せし 言の葉(ことのは)あわれ
今わの際(きわ)まで 持ちし箙(えびら)に
残れるは「花や 今宵(こよい)」の歌

大和田 建樹 青葉の笛
首を包まんとて、鎧直垂を解いて見ければ、錦の袋に入れられたりける笛をぞ、腰にさされたる。 「あないとほし。この暁城(じやう)の内にて、管絃し給ひつるは、この人々にておはしけり。当時御方に、 東国の勢何万騎かあるらめども、軍の陣に笛持つ人はよもあらじ。上臈はなほも優しかりけるものを」とて、 これを取つて大将軍の御見参に入れたりければ、見る人涙を流しけり。
平家物語 巻七 敦盛最期 (角川文庫版 佐藤謙三校註)
「よい首討ち奉りたり」とは思へども、名をば誰とも知らざりけるが、 箙(えびら)に結ひつけられたる文を取って見ければ、旅宿(りよしゆく)の花と云ふ題にて、歌をぞ一首詠まれたる、
行きくれて木(こ)の下陰を宿とせば花やこよひの主(あるじ)ならまし
忠度(ただのり)と書かれたりける故にこそ、薩摩守とは知れてげれ。
平家物語 巻七 忠度の最期 (角川文庫版 佐藤謙三校註)

Esta (= La técnica) no se nutre ni respira a sí misma, no es causa sui, sino precipitado útil, práctico, de preocupaciones superfluas, impracticas.
José Ortega y Gasset La rebelión de las masas
技術は自らを養うこともしなければ自ら呼吸することもない。 技術は自己原因ではなく、あり余った非実用的な関心が生み出した有用で実用的な沈殿物なのである。
オルテガ・イ・ガセット 大衆の反逆 (神吉敬三訳)
技術は、自分自身に栄養を与え息を吹きこむのではない。技術は、自分の力だけで自分をはぐくみ育てるものではなく、 非実利的で非実際的な関心が生み出した、実利的で実際的な果実である。
オルテガ 大衆の反逆 (寺田和夫訳)

もし彼女が消えてしまったら、私がそれを望んでいたということを意味するのだろう。つまり私が殺したということだ。 サルトリウスのところに行くのは止めようか?あの二人だって強制はできまい。でも彼らに何と言おうか?このことは―だめだ。 言えない。そうだ、演技をする必要がある、嘘をつく必要があるんだ。いつも、これから先ずっと。 でもそれは、自分の中にはひょっとしたら、残酷なもの、素晴らしいもの、殺人的なものなど、様々な考えや、意図や、希望があるのに、 自分でもそれについて何も知らないからなのだ。人間は他の世界、他の文明と出会うために出かけて行ったくせに、 自分自身のことも完全には知らないのだ。自分の裏道も、袋小路も、井戸も、封鎖された暗い扉も。 彼らに彼女を引き渡すなんて……恥ずかしさゆえに?自分に勇気が足りなかったばかりに、引き渡すというのか?
スタニスワフ・レム ソラリス (沼野充義訳)

生涯身を立つるにも慵(ものう)く 騰々 天真に任(まか)す
嚢中 三升の米 炉辺一束の薪
誰か問はん迷悟の跡(あと) 何ぞ知らん名利(みょうり)の塵(ちり)
夜雨 草庵の裡(うち) 双脚 等閑(とうかん)に伸ぶ
良寛

一苦一楽相磨練、練極而成福者、其福始久。一疑一信相参勘、勘極而成知者、其知始真。
「菜根譚」前集七四
一苦一楽(いっくいちらく)して、相磨練(あいまれん)し、練極(きわ)まりて福を成す者は、其の福始(はじ)めて久(ひさ)し。 一疑一信(いちぎいっしん)して、相参勘(あいさんかん)し、勘極(きわ)まりて知(ち)を成す者は、其の知始めて真(しん)なり。

吾以天地為棺槨、以日月為連璧、星辰為珠璣、萬物為斉送。吾葬具豈不備邪、何以加此。
「荘子」雑篇 列禦寇三十二
吾れ天地を以て棺槨(かんかく)と為し、日月を以て連璧(れんぺき)と為し、星辰を珠璣(しゅき)と為し、萬物を齎送(しそう)と為す。 吾が葬具、豈(あ)に備わらざらんや。何を以ってか此れに加えんと。

そもそも、花と云ふに、萬木千草において、四季(折節)に咲く物なれば、その時を得て珍しき故に、翫(もてあそ)ぶなり。 申樂も、人の心に珍しきと知るところ、即ち面白き心なり。花と、面白きと、珍しきと、これ三つは、同じ心なり。 いづれの花か散らで殘るべき。散る故によりて、咲く比(ころ)あれば、珍しきなり。能も住する所なきを、先づ、花と知るべし。 住せずして、餘(よ)の風體に移れば、珍しきなり。
世阿弥 風姿花伝

東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花
主(あるじ)なしとて 春を忘るな
菅原道真 拾遺和歌集

(百人に一人なんだってね、結局……)
(なんだって?)
(つまり、日本における精神分裂症患者の数は、百人に一人の率だって言うのさ。)
(それが、一体……?)
(ところが、盗癖を持った者も、やはり百人に一人らしいんだな……)
(一体、なんの話なんです?)
(男色が一パーセントなら、女の同性愛も、当然、一パーセントだ。それから、 放火癖が一パーセント、酒乱の傾向のあるのも一パーセント、精薄一パーセント、 色情狂一パーセント、誇大妄想一パーセント、詐欺常習犯一パーセント、不感症一パーセント、 テロリスト一パーセント、被害妄想一パーセント……)
(わけの分らん寝言はやめてほしいな。)
(まあ、落着いて聞きなさい。高所恐怖症、先端恐怖症、麻薬中毒、ヒステリー、殺人狂、 梅毒、白痴……各一パーセントとして、合計二十パーセント……この調子で、異常なケースを、 あと八十例、列挙できれば……むろん、出来るに決まっているが……人間は百パーセント、 異常だということが、統計的に証明できたことになる。)
安部公房 砂の女

おじさまは何もなさらなかった。ただ手をこまぬいていらしった。 助けるべきときにもお助けにならず、じっと過ぎゆくものを見るように 見ておいでになった。何故?何故なの?

あなたは広様を見殺しになすった。そして多分、奥様と名のつかない人を 見殺しになすった。御自分は何もなさらずに。せめておじさまがわが手で 人を殺していらしたら、わが手で人をお助けにもなったでしょう。 ただ御自分が夢みる誠のために、すべてが滅びるにお委せになった。 私にとって一番大切な、二度とかけがえのない人を、そうして 私から奪っておしまいになった。何故なの?何故?

あなたは御自分の幻で、わが子も、妻も、わが子の許嫁(いいなずけ)も 等しなみに包んでおしまいになった。よみがえった力で、朱雀家の花嫁が、 今あなたを撃ちますよ。かつてはあなたを愛していた嫉妬の女神が、 今度は復讐の剣(けん)をふりかざしています。見えない剣があなたの頭上に 迫っています。しっかりお答えになるのですよ。あなたがこんなにも 大ぜいの人を滅ぼそうとなすったのは何故?

いいえ、滅ぼそうとなすったのではないわ。そんな意志は少しもなかった。 あなたは意志をお持ちではなかった。御自分では指一つ動かさずに、 ただ滅びをお待ちになった。でもその滅びは、一人一人、別の人たちが 身代わりに立った。何故ってその人たちは、意志を持っていたからですわ。 広様も、おれいさんも、そして私も。そうしてあなたお一人が、今そんな風に、 生きのびておいでになる秘訣は何?

三島由起夫 朱雀家の滅亡

草にねころんでゐると
眼下には天が深い



太陽
有名なものたちの住んでゐる世界

天は青く深いのだ
みおろしていると
体躯(からだ)が落つこちさうになつてこわいのだ
僕は草木の根のやうに
土の中へもぐり込みたくなつてしまふのだ

山之口貘
まるで
風におびえる蛾みたいに
金粉を浴びては
翅をたゝみ
胴体にひそんでは
ふるえあがり
文明ともあらう物達のどれもこれもが夢みるひまも恋みるひまもなく 米や息などみるひまさへもなくなつてそこにばたばたしてゐても文明なのか
あゝ
かゝる非文化的な文明らが現実すぎるほど群れてゐる
みんなかなしく古ぼけて
むんむんしてゐる神の息吹を浴び
地球の頭にばかりすがつてゐる
山之口貘 思弁

教育は国家に奉仕すべきでなく、国家が教育に奉仕すべきなのだ。 国家主義者安倍首相は、再び教育を国家への奉仕者に変えようとしている。
立花隆 わたしの教育再生 1 (2006/11/06 朝日新聞夕刊)
今の日本の部活動は中毒。それしか頭に入っていない。自分のやっている スポーツ以外にも読書、映画・音楽鑑賞、地域の人々との交流など、 自分の視野を広める有意義な活動が世の中にいろいろあるのに。
自分のお母さんを愛しているのは自分のお母さんだから。世界で一番料理が うまくて、美しくて、賢いからではない。国についても、母なる国、母国、 そういう愛の気持は大切。
ピーター・フランクル わたしの教育再生 2 (2006/11/07 朝日新聞夕刊)

僕はたしかにこの世のおわりを見た。五つのとき、戦争の最後の年、 僕の目を炎で灼いたその最後の炎までも見た。それ以来、いつも僕の目の前には、 この世のおわりの焔が燃えさかっているんです。何度か僕もあなたのように、 それを静かな入日の景色だと思おうとした。でもだめなんだ。僕のみたものは たしかにこの世界が火に包まれている姿なんだから。

ごらん、空から百千の火が降ってくる。家という家が燃え上る。ビルの窓という 窓が焔を吹き出す。空は火の粉でいっぱい。低い雲は毒々しい葡萄いろに染められて、 その雲がまた真赤に映えている川に映るんだ。大きな鉄橋の影絵の鮮やかさ。 大きな樹が火に包まれて、梢もすっかり火の粉にまぶされ、風に身をゆすぶっている 悲壮なすがた。小さな樹も、小笹のしげみも、みんな火の紋章をつけていた。 どんな片隅にも火の紋章と火の縁飾りが活溌に動いていた。世界はばかに静かだった。

三島由紀夫 近代能楽集 弱法師

「さてもさても恥づかしき見立てかな。天照太神を何々せいもん、我女郎屋には あらず。よき娘の子に目の付く事は、我只一人娘を持ちけるに、いかなる前世の 因果にや、当年十三に成けるが、今に足立たずして然も亀腹とか申して見苦しく、 その上両眼見えねば、縁に付くべき沙汰絶て、明け暮れ是を嘆き、同じ程の娘を 見ては、我が子のあれならばと思ふからなり」と泪をこぼして語られける。 さもあるべし。
井原西鶴 西鶴織留 巻四の三

盲目少女(めくらむすめ)の手をとるやうに、
ピアノの上に勢ひ込んだ、
汗の出さうなその額、
安物くさいその眼鏡、
丸い背中もいぢらしく
吐き出すやうに弾いたのは、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

シュバちやんかベトちやんか、
そんなこと、いざ知らね、
今宵星降る東京の夜、
ビールのコップを傾けて、
月の光を見てあれば、

ベトちやんもシュバちやんも、はやとほに死に、
はやとほに死んだことさへ、
誰知らうことわりもない…

中原中也 在りし日の歌 お道化うた

あらゆるものごとのなかでいちばん悲しいことは、個人のことなど おかまいなしに世界が動いていることだ。もし誰かが恋人と別れたら、 世界は彼のために動くのをやめるべきだ。もし誰かがこの世から消えたら、 やはり世界は動くのをやめるべきだ。しかし実際には決してそんなことは 起らない。多くの人間が朝起きる本当の理由はそこにあった。つまり、 ひとは重大な意味があるからそうするのではなく、意味がないからそうするのだ。
あの人、こういったのよ。―夢をお返しすることは出来ません、 なぜって―そう、あの人、夢をみんな使ってしまったんですって
トルーマン・カポーティ 夢を売る女 (川本三郎訳)

ねがはくは花の下にて春死なむ
そのきさらぎの望月の頃
西行 山家集

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしやうらぶれて異土の乞食(かたい)となるとても
帰るところにあるまじや
室生犀生 抒情小曲集 小景異情
志を 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷(ふるさと)
水は清き 故郷(ふるさと)
高野辰之 故郷(ふるさと)
実をとりて 胸にあつれば
新たなり 流離の憂い
海の日の 沈むを見れば
滾り(たぎり)落つ 異郷の涙
島崎藤村 椰子の実

情熱を噴出させる歓喜は消費であり、安らぎと充実による恍惚感は蓄積だろう。
それを経済とは普通言わない。
しかしあくまでもそれは人間社会におけるダイナミズムの根源である。
芸術はその純粋で象徴的な表情なのである。
岡本太郎 自分の中に毒を持て
危機はいつでも、あれかこれかの二者択一を迫る。安易なルートと、そしてむしろ滅亡を予感させる、けわしい抵抗の道。
――人間は後者を意志した。
まるで近代ニヒリズムのヒーローみたいだが、このロマンティシスムこそ最も純粋に人間的である。
木にのぼりそこなった、しかし同時に、あえてのぼらないことを決意し、 それを誇りとした最初の人間を私は讃える。
岡本太郎 私の現代芸術

はかなくて今宵あけなばゆく年の
思ひ出もなき春にやあはなむ
源実朝 金槐和歌集 冬の部

風蕭蕭兮易水寒
壯士一去兮不復還
荊軻 史記・刺客列傳
風蕭蕭として易水寒し
壯士一たび去って復た還らず

国の価値は、大小や貧富などで決まるものではありません。 国際法に基いて、外国からの承認を手にすることが問題なんです。 いったん承認されてしまえば、掌(てのひら)ほどもない国でも 国家主権を認められる。分りますか。この世に国家主権を越える 権力はないんですよ。何をしたって…殺したって、盗みをはたらいたって、 取り込み詐欺でさんざん腹を肥したって、絶対に逮捕も監禁もされません。 非難されることはあっても、罰せられることはないのです。今世紀は まさに国家主権の世紀からですね。
安部公房 方舟さくら丸

椿

女子八百米リレー。彼女は第三コーナーでぽとりと倒れた。

落花。

北川冬彦 検温器と花

Socrates may or may not have a gene or two alive in the world today, as G.C. Williams has remarked, but who cares ? The meme-complexes of Socrates, Leonardo, Copernicus and Marconi are stil going strong.
Richard Dawkins The Selfish Gene
G.C. ウィリアムスが指摘したように、ソクラテスの遺伝子のうち今日の 世界に生き残っているものがはたして一つか二つあるのかどうかわからない。 しかしだれがそんなことを気にかけるだろうか。ソクラテス、ダ・ヴィンチ、 コペルニクス、マルコーニ――彼らのミーム複合体はいまだ健在ではないか。
リチャード・ドーキンス 利己的な遺伝子
(日高敏隆、岸由二、羽田節子、垂水雄二訳)

... this world is environment
only as it enters directly and indirectly into life-functions.
The organism is itself a part of the larger natural world
and exists as organism only in active connections with its environment.
John Dewey Logic - the theory of inquiry
... この世界は、直接または間接に生命のはたらきの中にはいって
初めて環境となる。
有機体自身は、より大きい自然界の一部であり、
環境との活発な結びつきにおいて初めて有機体として存在する。
ジョン・デューイ 論理学 ― 探求の理論 (魚津郁夫訳)

私はもともと最大の危険を悲観論の中に見ている。
悲観論とはつまり、若い人たちに向かって、
あなた方は悪い世界に生きているのだ、
と絶えず言い聞かせているような試みだ。
これが私たちの時代の最大の危険だと私は見ている。
(中略)
私たちが生きているのは、歴史的に見て(これは私の意見だが)、
かつてあった中でもっとも良い世界なのだ。
もちろん、それは悪い世界だ。
なぜといって、もっと良い世界が存在するし、
生命そのものが私たちをかりたてて、もっと良い世界を求めさせるからだ。
そしてこのもっと良い世界の探究は、
私たちが今後もつづけていかなければならないことなのだ。
カール・ポパー
Karl R. Popper/ Konrad Lorenz Die Zukunft Ist Offen (つじひかる訳)

Now, the value of an idea has nothing whatsoever to do with
the sincerity of the man who expresses it. Indeed, the
probablities are that the more insincere the man is, the more
purely intellectual will the idea be, as in that case it will not
be coloured by either his wants, his desires, or his prejudices.
Oscar Wilde The Picture of Dorian Gray
思想の価値は、それを表現する人物の誠実さとは
なんのつながりもない。むしろ、人物が誠実さを
欠けば欠くほど、思想の知性度は純粋となる。
というのも、その場合、思想が、個人の願望、欲求、
偏見といったもので彩られる心配がないからだ。
オスカー・ワイルド ドリアン・グレイの肖像 (福田恆存訳)

咳をしても一人
尾崎放哉
Even coughing --- I am alone
Hosai Ozaki