怪しい日本語研究室

Iain Arthy(イアン・アーシー)著
新潮文庫 あ 48 1
刊行:2003/05/01
文庫の元になったもの:2001/03 毎日新聞社刊
名大生協で購入
読了日:2003/10/31

金曜の夜で気が緩んで、ついつい仕事を忘れて数時間で読破してしまった。 一般に、日本語が分かる外国人が書いた「ことばに関する本」は おもしろい。日本人とはちょっと違った視点で書かれているからだ。 しかも、この著者の日本語能力はただものではない。ユーモアにもあふれている。 日本語がうまい外国人を見ると、我が英語能力の無さを顧みて、尊敬してしまう。

新聞のコラムとして書かれたものらしく、内容的には比較的軽いが 随所に興味深い観察が散りばめられている。

たとえば、著者は日本語の名前が好きらしい。 正親町三条(おおぎまちさんじょう)という名前がカッコ良いと思って、 電話で試してみたというエピソードがある。そういえば、 私がイギリスに行ったときに気付いたことの一つは、イギリス人は ファースト・ネームで呼び合うのに、ファースト・ネームの種類が 少ないことである。同じ講座内で Andy が二人、Dave が三人なんて いうことにしょっちゅうなるのが、不便だと思ったものである。 もっとも、この著者の名前の Iain はそれほどポピュラーでは ないと思うが。

またたとえば、官僚式の作文のパロディという芸当を演じている。 徒然草の冒頭の官僚文訳は以下の通り。

原文:つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆく よしなしごとをそこはかとなく書きつくれば、 あやしうこそものぐるほしけれ

官僚文訳:余暇時間の無効消費を進める過程において、一日当り、 平均労働時間に相当しまたは超過する期間にわたって、 自然発生する感想・見解等知的諸作用の雑録を、インキ加工蓄積機能を ふくむ旧式筆記用具の利活用によって無作為に整備していることを背景に、 分析困難な異常心理学的症状が生ずる傾向が確実に認められる。

うーむ、良く研究されている。なお、もっと軽い現代語訳は 橋本訳を参照のこと。

日本語にはカタカナ言葉が多いけれど、日本語の構造には全く 影響を及ぼしていないことを指摘しているところは、目の付け所が面白い。 動詞は、動詞としてではなく、ほとんど「名詞+する」の形でしか 入らない。たとえば、「ドライブしない」とは言っても「ドライばない」 とは言わない。例外的に変わったものとしては、「トラブる」のように 元々英語では名詞のものが、ちょうど -uru で終わっているために 日本語で動詞になっているものがある。

著者が日本語が好きな理由のひとつは、日本語の表記法にあるらしい。 もともと子供のころから古代文字が好きだったらしく、 それら古代文字と日本語の表記の類似が指摘されている。