過去から来た女

赤川次郎著
角川文庫 6634, 緑 497-41、角川書店
刊行:1987/01/25
文庫の元になったもの:1983/09/10 双葉社刊「田園殺人事件」
廃棄してあったものを拾った
読了:2005/03/06
この前読んだクリスティーの「スリーピング・ マーダー」と同様の「回想の殺人」という趣向。つまり、だいぶん前に 起こったが気付かれなかった殺人事件を掘り起こして、そのために 新しい事件が起こるとともにそれら全体の謎解きをするというものである。

田舎の村から家を出て東京に行っていた常石文江が7年ぶりに家に帰ってみると、 その家出が原因で坂東和也が自殺していたらしい。そこで文江はその自殺の 背景を突き止めようとする。すると、その自殺は実は殺人だったことがわかり、 また新たな殺人や放火などが起こる。最後に、その田舎の村の暗部が明るみに 出るという筋書きだ。暗部をかくそうとする村人が事件を起こしていたのだ。

こういう筋だと、くらーい暗澹たる小説になりそうなものだが、そこは さすが赤川次郎の技で、暗くならずむしろ明るい調子で書かれている。 そういう手品が成立する理由はたぶんいくつかある。私が気付いたこととしては 以下のようなしかけがある。

  1. 殺される人物の描写は事件に関係するところ以外ではあまりなされない。 そこで、読者はあまり殺される人物に同情しなくてすむ。
  2. 村の人と都会の人(常石文江はすでに都会の人である)の対比を 戯画的に鮮やかにしておいて、主人公の文江とその恋人の草永達也を中心に 描くことで、全体的には都会的な明るいスタイルが貫かれる。
  3. 暗くなりそうな所も、たとえば
    田(でん)村へ足を踏み入れると、文江は何となく奇妙な静けさに囲まれて、 当惑した。人の姿が、あまり見えない。息をひそめて、静まり帰っている、 という感じである。
    という程度の描写でとどめて、余計な暗さ(たとえば、どんよりとした曇り空 にするとか、冷たい風を吹かせるとか、建物のくすんだ色を描写するとか)を 加えていない。実際、この場面では天気は晴れということになっている。 こんなふうだから、常に何となく青空の下で事件が起こっている感じがする。